連載 第3回
医療におけるIT革命-Computerized Medicineの到来
(3)医学教育とシミュレーション
引地泰一(旭川医大講師),吉田晃敏(旭川医大教授・眼科学)
手術手技をトレーニングする難しさ

1970年代に開発された硝子体手術は,その後の手術機器や手術手技のめざましい進歩,発展により,増殖糖尿病網膜症や増殖硝子体網膜症といった失明の危険性を伴なう疾患に対する有効な治療法として確立されてきた。眼科の代表的な手術である白内障手術では,豚眼などの動物眼を人眼の代用とすることによって,白内障手術手技の一部を練習することができる。しかし,硝子体手術において最も重要で,かつ合併症が発生しやすい手術手技である網膜上や網膜下の増殖組織の切除,除去の練習が行なえる適切なモデルはなく,これらの手術手技を習得するためには,実際の手術が唯一のトレーニングの場となっている。
そこでわれわれは,手術を習得しようとする医師が硝子体手術の疑似体験ができ,硝子体手術手技の習得を可能とするために,バーチャルリアリティ(VR)技術を用いた硝子体手術シミュレータを開発した。
VR技術を用いた手術シミュレータ
図1に示すように,VR技術を用いた硝子体手術シミュレータは,高解像度双眼顕微鏡台,haptic devices,顕微鏡と硝子体手術装置のフットスイッチ,および手術の模擬映像を作成するコンピュータの4つの部分から構成されている。高解像度双眼顕微鏡台は手術顕微鏡を模擬している。初心者が顕微鏡をのぞくと,左右眼にそれぞれわずかに異なった角度から観察された別々の映像が写しだされ,その結果,初心者はその映像を立体的に認識することができる。haptic devicesは硝子体手術のカッターや剪刀,鑷子あるいはライトガイドを模擬しており,器具の挿入や動きに応じて実際の手術で感じる抵抗感が初心者の手に伝わるようにプログラムされている。また,顕微鏡のフットスイッチを操作することにより,映像の拡大,縮小やピントの調整が行なえ,硝子体手術装置のフットスイッチの操作により,カッターや剪刀の作動が行なえるようプログラムされている。haptic devicesやフットスイッチを操作した情報はすべてコンピュータに送られ,ここで処理され,これらの情報に基づいた手術疑似映像がリアルタイムに表現される。さらに初心者が行なっている模擬眼内での手術の様子はテレビモニターに描出され,これを見て指導医は初心者に適切なアドバイスをすることができる。
図2は,硝子体手術シミュレータを用いて,黄斑前膜という網膜の表面に発生した薄い線維性膜を剥離するという手術手技の練習を行なっているところである。左手にライトガイドを持ち,眼内を照らしながら,右手の硝子体鑷子で黄斑前膜を把持し網膜から剥離している。VR技術を用いた硝子体手術シミュレータを用いることにより,手術器具の操作や増殖組織を除去する手技などを疑似体験することができる。
本システムは,実際の手術のような立体感や色調の映像を,顕微鏡下に作り出すことができ,さらには顕微鏡や硝子体手術装置のフットスイッチの操作に習熟することも可能である。VR技術を用いていろいろな模擬病変の映像を作成することにより,多くの種類の疾患や稀な疾患に対する手術の練習をすることができる。
硝子体手術教育における本シミュレータの役割として,次の点があげられる。まず,従来のように実際の手術において指導医のもとで硝子体手術に習熟していく研修システムに,本システムが加わることにより,術者が手術装置の操作や手技を従来と比べ,より速く学ぶことができ,その結果,術者の未熟さによって引き起こされる医原性とも言うべき術中合併症を減らすことが可能である。さらに硝子体手術に習熟した術者にとっては,難治性疾患や稀な疾患を本シミュレータを用いて模擬することにより,さらなる手技の向上や,新たな手術手技の習得などにも役立つと考えられる。


今後の展望
今後の展望として現在,複数の硝子体手術シミュレーションシステムを,local area network(LAN)やISDN回線を用いて接続し,一方の手術シミュレータからの情報を他方の手術シミュレータに伝送することにより,指導医の微細な術具操作を,研修医がシミュレータの術具を通じて感じ取ることを可能とするシステムの開発に取り組んでいる。このシステムの開発により,遠隔地の医師への手術教育にも応用できると考える。さらにまた,硝子体手術のみならず白内障手術や緑内障手術などの眼科手術への応用も検討中である。◆本シミュレータの製造・販売:三菱電機(株)
(この項つづく)