医学界新聞

 

〔投稿〕在宅での排尿の診療と看護
―――これから訪問看護を始めるみなさんへ

奥井識仁(ハーバード大学医学部泌尿器科)


 訪問診療の現場で,排泄に関する問題は尽きることがないものです。私は,1994年より泌尿器科専門の訪問診療を開始しましたが,当時はまだ訪問診療に対する認識も浅く,また訪問診療の分野での泌尿器科専門の先生は少ないため,在宅でのカテーテル管理方法など,参考にするようなものがありませんでした。そこで,訪問看護ステーションのメンバーと,排泄に関するすべての課題においてマニュアル作成をし,工夫をしてきました。
 今回「週刊医学界新聞」のご好意で,そのマニュアルの中からいくつかの工夫について紹介させていただける場を得ました。今回の情報発信で,皆様からより多くのご意見,アドバイスをいただけるものと幸いです。ホームページは,http://www.e-urology.tv/です。


■在宅での排尿管理の基本

 在宅での排尿管理の基本について,以下にまとめてみました。

1)尊敬の念を持って接すること
 在宅で介護されている方に対して,「患者」というとらえ方をすると,なかなか心を開いていただけないことが多い。身体機能が衰えてはいるものの,健全な高齢の方という存在であると考えて接するのがよいでしょう。人生の先輩に対し,尊敬の念を持って接することも重要です。

2)プライバシーに配慮をすること
 排尿はきわめてプライベートなことです。プライバシーを尊重し,できる限り1人でできるように配慮をすることが大切です。臭いや音に対する配慮も加え,周囲が本人のやる気を促進させるよう,認識する必要があります。

3)記録を通して排尿の誘導をすること
 正確な排尿の観察(排尿記録)を行ない,本人の排尿回数,量,尿意,尿失禁といった項目を確認するよう指導してください。この排尿記録を通して,排尿の誘導をすることができると家族に話し,よく理解しあうことが大切です。

4)清潔を保つこと
 清潔に留意し,また清潔についての教育をします。特に,尿器は清潔を保つこと,世話をする介護者の手も清潔になるよう配慮します。また,留置カテーテルや自己導尿カテーテルの清潔管理の保持を指導します。

5)本人や家族と何度も話し合うこと
 安全で安心できる介助技術,特にベッド上での介助は個々人で異なります。ADL障害や痴呆の程度,環境に配慮した介助を本人や家族とともに考案すること,そのためには,何度も話し合うことが重要で,そこからの改善が大切です。

6)尿失禁の正しい方針を立てていくこと
 尿失禁に対しては,最近の進歩により簡易で安全な方法が開発されています。まずは,泌尿器科の医師やスタッフと相談し,正しい方針を立てていくことが大切です。

■知らずに本人の心を傷つける言葉について

 訪問看護での現場で,私たち医療関係者が気安く使う用語が,案外と患者さん本人にとっては心の負担になることがしばしば見受けられます。私自身も,単に説明していただけと思っていたにもかかわらず,後から「精神的に負担であった」と言われることに何度も遭遇しました。
 現在私は,これまで訪問診療をした本人および家族(計180人)からインタビュー調査をすることで,説明や言葉についての誤解を収集し,スタッフである看護婦さんたちと討論しています。その中から意外と気がつかないものをあげてみましょう。

尿失禁

 尿失禁は,その病名自体,本人の自尊心を傷つけることが少なくありません。そのために,自らの尿失禁を隠すことで,安易なオムツの管理になったり,失禁尿による皮膚炎を起こし,状態を悪化させてから診療を受けることも多いのです。
 尿失禁については,本人が外来まで来られる場合と異なり,訪問診療では,最初から本人の言葉で説明されるケースはとても少ないです。そこで,最初から「尿失禁はありますか?」と尋ねるのではなく,尿失禁のありそうなケースに対しては,一緒にトイレまで歩行したり,尿の回数や尿の出かたについての質問から始めることを進めます。このことにより尿に対する本人の認識を探り,心を開いた段階で「尿失禁」という言葉を使うと,患者さん本人からくわしい説明があるケースが多いようです。

性器脱

 骨盤底がゆるんで起こる症状に性器脱があります。出産経験のある女性の場合は,かなりの割合で性器脱を認めます。性器脱のうち,膀胱が膣側に落ちるのを膀胱瘤,子宮が落ちるのを子宮脱といいます。しかし,この「脱」という言葉はとても抵抗があります。この理由には,以前には「脱」になることは女性としておしまいであると認識されていたことがあげられます。無論,脱という病名を使わないと理解を得られないケースは多いのですが,1つの方法として,「性器脱による症状」などを先に説明し,その後に病名を説明するようにすると受け入れられるようです。

MRSAの尿路感染

 寝たきりの高齢者が,MRSAに一度尿路に感染すると,なかなか駆除できないのが実情です。このMRSAによる発熱などは,本人の自覚症状がないにせよ,この菌の存在はショートステイやデイケアの際に断られる理由となります。このこと自体は,他の方にMRSAを感染させないようにするためですが,本人と家族は落胆されるケースがとても多いのです。
 さて,この場合,MRSAの説明1つでも,本人と家族の負担は大きなものです。また,MRSA保菌者には消毒1つでも区別しますので,阻害的な気分を感じさせることもあります。この際,注意すべきことは,本人を特別扱いしているのではなく,他の方に感染したなどと,心ないことを言われないようにしているのだということをしっかり説明すべきでしょう。また,MRSAが健常人にも伝染する病気のように勘違いをして,孫にも会うことが許されないという方もいました。医療人であるならば正確なMRSAの説明が大切でしょう。

自己導尿について

 私たちの調査では,病棟で自己導尿を指導した方のほぼ40%前後は,家庭で自己導尿に対して否定的な体験をしています。その理由として,自宅での動作に自信がなかったり,病院の洋式トイレから和式に変わったこと,ベッドから畳に変わったことなど,環境の変化も大きな原因となります。特にこの際に,「病院ではできましたね」と励ましているつもりでも,かえって本人を焦らせることが少なくありません。もちろん,入院時に家庭での環境を配慮することが大切ですが,自宅に帰った場合では,自己導尿の利点をやさしく説明した上で,また最初から根気よく指導することが大切となります。

■モチベーションをあげること

 訪問看護では,本人や家族の意識をあげることがとても大きな課題です。訪問看護を実践されている看護職の方々は,さまざまな方法を工夫されていると思います。そこで,ここでは泌尿器科医ならではのコツを紹介します。

尿道カテーテルと自己導尿セット

 尿道カテーテルは,医療サイドで選択して留置しますが,カテーテルには親水性,疎水性など,いろいろな種類があります。本人にとっては体の一部になるものですから,病状に合わせて適切なカテーテルを選出することが大切です。また,本人に理解してもらうためには,例えば,親水性でも数種類がありますので,本人とよく話をし,体にあったものを選択してもらうのです。また,自己導尿には,使い捨てから毎回消毒するものまでありますから,消毒液なども含めて本人とよく話をすることが効果的です。

排尿日記

 排尿の量や様子を記録したもの(排尿記録)をつけることで排尿状態を把握し,排尿リズムをつけることを目標にします。この時大事なのは,次の項目です。
(1)排尿,排便のあった時間
(2)失禁の有無
(3)排尿量
(4)本人の自覚(尿意を感じられたか? 失禁に気がついたか?)

 さらに,水分の摂取時間と量の項目や,失禁については漏らしてから気がついたか否か,歩行などの動作中か,睡眠中か,まで,詳細にわかるとさらに詳しい記録となります。そして,この記録から,本人の排尿する時間,失禁しやすい時間を把握し,失禁しやすい時間帯は,その少し前に排尿を誘導すること,そして排尿リズムを整えていくようにしていきます。これには,本人や家族とともによく話し合うことが大切です。また,特に失禁の多い時間帯はまめにトイレに通うようにします。そうすることで,自分の感覚が取り戻せる可能性にもつながります。このように考え,取り組むことは,本人にとって痴呆の予防にも役立ちます。
(※本原稿を完成するにあたり,西大宮病院泌尿器科ほか訪問診療に関係する多数の方の意見を参考にしたことを付記します)

〔参考文献〕
1)奥井識仁:在宅における排尿の看護と介護(前編),訪問看護と介護,479-486,Vol6, No6,2001年
2)奥井識仁:在宅における排尿の看護と介護(後編),訪問看護と介護,655-661,Vol6, No8,2001年
3)奥井識仁:在宅排泄管理を話し合える場としてのインターネット,看護実践の科学,Vol26, No8,2001年
4)奥井識仁:在宅介護と排尿,日経MedWave(http://medwave.nikkeibp.co.jp/MED/care/),2001年4月号より連載中