医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


〔第10回〕高木兼寛「脚気病栄養説」(10)

2441号よりつづく

新しい興味-そこから生まれる最良のアイディアの抽出

 前回お話した,互いの「興味の接点の発見とその拡張」により,参加者は論議している内容が単によい悪いで解決できないものであることに気づくでしょう。そして,双方が考えもしなかった新しい案を打ち出すことができるかもしれません。つまり,各自が行なっている仕事をもっと大きな視野で捉え,問題を大きな視野にあてはめ,自分たちを大きな枠組みの一部とみなし,「参加者の相互依存こそが皆の成功不成功を左右する」という認識を持てば,自分が直面する問題もまったく新しいものとなるのです。
 さて,第3のステップは「新しい興味-そこからのアイディアの抽出」です。お互いの知恵を振り絞って新しい考え意見を創り出す時です。実行可能,不可能は別にして,考えられるアイディアをすべて出させます。その際,新しいアイディア排出が萎縮しないように,それに対するコメント,編集,反対意見はさせないようにします。
 参加者は,大きなパイを共同制作することは,個々の参加者の分け前も大きくなることを認識します。従来は摩擦であったものを,好機に変えるのです。つまりいくつもの新しいアイディアの中から「これだ!!」というものを探し出します。この状態ですでに双方の前向きな共同作業が始まり,相互利益を創造することに専念するようになるのです。
 誰しも若い頃は創造的ですが,歳をとるにつれて保守的となり,変化に対して頑なな姿勢を示します。時間的プレッシャーが存在することにより,望んだものより少ない収穫しか得られないかもしれません。
 元来,日本人は目上の人や上司に対して,自分の意見を正直にぶつけない傾向があります。日常的な会議は1時間程度です。そのような状況でよいアイディアや意見が出るはずもありません。特に臨床研究においては「これだ!!」という意見が出るまでじっくり時間をかけて煮詰めることが重要であり,ギャップがある状態で研究をスタートさせると,途中で亀裂を生じかねません。臨床研究は,団体長距離レースであり,皆で同じペースで走り続けることが重要です。
 例えば十分な話し合いを持たないまま,誰かがプロトコールを作成してきて「来年からこれをやります」と言って会議の場で配るとします。しかし,参加者皆が納得していないと,患者の状況に応じて修正,脱落例が多くなり,結局全体として結果判定不能となってしまうことでしょう。

興味の調整を図ってデザインを文章にしていく

 そこで,拡張した興味を実行に移す具体的シナリオが作成されなくてはなりません。この最後のステップが「興味の調整」です。ここでのボトムラインは「私の成功はあなたの成功であり,あなたの成功は私の成功である」点です。それぞれの参加者は相手方の目的成就を助けながら自分たちも大きな成功を収めるよう努力します。これがお互い満足する最もよい方法なのです。これこそが共同作業です。日本人の書いた論文では研究にまったく貢献していない人が共著者として名前を連ねることがしばしばあります。しかし,これは国際的常識からするとやってはいけないことであり,本当に貢献した人の名前のみを掲載するべきなのです。
 結局,交渉過程が複雑で回り道にはなりますが,デザインをする段階で多くの人を巻き込んで同志に加えることが臨床研究を始める前の重要なステップなのです。

ゴングショー

 米国企業のディズニーでは,「ゴングショー」と称する会議で,皆にアイディアを時間制限なしで述べさせます。内容がつまらなく,社長がゴングを鳴らしたら終わりです。また,関係者全員を12時間も缶詰めにする会議もあります。参加者それぞれが思う存分意見を出し尽くした時,出席者全員が平等な立場となり序列も消えてなくなり,そして突然,会議が創造的な雰囲気に変わります。会議が2日間に及んだとしても,優れたアイディアが出るのは,往々にして最後の30分です。最初は誰もが次々とアイディアを出すため混乱しますが,その後で意見が戦わされ結論が出るのです。
 臨床研究を推進させるためには,このような会議がぜひとも必要です。現在,日本では講座制が廃され,臓器別科に変わりつつあるとはいえ,まだまだ教授の権力が強く,縦割り構造のヒエラルキー組織を支配しています。そしてスタッフが上司に取り入ることに興味を示す状況では,すばらしい才能やアイディアが沈黙させられてしまいます。

学習する組織

 臨床研究は決して大きい必要はありません。例えば骨髄移植の際,無菌室に入室するスタッフは帽子,マスク,ガウンと白ずくめで,わずか目の部分しか見えません。そこである看護婦が病棟スタッフに話しかけ,「無菌室の白衣をカラフルなものにしたほうが患者さんの心が和むのではないか?」という仮説のもと,これからの骨髄移植を白いガウンの群とカラフルなガウンの群の2群に分けて,それぞれにアンケートをとり,患者心理を比較するとします。このような会議はナースステーションのテーブルでできてしまうのです。
 小さな臨床研究では論文にならないかもしれません。しかし,このような小さな臨床研究が蓄積すれば,やがては病院文化を形成するに至るのです。
 そして,病院文化はダイレクトに患者さんに伝わるものです。ディズニーにしてもトヨタにしても「学習する組織」を社内文化としたからこそ,世界の頂点に立っているのではないでしょうか?人間1人のアイディアなどは限られています。しかし,そのアイディアを仲間と話していると,無限の夢へと広がっていきます。「カバ」は大きくて扱いにくく,眠るのが好きで,いつもの習慣が侵されると攻撃的になります。一方「イルカ」は陽気で遊び好きで,学習熱心で,そしてチームのために喜んで先に進もうとします。私たち医療スタッフは「カバ」ではなく「イルカ」になるべきです。