医学界新聞

 

連載 これから始めるアメリカ臨床留学

第4回 USMLE Step1の具体的対策

齋藤昭彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校小児感染症科クリニカルフェロー)


2438号よりつづく

 USMLE Step 1は,基礎医学7科目からの出題である。
解剖学(anatomy)
行動医学(behavioral sciences)
生化学(biochemistry)
微生物学(microbiology)
病理学(pathology)
薬理学(pharmacology)
生理学(physiology)

USMLE Step 1の難易度

 USMLE Step 1は,その点数が160-240点内に振り分けられ,全体の平均点が210点,182点がその最低合格点である(2001年6月現在)。合格点を取るためには,問題の55-65%に正解する必要があると公表されているが,目標は高得点にこしたことはなく,65%を合格の目安にするとよいと思う。合格率は,1997年度でアメリカの医学生が90%,外国人医学生,医師(IMG; International Medical Graduates)は48%と公表されている。後者には,試験を何度も受けている人が多く含まれており,単純に比較はできないが,IMGにとって,難しい試験であることに変わりはない。
 試験は,計350問で,それを420分で解かねばならず,1問にかけられる時間は平均72秒である。英語の問題をこのスピードで解くには,問題をゆっくり読んで考えていたのでは時間が足りなくなるのは必至で,まず選択肢を見て,問題を予想し,解答を導くくらいの瞬時の判断が必要である。そのために制限時間を決めて問題を解くトレーニングを試験前に行なうべきである。

臨床により近づくStep 1

 近年,Step 1とStep 2の差が徐々に縮まってきている。これはStep 1で,より臨床に近い問題が多く出題されるようになったためである。以前,生化学では,物質の実際の構造式を問うような出題があったが,今はそれはなくなり,例えば,患者の臨床症状を提示し,どの酵素欠損が考えられるかといったような問題が多く出題されている。また,解剖学では実際の胸部のCTスキャンを提示し,この臓器は何かというような実践的,より臨床に役立つ問題が数年前にも出題されていた。この傾向は,特にこの数年顕著なようである。

アメリカ医学生も使う
“First Aid for the USMLE Step 1”

 幸いなことに,Step 1を受けるにあたって非常に参考になる本がある。それが“First Aid for the USMLE Step 1”と呼ばれる参考書である(写真参照)。アメリカの医学生がStep 1準備によく用いる本で,厚さ600頁強,各科目の試験によく出題される内容をHigh-Yieldsという形でまとめて紹介している。
 これはいわゆる試験の「ヤマ」であり,アメリカの医学生の常識となっている内容である。この内容をしっかり押さえることは,少なくとも最低の合格ラインを保証すると言っても言い過ぎではないだろう。また,本の巻頭には,1999年から始まったコンピュータ試験の受験方法がこと細かく書かれているので参考になると思う。巻末には各分野の参考書,問題集をランクをつけて紹介しており,自分が苦手としている分野や,補足の必要な分野のテキストを買う際の参考となる。
 まずはこの本を眺めて,どのような内容が出題されているのか,その傾向をつかんでみるとよい。そして読み進めていくうちに,どうしても内容がわかりにくいところがあれば,他の英語のテキストに限らず,日本語のテキストも総動員して,その理解を十分に深めることが大事である。

各科目のポイント

 ここに,最近の傾向を含めた各科目のポイントを簡単にまとめることとする。ここでカッコ内に示した例は,あくまでその内容をわかりやすくするためのもので,それだけが出題範囲ではないことを付記しておく。

解剖学(anatomy)
 解剖学,組織学,神経解剖学,発生学がその内容である。こと細かなことを覚えようとするときりのない分野だけあって,ある程度,的を絞った勉強が必要である。細かい血管,神経の1つひとつを覚えている時間はないので,要は,あまり細かいことにとらわれず,臨床に関係した内容を集中的に勉強すべきである。特定の解剖学的異常によって生じる疾患(例:Horner症候群),神経伝達路の障害によって生じる症候群(例:Wartenberg症候群),先天性奇形に関係した発生学(例:DeGeorge症候群)など,臨床的に重要な解剖学的構造は問題となりやすい。その他にも,細胞内構造の図,電顕写真の内容を問う基本的問題や,CT,MRIの写真も問題によく使われる。

行動医学(behavioral sciences)
 精神医学,疫学,生命倫理学など幅広い分野からの出題である。精神医学は,アメリカ独自の疾患分類(DSM-IV)があり,まずはこの単語,疾患の定義に慣れる必要がある。また,アメリカの医学生がいとも簡単に答えてしまう倫理の問題は,文化の違うわれわれには難しく感じることと思う。これらの新鮮な内容は,勉強しようとしているわれわれの気持ちをうんざりさせてしまうに十分であるが,問題のパターン,疾患の定義を覚えてしまうと比較的単純な問題が多い。要はこの領域の単語に慣れることである。それから,点数の確実にとれる疫学は知識をしっかり整理しておく必要がある。

生化学(biochemistry)
 生化学,遺伝学,分子生物学からの出題である。代表的代謝経路(解糖系,クエン酸回路,脂質代謝など)は出題頻度が多く,特に疾患と関係のある酵素名,代謝産物などは,特に集中して覚える必要がある。代謝経路を一生懸命覚えるのではなく,まず疾患を覚えて,それがどの代謝経路のどの酵素,代謝産物に関わっているのかを記憶することが重要である。遺伝学の基礎,特に遺伝疾患を子孫に受け渡す確率は,各遺伝形式ごとに理解を深めておく。分子生物学の基礎も最近の傾向で,それぞれの技術の基本的原理を理解しておくべきであろう(PCR,Southern blotなど)。

微生物学(microbiology)
 微生物というと,つい細菌学と結びつけてしまいそうだが,ウイルス学,免疫学,そして真菌学,寄生虫学もその出題範囲である。基本的な細菌,ウイルスの構造から症例を提示し,そこから考えられる微生物名を答えさせるまで範囲が広い。免疫学では,基本的なT細胞,B細胞,免疫グロブリンなどの概念,そして臨床に広がり,免疫不全疾患(AIDSを含む)の領域はよく出題されるところである。

病理学(pathology)
 病理学といっても,ここはかなり臨床に即した問題が多い。疾患の病態生理を問うものも多く,一見臨床の問題に見えることと思う。特に,アメリカで頻度の高い疾患,例えば,糖尿病,虚血性心疾患,高血圧,アルコール依存症などは,さまざまな側面からその病態生理が聞かれることと思う。
 一方で,病理の肉眼,顕微鏡写真を提示して,疾患名を答えさせる問題も多く出題されていた。その際,写真のみでなく,与えられた患者の年齢,性別,人種,職業などが大きなヒントとなることが多いので,注意が必要である。

薬理学(pharmacology)
 各領域の薬は似た名前が多く,混乱しやすく,知識の整理が最も必要な分野である。 代表的薬剤の特徴,作用機序,そして副作用は必ずおさえておく。また,各分野の代表的薬剤を覚えればよく,各領域の細かな薬品名,投与量や商品名などは覚えなくてよい。自律神経薬,抗精神薬,循環器薬,抗生物質などは頻度が高く,特に抗精神薬は,日本で市販されていないものもあり,知識の整理に時間を要した。薬の副作用は1:1対応で覚えられるものが多いので,暗記力がものをいう領域である。

生理学(physiology)
 この領域は,単純な丸暗記ではなく,その内容をよく理解していないと答えられない問題が多い。生理学を説明する上での代表的な図,グラフがあるが,それらを用いた問題が多く,それらに精通することが大事である。ここでも臨床に関する問題が多く,代表的疾患の生理学的変化(例:喘息患者の肺機能曲線,貧血患者の酸素解離曲線など)をおさえておくことが必要である。

苦手分野を重点的に

 最後にどの科目に重点を置くかということであるが,すべての科目に均等に力を注げられるのであれば,それにこしたことはない。しかし,人それぞれ,苦手分野と得意分野がある。時間の限られている環境では,まずは苦手分野の底上げをすることが試験に合格するための第一歩であろう。私の場合は,特に行動医学(behavioral sciences)の領域の単語に慣れるのに時間を要した。日本にない科目だけあって,時間を割いて勉強しなくてはいけない科目の1つであろう。
 あとは,前もって自分の設定した期限までの計画を立て,ペースを守り,それを毎日忠実にこなしていく。また,マルチプルチョイス式の問題では,確実に正しい,あるいは間違っているという知識が選択肢を絞る上で非常に役立つ。10のあやふやな知識よりも,5の正確な知識を持ち合わせたほうがよい。特に出題頻度の高いところは,時間をかけてしっかりとした正確な知識を獲得してほしい。
 次回はUSMLE Step 2の対策を述べることとする。