連載 第2回
医療におけるIT革命-Computerized Medicineの到来
(2)ロボット技術と次世代の手術
杉町圭蔵〔九大教授・消化器・総合外科(第2外科)〕
低侵襲手術へのシフト
ここ数年,急速に進化する情報化,コンピュータ化の大波が医療の現場にも押し寄せてきている。ところが,このようなマルチメデイアの著しい進歩にもかかわらず,一般外科領域への工学技術の導入は,超音波診断装置,レーザーメスなどのごく一部の医療機器を除き,ほとんど行なわれていなかった。今日,外科医が日常の臨床で行なっているすべての手術は,外科医の「目」で見ながら,自分の「手」で行なう手術であり,おのずと,行ないうる手術と安全性には限界がある。言い換えると,人間の目には死角と,細かなものには見える限界があり,また,手にもおのずと細かな動きには限界がある。そこで医療工学の力により,人間の能力を超えた「手」や「目」が開発されるならば,従来の手術手技ではできなかったまったく新しい手術術式が開発されたり,さらに,低侵襲で患者さんに優しく,かつ安全の高い手術が期待される。
内視鏡のめざましい進歩により,20世紀の「Invasive Surgery」から21世紀には「Minimaly Invasive Surgery」へと外科の手術は,まさに大きな変換期にさしかかっている。
遠隔手術支援ロボット
ところで,コンピュータで重装備された遠隔手術支援ロボットシステム da Vinci(Computer Motion Inc.)は,わが国では,すでに臨床応用が始まっており,外科手術学に大きな変革が起こっている(写真1)。このda Vinciは手術に必要な機能を高水準で備えたシステムで,術者はコンソールでコンピュータを操作するので,手の消毒が不必要となり,手術時にはこれまでつきものであったブラシによる「手洗い」の必要がなくなったことは外科医にとっては大きな革命である(写真2)。われわれの教室では,胆嚢摘出,鼡径ヘルニアはもちろんのこと,食道良性腫瘍の摘出術,胃癌,大腸癌,脾臓摘出術,縦隔腫瘍摘出術など30余例に使用し,よい成績を得ている(表)。
このda Vinciは触覚以外に,手術に必要な多くの機能を有している。特徴としては,(1)コックピトでは3次元で立体視できること,(2)鉗子が3自由度の手首を持つこと,(3)結紮や縫合操作が容易にできること,(4)小血管の縫合など細かな作業が可能なこと,(5)足元のクラッチで視野をコントロールできること,(6)術者の動作に対するロボットの動きを5対1まで縮小でき,術者の手の震えが伝わらないこと,(7)通常の手術に近い感覚で手術が可能であり,取り扱いが容易なこと,(8)自然な体位で手術野が見れて術者が疲れないこと,(9)2本の指で簡単に操作でき,手が疲れないことなどである。


表 da Vinciによる臨床例(九大第2外科) | ||||||
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21世紀の外科手術に大きな変革
1998年5月よりヨーロッパを中心に臨床応用されており,冠動脈のバイパス手術や弁置換などの心臓手術に約700例,婦人科や一般外科領域の手術にも約700例が行なわれており,良好な成績が得られている。このシステムは,装置が大型で高価であるという難点もまだあるが,21世紀当初の外科手術に大きな変革をもたらす可能性があると思われる。(この項つづく)