医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


患者の多様な背景に分け入って生まれた待望の分裂病論

私の精神分裂病論
浜田 晋 著

《書 評》松本雅彦(京都府立洛南病院長)

 東京・上野に精神科診療所を開き,「町医者」を自称しながら,『病める心の臨床』(医学書院刊)『老いを生きる意味』(岩波書店刊)を著し,精神医療関係雑誌の連載コラムに「老いのたわごと」を綴っている人がいる。その人が「いつか死ぬまでには,私なりの精神分裂病論を書いてみたい」とつぶやいている,そんな噂が聞こえてきていた。
 昭和30年(1955年)前後に精神科医を選んだこの世代の先生たちにとって,精神分裂病はもっとも魅力的な,どうしても取り組まねばならない病いであった。巨大収容所都立松沢病院で作業療法に携わり,精神衛生センター・保健所で地域医療に入り込み,25年前に率先して東京の下町に精神科無床診療所を開いて,精神病者たちと歩みをともにしてきた先生のことだ,どんな分裂病論が展開されるのだろう。
 待望久しいこの先生の著書『私の精神分裂病論』を手にして,いっきに読みすすむうちに,当初の期待はみごとに裏切られる。どこかはぐらかされたような気にさせられる。「エエーッ,どこに分裂病論があるのか」と。読むことができるのは,昭和45年5月から同47年5月まで2年間の日記にすぎないからだ。

「生活」と「暮らし」の中に

 しかしなぜか,再度読み返すよう促さずにはおかない深い力が,この本にはある。それは,「生活」と「暮らし」の中に分け入ってはじめてうかがい知ることのできる分裂病者たちの多様性と,分裂病そのものが内包している奥深さ,さらにはそれらをありのままに描き出している「日記」の持つ力とでも言うべきか。
 その2年間の日記は,著者が精神衛生センターの職員として,あるいは保健所の嘱託医として,訪れる患者や家族の相談にのり,時には彼らの家庭を訪問する,文字どおり地域に密着しながらの医療活動が描かれる。そして,患者との,患者家族との,ともに活動する保健婦との,あるいはともに語り合う同僚精神科医との間に織りなされる多様な「綾」が語られる。そうか……,そうなのだ,この多様な綾と襞を多様なままに語ることこそが,著者にとっては本来の精神分裂病「論」なのだ。科学の名の下で体系化された精神医学という学問や理論が,地域医療という現場にどれだけ役立つというのか。分裂病者と彼らにかかわる人たちとが生きている,その多様で複雑な背景にまで分け入り,それらを生身で体験することこそが,分裂病の治療を成立させる「論理」となるのだ。下町からアカデミズムに向けて叩かれる,強烈なパンチ!,あるいはジワリと響くボディ・ブロー!
 しかし,ときにはその綾も縺れ襞も深まる。患者との,保健婦との,さらには同僚との行き違いに,この人は孤独を味わねばならない。その孤独の中にも医療活動が続けられるのは,地域活動が「自分の中に他者を取り込むゆったりとした作業」(「著者あとがき」より)だという自覚が生まれてきたからであろう。ひょっとすれば,私たち人間は(病者とも),「孤独」という共通項でつながっているのかもしれない。この臨床日記はそんな感慨に読む者を誘う。
A5・頁256 定価(本体3,000円+税) 医学書院


日進月歩の小児外科学を理解できるテキスト

標準小児外科学
第4版
 鈴木宏志,横山穣太郎 監修/岡田 正,他 編集

《書 評》秋山 洋(国立小児病院名誉院長)

 今般,医学書院が出版している標準シリーズの中で『標準小児外科学』第4版が出版された。この『標準小児外科学』は1985年に第1版が発刊されており,約4年に1回,改訂版が出版されていることになる。

急速な進歩を的確に捉えて

 近年の医学,医療の内容は日進月歩であり,このような教科書的な医学書は進歩,変化に応じての改訂が必要である。特にわが国における小児外科医療の歴史は浅く,その変化,進歩は急速であり,改訂の必要性は不可欠のものと言える。わが国の小児外科は1960年に入ってから本格的に始められ,その頃,わが国における小児外科の成書は皆無であったが,その後小児外科の先駆者たちが,時代の要望によっていくつかの成書が出版されたり,全書の中で多くの執筆がみられるようになった。しかしこれらの多くの成書的な医学書は古くなり,現在の小児外科医療に対応できなくなっている。もちろんこれらの成書を改訂することは不可能であり,この『標準小児外科学』は適切な時期に改訂ができる成書の1つとして重要な地位を占めていると言え,改訂に努力をされている医学書院の皆様に敬意を表したい。
 この第4版は,従来の編者のうち岡田正教授が残り,伊藤泰雄,高松英夫の両教授が新たに加わった。時代と変化とともに編者が変っていくことも必要なことであり,このような書を適切に改訂,維持していくためには重要なことであろう。執筆あるいは編集にあたって「標準」という言葉の意味をどうとらえるかに苦労されると思われる。一般的に標準とは大多数の小児外科医が賛同し得る医療と理解されるが,これのみで成書的なこのような医学書が十分であるとは言えない。日進月歩の医療の中で,新しい考え方の中には将来的には標準となり得るものも少なからず存在するのであり,このような点からみても多くの筆者および編者の苦労がうかがわれる。しかし,より新しい考え方,治療法の工夫等についても,ごく簡単に文献を含めて紹介できればより便利ではないかと思われる。
 この書の主として利用される読者として医学生,研修医を対象とされているようであるが,医学生,研修医がこの書を十分に活用するためには教育にあたる小児外科専門医もこの書の内容を知っておく必要がある。考え方によっては読者の層はより広いものとなる可能性をもっており,次の改訂に向けても常に専門医の意見を聴取しておく必要があろう。

移植,胎児医療,内視鏡下手術も

 今回の第4版は医療の進歩に伴なって同一疾患であっても変化がみられているものもあり,このような点にも配慮され記載されている。また比較的新しい医療内容である移植医療,胎児医療,内視鏡下手術などについても十分な内容があり,きわめて有意義な改訂であったと評価することができる。
 最後に編者および多くの執筆者の御苦労に謝し,『標準小児外科学』のますますの発展を祈念する。
B5・頁312 定価(本体6,800円+税) 医学書院


コメディカルのための現場で役立つ眼科学ハンドブック

医療従事者のための眼科学
日本眼科医会 監修/井上治郎,他 著

《書 評》矢部比呂夫(東邦大大橋病院助教授・眼科学)

眼科医療を支えるコメディカル

 近年,眼科医療が以前のような結膜炎などの診療と処置を中心としたレッドアイクリニックから,多彩な検査を必要とする高度なホワイトアイクリニックへと診療形態が近代化してきた。それに伴い,医師と看護婦のみでは十分に日常の眼科診療が行なえなくなり,両者と一緒になって働くコメディカルの需要が急速に増大してきた。本書は「医療従事者のための」と銘打っているが,「眼科医療従事者」とは看護婦,視能訓練士ORT(orthoptist),そして日本眼科医会の各支部で講習会と全国統一の試験を実施して合格証を出しているOMA(ophthalmic medical assistant)と,その予備軍の医療従事者を意味する。
 国家試験をパスした国家資格を有するORTは,1999年までで合計3,613名であるのに対し,正式な国家資格ではないもののOMAは,1999年までで合格者3万9027名という多勢であり,OMAが実際の日本の眼科医療を支えていると言っても過言ではない現実がある。したがって,OMAが常に勉強して最新の知識を得ようとすることは,日本の眼科医療の向上に直結する。
 本書はそのようなOMAのための眼科学ハンドブックであり,また,OMA受験をめざす方々の自宅学習と講習のための参考書でもある。執筆陣は井上治郎,渡辺好政,湖崎克,久保田伸枝と日本眼科学会を代表する豪華な顔ぶれであり,最新の知識までを踏まえて眼科診療に必要な事項が記述してあるので,日常の診療での疑問点を即座に調べたり,通読により知識を整理する上で非常に有用である。
 医学雑誌などから最近の高度に専門化した眼科学の知識は得ることはできるが,実際の診療の現場において役立つのは整理された系統的な知識であり,断片的な知識は用を成さない。その点,本書は決して最先端の知識とは言えないものの,押さえるべき知識を整理してあるので,第1頁から最終頁まで通読することをお奨めする。

患者と円滑な関係の構築をめざす

 特に第1章では眼科医療従事者に望まれる基本的な挨拶,言葉遣い,身だしなみ,患者への態度などを事細かに記載してある。これらは本来,指導すべき医師が日頃,感じていてもなかなか言えない点でもある。医師国家試験をパスした若い医師を例にとっても,手術などのスキルの習得には熱心であるが,挨拶などのマナーができないがために,患者との信頼関係を構築できないケースが少なくない。このような日常の基本事項を遵守することは,患者と医療従事者の円滑な関係の第一歩であることを思いしらされる。
 また,眼科薬理学の章では,最近目まぐるしく発売された各種抗緑内障薬についても,最新の点眼薬まで詳細に記載されており非常に有用である。
 本書の価格設定は非常に低くおさえられており,眼科医療機関で働く従業員のみならず,広く若い眼科医にも購読をお奨めしたい1冊である。
B5・頁208 定価(本体3,200円+税) 医学書院


臨床心電図と不整脈診断の必須ポイントを習得

Marriott's Practical Electrocardiography
第10版
 G. S. Wagner 編集

《書 評》松村 準(北里大学健康管理センター長/北里大学教授・内科学)

約半世紀の歴史を重ねて第10版を出版

 Marriott博士による『Practical Electrocardiography』は,1954年,医学生に心電図の解釈を簡単に行なう方法を紹介する手引書として執筆され,34年間にわたり第8版まで出版された名著である。その後,Wagner助教授が依頼を受け,Marriott博士指導のもとに新たな構成で各章の順番を変更し,1994年,第9版が出版された。この著書は私が監訳者となり各大学の現役である先生方のご協力を得て,『マリオット臨床心電図』として医学書院MYWより1995年に紹介した。その際,Wagner助教授は「私たちはこの第9版の発行と同時に第10版の仕事を開始する」と書かれていたが,2001年めでたく第10版が出版された。

新しい発想による診断のあり方を提示


 本書の大まかな構成は第9版とほぼ同じで,第1部「基本概念」,第2部「異常波形」,第3部「異常調律」の3部から成っている。第1部では心臓の電気的活動,心電図記録および正常心電図についての基本事項が述べられ,第2部では心腔拡大,心室内伝導異常などのほかに,特に心筋虚血および梗塞に関する新しい心電図各波形の見方が解説されている。第3部では連続的モニター心電図における不整脈の解明をめざし,新しい発想による実際的なユニークな診断のポイントが示されている。
 大きな変化は,心電図の挿図である。これまで欧米の心電図は,なぜか心電図波形の印刷が汚く,波形編集が拙劣なものが多かった。しかし,本書では心電図の背景の記録紙や図表にピンク色を配し,心電図のほとんどを新しく鮮明な原寸大の波形に入れ替え,また12誘導心電図は1波形ずつ綺麗に編集され,モニター心電図の波形も新たな症例を用いて大きくし,要所が矢印で的確に指示されている。第9版とは異なり,心休まる体裁で,受けいれやすい心電図の参考書になっている。
 きれいな心電図波形をもとに,Marriott博士のうん蓄が傾けられたこの名著から,臨床心電図と不整脈診断の必須ポイントを習得すべく,本書のご購読をぜひお薦めしたい。
475頁 価格(6300円+税)
Lippincott & Willams & Wilkins社