医学界新聞

 

第101回日本外科学会開催

「外科学-新しい潮流」をテーマに


 第101回日本外科学会が,さる4月11日-13日の3日間,松野正紀会長(東北大,写真)のもと,仙台市の宮城県民会館,他の会場において開催された。
 今学会のテーマは「外科学-新しい潮流 New Trends in Surgery」。学会初日には午前と午後の2部構成による特別企画「外科と再生医学-Regeneration and Surgery」が行なわれ,国内外の第一線で活躍する研究者が再生医学の最先端の研究を報告。その他,シンポジウムやパネルディスカッションなどに加え,今学会から新しく「臨床教育講演」が企画され,多数の参加者を集めた。また招待講演では,クローン羊「ドリー」を誕生させたイアン・ウィルムット氏(英国・ロスリン研究所)や,山折哲雄氏(京都造形芸術大)による特別講演が行なわれた。
 また,シンポジウム2「わが国における理想的な外科専門医制度」では,2002年度から施行される「外科専門医修錬カリキュラム」と,これを土台とした消化器外科などの各種専門・認定医制度のあり方を議論した。
 さらに「膵癌-未来へのプロローグ」と題した会長講演で松野氏は「膵癌は今世紀に持ち越した難治療疾患の1つ」と位置づけ,自身の研究史を披露。また新しい膵癌治療戦略として,(1)遺伝子治療,(2)樹状細胞療法,(3)navigation surgeryを紹介した。


外科関連学会による共同声明

 学会に先立ち,日本外科学会をはじめとする11の外科関連学会による共同声明「診療に関連する異状死」を受けて,一般市民参加の公開討論会「医療事故と届出義務-手術と異状死をめぐって」(司会=JR東京総合病院 古瀬顕氏,演者=日大 押田茂實氏,慶大外科 古川俊治氏)が行なわれた。先の共同声明は,「十分なインフォームドコンセントを行なった上で,予期される合併症として発生した患者の死亡は異状死ではない」とする見解を示したもの。これをめぐって,法医学の立場から押田氏が,また外科医としてではなく弁護士の立場から古川氏が発言。講演は1時間と短時間ながら,多くの聴衆を集めた。

低侵襲手術へのチャレンジ

 学会2日目には,午前と午後の2部構成によるシンポジウム3「低侵襲手術への挑戦」が,「消化器,乳腺(司会=慶大 北島政樹氏,北大 加藤紘之氏)」と,「心臓・呼吸器,縦隔」(司会=東北大 田林晄一氏,福岡大 白日高歩氏)に分けて行なわれた。「消化器,乳腺」のセクションでは,腹腔鏡下胆嚢摘出術(佐田病院 小田斉氏),食道癌手術(名大 秋山清次氏),肝切除(九大 島田光生氏),肝腫瘍へのThermal Ablationの応用(千葉大 浅野武秀氏)など臓器別の低侵襲手術への試みが報告された。また,患者の負担軽減が期待されるセンチネルノード(SN)マッピングを利用したSNナビゲーション手術(SNNS)を,乳癌(国立がんセンター東病院 井本滋氏),胃癌(大阪府成人病センター 平塚正弘氏),大腸癌(帝京大溝口病院 宮島信宣氏),消化器癌(慶大 北川雄光氏)への応用から各臓器での有用性が示され,今後の課題が検討された。


外科臨床のセイフティマネジメント構築を

第101回日本外科学会パネルから


リスクマネジメントからセイフティマネジメントへ

 第101回日本外科学会(会長=東北大 松野正紀氏,参照)の最終日,パネルディスカッション「外科臨床における医療過誤とリスクマネージメント」(司会=癌研病院 武藤徹一郎氏,慶大 古川俊治氏)が行なわれた。同パネルでは武藤氏の進行のもと,(1)医療過誤の実態,(2)インフォームドコンセント(IC)と医療過誤,(3)医師の法的責任,(4)医療過誤予防のための対策,について演者が議論し,それを弁護士でもある古川氏が概括する形で進められた。なお演者は,田中信孝氏(旭中央病院),東口高志氏(尾鷲総合病院),上池渉氏(りんくう総合医療センター市立泉佐野病院),秦温信氏(札幌社保総合病院),山口俊晴氏(癌研病院),川瀬義久氏(蒲郡市民病院),栗原英明氏(神奈川県衛生看護専門学校病院),齋藤英昭氏(東大)の8名。
 (1)に関して古川氏は,特に現在,医療過誤に対する考え方は,危機を回避する「リスクマネジメント」から,安全性確保に向けた「セイフティマネジメント」にシフトしつつあることを述べ,その後の議論の口火を切った。続いて(2)に関しては,田中氏が胃癌手術に対する患者への説明を例にICのあり方を,また東口高志氏(尾鷲総合病院)は,病院全体でチーム医療をめざして構築したTotal Risk Managemnet System(TRMS)導入によるICの効果を紹介。さらに上池氏が,診療情報開示の実態を報告した。これらを受けて古川氏は,「ICを治療の1つと考えるべき」と強調。また,新規治療法における説明義務や「現在の医療水準」が,医療事故訴訟においても重要な鍵になることに話が及ぶと,壇上の演者から,「現在の医療の水準を把握するのは難しい。3月に日本胃癌学会が提出したような治療ガイドラインを,各学会でも検討すべき」と指摘もあがった。

医療事故防止への具体的な対策

 (4)では,リスクマネジャー制度を導入した田中氏が,リスクマネジャーに望まれるものとして,「専任養成教育の受講やコミュニケーション能力の開発」などをあげた。一方,川瀬氏は,安全意識のボトムアップを目的に,管理職ではない職員にリスクマネジャーを任せている現状を報告。これらの議論から専任のリスクマネジャーの必要性とともに,医師の医療事故防止への認識の低さを指摘する声もあがった。
 また川瀬氏は,インシデントリポートやアクシデントリポートの分析法として「4M-4Eマトリックス法」を用いた結果,事例分析に多大な効果をもたらしたことを紹介。山口氏は病院に「QC(Quality Control)委員会」を設置し,リポートの分析結果,「職員間のコミュニケーション不足が事故原因の大きな要素である」と報告。また栗原氏は,日替わりで職員がリスクマネジャーの役割を果たす「チェッカーマン制度」を導入した効果について触れた。

手術室における安全管理

 さらに齋藤氏は「手術室は全病院の機能が凝縮された場であり,多数のリスク発生源が山積している」とした上で,東大手術部における患者取り違え,術中手術器具の破損,刺傷事故などの実態と原因を明示し,それぞれへの対策を提示。また氏は「手術部のリスクマネジメントには専任管理者が必要」と強調し,現在,全国国立病院手術部協議会で各種マニュアルを作成中であることを明らかにした。
 また,秦氏は既存の事故防止委員会を改組して「診療委員会・MRM委員会」を設置したことや,「医療事故発生時のガイドライン」を「医療事故など防止・対策マニュアル」と改訂するなど,病院をあげての取組みを紹介。さらに「手術部管理運営マニュアル」など作成した経験から,外科臨床における安全管理の課題を提示した。
 山口氏は,癌研における過去の医療事故の経験から,病院刷新特別プロジェクトチームを設置し問題点を集約して,70の改善策を示した。その中で,治療法変更の際にCancer board(臓器別治療検討会)を通してチーム医療としての決定を下す,また看護婦をパートナーとすることなど,院長へ提言したと報告した。
 本パネルの最後に古川氏は,「今後は臨床面からの安全対策を考えるべきであり,外科医がこの問題に取り組むことで国民の理解を得て,行政などに働きかけていく必要がある」として,議論を結んだ。