医学界新聞

 

新しい時代の内科学の可能性を議論

第98回日本内科学会が開催される


 第98回日本内科学会が,さる4月12-14日の3日間,猿田享男会頭(慶大教授)のもと,横浜市のパシフィコ横浜で開催された。21世紀最初の開催となる本学会では,「日本の医学・医療における高血圧」と題する会頭演説に加え,「血管炎症候群」,「新興・再興感染症」,「生活習慣病」をそれぞれテーマとする3題のシンポジウムが企画された他,黒川清氏(東海大医学部長)による特別企画講演「21世紀へのチャレンジ」,およびパネルディスカッション「新世紀の内科学-医学から医療への展開」が組まれ,新世紀=新時代の幕開けを強く期待する中身となった。

21世紀は「展開医療」の時代

 猿田会頭が「内科学会に火を点けてくれる人」と見込んで依頼したという黒川氏による特別企画講演では,現在に至る近代日本の歴史が問い直され,グローバリゼーションの時代を迎えた現代日本の問題点が厳しく指摘された。氏は「他流試合」を避け,「閉ざされた」思考と価値観に縛られた日本の社会および日本の医学・医療界の特殊性を明らかにした上で,「従来の日本を支えた『村社会』,『縦社会』とその精神構造は,特に高等教育,医学教育,科学研究,金融などの国際的『価値』と『産物』を求める分野では通用しない」と持論を展開。パラダイムシフトの必要性を強調して,満席の会場を沸かせた。
 パネルディスカッションでは,21世紀はライフサイエンスの時代となるという展望から,実験医学,遺伝子解析,創薬,医療経済学の4分野より4氏が登壇。新世紀の医療をそれぞれの視点で論じた。
 中尾一和氏(京大)は,「実験医学から臨床への展開」と題して口演。「21世紀は,基礎医学から臨床応用への“展開医療(Translational Medicine)”の時代となり,EBNと並び“Discovery-based Medicine”が重視されるだろう」と述べ,研究志向内科医(Physician-scientists)の活躍に期待を寄せた。また,自らの研究成果を報告し,実験医学の臨床応用への展開を提案した。
 次に,中村祐輔氏(東大・ヒトゲノム解析センター)が,「ポストゲノムシーケンス研究の現状と課題」と題して口演。「ヒトゲノム解析は終わっていない」と強調した上で,約8万7千のSNPが発見された(4月11日現在)ことを報告しながらも,日本のヒトゲノム研究の遅れを指摘。ヒトゲノムなどの知的所有権を欧米諸国に独占された場合,「医療の貧富の差」につながることを示唆し,産官学連携,国家レベルでの取り組みと長期的戦略の必要性を主張した。
 続いて,川合眞一氏(聖マリアンナ医大)は「創薬から実践医薬へ」で,今後ますます必要となるヒトによる新薬治験の基準となる「新GCP(Good Clinical Practice)」を概説。これに伴って治験環境が整備されつつある現在,被験者への交通費の支払いは当然となり,新聞やインターネットでの被験者募集なども欧米並みになってきた。こうした急速な治験環境の変化に伴い,CRC(Clinical Research Coordinator)が活躍する医療機関も増加。9名の専任CRCが活躍する聖マリ医大の実績を紹介し,「CRC導入後,治験目標の87%が達成された」と報告した。さらに,国家レベルの重点的かつ大規模な支援を要望するとともに,将来的には,他国の治験結果を共有する「ブリッジングスタディ戦略」を理想とした。
 最後に,医療経済学者の田中滋氏(慶大)は,「医療経済と医療政策」と題し,現行の老人保健制度の問題点を指摘。また,医療経済に企業的市場経済概念を導入することの危険性を示し,「現在の皆保障を維持しながら,参加と自己実現を支援する医療保障制度の実現をめざすべき」とまとめた。(下記・関連記事


認定内科専門医会開催される

“明日の診療”にゲノム医療を活かすために


 日本内科学会認定内科専門医会による第12回認定内科専門医会講演会が,第98回内科学会の会期中の4月13日に開催された。同講演会では,本年2月にヒトゲノムドラフトシーケンスが完成したことを受け,近い将来に遺伝子医療が実現することを視野に,「日常診療におけるゲノム医療の役割」をテーマにした特別講演およびパネルディスカッション(座長=慶大 花田満氏,阪大 花房俊昭氏)が企画された。

遺伝子医療の実現に備えて

 特別講演では,ヒトゲノム国際倫理委員会の副委員長を務める武部啓氏(近畿大原子力研)が,「ヒトゲノム解析の日常診療へのかかわり」と題して口演。氏は,「遺伝子やDNAという言葉がプラスイメージで頻繁に用いられるようになったが,その一方で,遺伝子教育は浸透しておらず,依然としてネガティブな印象を残している」と指摘。倫理問題を含んだ遺伝子教育の充実を図るとともに,遺伝子に関するガイドラインの必要性を訴えた。また氏は,遺伝情報の利用が不利益になるおそれがあるものとして,保険加入,進学・就職,結婚などをあげ,遺伝情報は個人の責任に起因するものではないという正しい認識を広く社会に促すとともに,「知らされない権利」などを確立する必要性を強調。また,遺伝子相談の専門家の養成も急務とした。なお,氏は「予防可能な生活習慣病などの疾患に関しては,個人に遺伝子情報を開示して,積極的に指導すべき」と述べた。
 続いて3名のパネラーが登壇。「ミレニアムプロジェクト」の一員として生活習慣病の分野を担当する三木哲郎氏(愛媛大)は,プロジェクトの現況を報告。同プロジェクトの目標実現のためには,「オールジャパン体制による取り組みが必要」として,「各病院の一般臨床医を介した遺伝情報提供者の協力が欠かせない」と述べた。また,わが国の遺伝医学関連8学会による「遺伝子的検査に関するガイドライン(案)」を紹介するとともに,「個人に開示すべき遺伝子はまだほとんど同定されておらず,不必要な混乱や不安を招くだけ」として,協力者への遺伝情報の開示には難色を示した。

遺伝子医療は両刃の剣

 バイオエシックス(生命倫理)の立場から掛江直子氏(国立精神神経研)は,「遺伝子医療は両刃の剣」として,そのリスクとベネフィットについて考察。その医学的有効性に期待する一方で,心理・社会的には,(1)アイデンティティ,自己イメージの変化,(2)家族関係の変化,(3)教育・就労・保険・対人関係に関する不公平性などのリスクを指摘。「用い方によっては,利益よりもリスクが大きくなる可能性がある」と示唆した。また,「ガイドラインは最低限の水準を確保するために必要な内容にすぎない(minimal requirements)」と注意を促し,「これを基にした問題解決のための議論が欠かせない」と述べた。
 ジャーナリストの立場から高橋真理子氏(朝日新聞)は,「医師は遺伝子情報を特別なものと認識していない」として,遺伝子医療の本格化が報じられる一方で,一般の人々は「よくわからない」「不安だ」という反応を示していることを指摘した。さらに,「医師はコミュニケーション能力が欠けている。このままでは,医師同士の切磋琢磨による質の向上はもちろん,インフォームドコンセント(IC)も期待できない」と厳しく批判。遺伝子医療のICだけにとどまらず,日常診療,ひいては社会全体に対するICの必要性を訴えた。
 4方面からの専門家の参加を得た本パネルでは,遺伝子診断に伴う多角的な問題が指摘されるとともに,ICの重要性が議論の的となった。また,おりしも厚生労働省により認定されることが明らかになった遺伝臨床専門医など,遺伝子医療の専門家の必要性が示唆された。会場からも,「現場の臨床医は,現状の中で精一杯にやっているが,十分なICを行なうほどの根本的な余裕がない。日本の医療の構造を抜本から変える,国家レベルでの変革が必要」と現場の医師の切実な思いが寄せられるなど,活発な意見交換がなされた。