医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 ベリー オーディナリー ピープル

 加納佳代子



 うららかな春の日の午後,新入職員ら10数名と勤務先である病院周辺を1時間あまり歩いた。病院は縄文・古墳時代の「新山遺跡」という丘の上に建っており,その下には,古村の細長い集落がある。天神様や神社,畔道の草花,わらで編んだ魔よけの蛇を眺め,ひっそりとした庭にたたずむ老人に皆であいさつをする。
 駅からバスで10分,工業団地を抜けたところに病院がある。新入職員たちに,これから仕事をする精神病院はこの集落の中にあること,入院している患者は病院という建物の中にいるのではなく,この自然の中で暮らしていることを知ってほしかったのである。
 新入職員オリエンテーションの1日目。扇形に並んだ椅子に座り,『ベリー オーディナリー ピープル(予告編3)-伊吹サンがいなくなった』というビデオを2時間観た後,こんなふうに散策を楽しんだ。
 その日の午後には,閉鎖病棟で行なわれている手話クラブに参加し,大勢の患者さんに新入職員を紹介した。そして,ベランダで春風に吹かれながら,去年入った職員のメッセージを聞く。その後で,おやつを配りはじめた老人病棟に行き,1人ひとりにあいさつをする。その時の会話。
 「わからないことは何でも聞けよ」
 「すみません,何がわからないかわかりません」
 「そうか,それがわかったら聞きにおいで」
 「はい,お願いします」
 それから開放病棟の患者さんのところへ行く。風呂あがりの女性の患者さんに,「新入職員へ一言お願いします」と呼び止めると,「皆さん当然わかっていると思いますが,私たちを差別して見ないでください。それだけです」と言われる。
 痴呆病棟へ行く途中の渡り廊下をぞろぞろと歩くと,合併症病棟に入院している方々が桜の木の下でおやつを食べている。ここでもあいさつ。痴呆病棟のデイルームでは,いつもはしゃべらない人が,
 「こんにちは,よく来たね」
 「名前はなんだい」
 「いい男だね」と声をかけてくれる。
 最後に合併症病棟へ寄り,1人ひとりにあいさつ。ベッドの中から,いつもよりニコニコとして,一声かけてくれる。 ここは患者さんの暮らしの場。それを身体で感じて,心で受け止めてくれればいい。今日から始まる精神病院の職員としての仕事は,何も特別なものではない。「当たり前のことを当たり前に」,していくだけなのである。
 公的総合病院から民間精神病院に転職して2年。「ベリー オーディナリー ピープル(very ordinary people)」,ごく普通の人々との生活に,私の心は安らいでいる。

●加納佳代子氏がホームページ「ナースサポートkk」を開設しています。老人・精神科病院の総婦長としての日常の様子が,ユーモアを交えながら語られています。
◆ナースサポートkk URL=http://www.ac.wakwak.com/~kayokokano/