医学界新聞

 

〔ルポ〕

「看護版OSCE」の実践

大阪・市立池田病院の現任教育での試み

協力:大阪府・市立池田病院
看護部長=島末喜美子氏
(聖路加看護大博士課程)藤崎 郁氏

 医学教育では,OSCE(オスキー:Objective Structured Clinical Examination;客観的臨床能力試験)という,臨床能力を客観的に評価する方法が,臨床教育の一部として取り入れられ,注目を浴びている(次頁別掲参照)。本紙「医学生・研修医版」でも,昨年よりOSCEについての記事を連載している。
 医学教育でのOSCEでは,(1)インタビュー(医療面接),(2)フィジカルイクザミネーション(身体診察),(3)診断手技(尿検査,検鏡等),(4)治療手技(縫合,心肺蘇生等),(5)画像診断,(7)患者へのインフォームドコンセントなどがステーションごとに課題として出題されるが,(1)(2)(7)は医師だけではなく,看護職にも必要とされる能力であり,患者の主観的・客観的情報のすべてを統合したものが,フィジカルアセスメント(身体診査技法)とされる(下図参照)。
 大阪府の市立池田病院看護部では,このフィジカルアセスメント能力に注目。看護職の現任教育の一環として,藤崎郁氏(聖路加看護大博士課程)の指導のもと,1999年9月より,呼吸器・腹部・筋・骨格系・神経系・リンパ系(頭頚部・胸部腋窩・鼠径)・循環器系(末梢循環・心臓)など12回にわたりフィジカルアセスメントセミナーを開催。24名のナースたちが「ヘッド ツー トウ(頭からつま先まで)の原則に則り,全身のフィジカルアセスメントの技術を学んだ。なおこのセミナーには,継続的に訓練を積んできた大学院生や他院の看護職有志が,テューター(指導者&評価者)となり,藤崎氏の補佐を務めた。
 そして,昨年11月18日。第13回目となるセミナーを,その集大成としてOSCEにあてた。本紙では,おそらく国内では初であろう,この「看護版OSCE」を取材した。
 〔フィジカルアセスメント能力の,看護における重要性とOSCEとの関連については,本紙2240号でも取りあげた(1997年5月19日付看護号,対談「フィジカルアセスメント-これからの看護に必要な技法」)。医師および看護婦国家試験へのOSCEの導入に関しては,2430号(3月26日付)に掲載した,座談会「医療人教育のための望ましい教育評価」でも触れている〕


市立池田病院の理念

 市立池田病院は,「創意に富み,思いやりのある,信頼される病院をめざして」を基本理念として,患者の視点に立った利便性,快適性を追求。外来診療部門を1階に集中させ,スムーズな誘導と,待ち時間や手続きの煩わしさをできる限り軽減している。また,内視鏡センター,結石治療センター,糖尿病・ぜんそく教育治療センターを併設し,従来の診療科単位を超えて関連部門がチームで診断,治療にあたるセンター機能を充実させ,より正確で適切な治療とともに,予防教育を含めた高度で質の高い医療をめざす施設である。さらに,地域医療連絡室を中心に,病診・病病連携を推進するなど個々の患者への対応に配慮。病棟からは,五月山や池田市内が望め,デイルームなども採光,空間に優しさが感じられる。米沢院長は,「スタッフ一同が研鑚を積み,若い人材を育てるとともに,よき伝統として受け継がれてきた家庭的雰囲気のチームワークを大切に,温かみとくつろぎのある病院であり続ける努力をしていきたい」と述べている。

市立池田病院でのOSCE

 OSCEでは,通常いくつかのステーションが用意され,それぞれの領域での臨床能力を評価する課題が出題される。受験者は各ステーションを順に回り各々での評価を受けるが,この日の市立池田病院では,以下の6つのステーションが用意された。
A)呼吸器系
B)腹部
C)甲状腺・リンパ・末梢循環
D)脳神経・髄膜刺激症状
E)深部腱反射・運動・小脳機能
F)筋・骨格系

 この6つのステーションを,ナース役,患者役の受験者2人がペアとなり,各ステーションを10分(実技8分,残り2分は口頭による評価)で回る。各ステーションには,これまでのセミナーにかかわったテューターが,評価者として配置された。評価に際しては,事前に一定の評価項目と基準が準備されており(表1,2にその一部を掲載),テューターは評価項目にしたがって4段階で得点をつける。しかしながら,藤崎氏は「今回のOSCEの試みは,客観的な評価を行なうというよりも,あくまで未修得部分の洗い出しと学習への動機づけの促進が主目的です。そのため,実は評価の客観性自体はそれほど問題にはしていません」とその意図を語った。

OSCE導入の理由

 市立池田病院看護部が,このOSCEを始めた理由を島末看護部長にうかがった。
 「目でみて,観察して,アセスメントすることが看護の基本だと思いますが,それを実践する能力が,正直言いまして不安材料でした。そこを指導するのは院内スタッフでは難しい面もありましたので,雑誌でフィジカルアセスメントを連載(「看護技術」1998年1月-1999年9月)されていた藤崎さんに講義をお願いしました。当院では,それまでにも看護診断について継続的な学習の場を持ってきましたし,次のステップとして,現場で活用できる実践能力の向上を考えたのです。
 その結果,病棟,外来を含めて各部署から4人ずつのエキスパートを育成することができました。彼女らは,今までの学びを各部署のスタッフにも伝えてくれるだろうと期待しています。
 セミナーが始まってすぐの参加者の言葉は,『難しくて……』でした。しかし,そこに参加したナースは,徐々にですが同僚の医師にフィジカルイグザミネーションやアセスメントの仕方を尋ねるようになり,『僕たちよりもよく知っている』とおほめの言葉をいただく場面も出てきました。特にOSCEの直前には,医師にもかなり協力してもらい,復習を積んだようです。ある意味で,医療チームとしての意識改革につながったのではないかと感じています。何よりも,参加しているナースたちの意識は本当に変わりましたね。優しさだけではない技術の大切さを学び,自分たちの努力に対しても自信を持ったようです。
 また,これまでは基礎教育の中で教えられていることと,臨床で必要な能力とがかけ離れていた感もありましたが,今後はこのような技術教育がそのかけ橋となるのではないでしょうか。最近では看護大学の台頭などがあり,それが看護の発展にもつながっていくと思っています。
 この4月からは28名の新入看護職員が入職しましたが,新人研修としてもフィジカルアセスメントを必修とし,まる1日を使って講義を行ないました。その直前の3月には,今回の継続セミナーを受講していない人を対象に希望者を募ったところ,約250名いる看護職員の大半から申し込みがあり,その全員がフィジカルアセスメントダイジェスト版を受講しました。そのような雰囲気をみますと,継続セミナーの参加者の動きは,確実に病院全体によい影響を及ぼしつつあると言えますね」

看護の中でフィジカルアセスメントが定着するために

 藤崎氏は,今回の池田病院での試みに関して,「看護に必要とされるフィジカルアセスメントのあり方や,それが医師に要求される身体診察技法とどう違うものかについては,今後の検討課題だと考えています」と語る。一方,「現任教育の中で,頭からつま先までのすべてを体系的・継続的に学ぶことが1病院レベルで実現できたことは,すばらしかったと思います。また,なおかつそこで習得した『技術そのもの』の客観的評価を,実際の人体レベルで実施できたことに意味がありました」とセミナーを終えての感想を語った。
 また氏は,医学教育の中で行なわれることの多いSP(模擬患者)や人形を使った実技ではなく,ナース同士がペアとなって実技を行なった点を強調。お互いが患者役を経験したことは,「技術をされる側の状況と配慮すべき点を考えることに有効」とした上で,「患者役をすると,相手の技術がうまくできているかどうか,どのあたりがポイントになるのかも明確になるという一面に気づいてもらえたと思います。今後も研鑚と経験を重ね,看護の臨床の現場で実際に必要とされる技術の範囲について,臨床ナースの立場からどんどん具体的な提言をもらえれば,本当の意味で看護の中にもフィジカルアセスメントが定着し,看護そのものも発展すると思います」とその展望を語った。なお,氏の著した『フィジカルアセスメント 完全ガイド』(学研,2001年)には,ナースに必要と思われるフィジカルアセスメントの基礎から各論までを網羅。さらに付録のCD-ROMには,動画と音声が収録されており有用である。
◆市立池田病院(院長:米沢毅,264床)
 〒563-8510 池田市城南3-1-8
 TEL(0727)51-2881/FAX(0727)54-6374



 
A)呼吸器系(左)とB)腹部(右)のフィジカルアセスメント。腹部では「触診の深浅,視診,聴診の配慮はよいが,肝臓の触診をする時に,『息を止めてください。息を吐いてください』などの言葉かけが全体的に少ない,とのテューターからの指摘もあった

D)での視神経のフィジカルアセスメント。ペンライトでの対光反射観察(写真左)と,眼底鏡を用いての視診。自分の手掌をレンズを通してのぞきながら視力に合ったレンズを選択(右),「しっかりと頭部を固定することが必要」との指摘もされた(下)

D)の対座視野による視神経の確認。この他に,三叉神経や舌下神経などの状態もみる
E)でのアキレス腱反射。反射神経をみる時は,場所を的確に確認した後,打腱器をもう少し強く振ること,と指導
F)の関節可動域と筋力のスクリーニングテスト。角度計の使い方の模範も示された(タイトル部の藤崎氏の写真

●OSCEとは

 OSCEは,1975年にHardenらによってBritish Medical Journal誌に,臨床能力を客観的に評価する画期的な方法として紹介されている。カナダでは,1992年より医師国家試験に採用,一部の州では家庭医の専門医試験としても導入されている。アメリカでは専門医試験の他,ECFMG試験(米国臨床留学のための資格試験)にも採用,1994年の調査では,世界30数か国でOSCEが用いられているという報告もある。
 日本では,川崎医大が1994年に導入したのが最初。その後実施大学が40数校に増加し,医師国家試験への導入の方向性も示唆されている。OSCEでは通常,医療面接・頭頚部診察・腹部診察など,いくつかの部屋(ステーション)が用意され,それぞれの領域での臨床能力を評価する課題が出題される。課題はあらかじめ評価基準として設定されており,受験者は各ステーションを順に回り評価を受ける。
 「従来から行なわれているペーパーテストによる評価では,認知領域(知識や理解力等の頭脳の能力)評価は可能だが,精神運動領域(診察・検査等の技能)および情意領域(態度・習慣などの人間性)は不可能。しかし,OSCEは精神運動領域,情意領域の評価法として優れている」(東医大 松岡健氏,「週刊医学界新聞」医学生・研修医版2371号より)と,医学のみならず,看護教育でも活用が期待されるものである。