医学界新聞

 

連載 これから始めるアメリカ臨床留学

第2回 アメリカ臨床留学で得られるもの

齋藤昭彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校小児感染症科クリニカルフェロー)


2429号よりつづく

 晴れて日本で医学部に入り,あるいはすでに医師として働き,それなりの社会的地位と保障が約束されている中で,果たしてアメリカで臨床留学を行なう理由が見出せるであろうか? 日本での臨床研修との大きな差は一体どこにあるのか?今回はこれらの質問に答えるべく,アメリカ臨床留学で得られるものを述べていきたいと思う。

理想の臨床研修とは何か?

 皆さんは研修医として働く際,どのようなことを基準にその研修先を選ぶのだろうか。自分の大学の医局である,多くの症例を体験できる,よい指導医に教わることができる,有名な病院である,自分の時間を持てる余裕がある,などさまざまであろう。私がここで強調したいのは,研修医のトレーニングをどう行なうかは,医師としてのキャリアを決める上で,非常に重要なステップであるということである。なぜなら,その時期に医師としての基礎を学ぶわけで,そこでどのような教育を受けたかは,将来を大きく左右すると言っても過言ではない。
 アメリカの臨床研修システムはきわめて組織化されたものであり,研修医を臨床体験に基づいて教育する理想のシステムが確立されている。そこには,常に競争原理が働いており,その中に入り,努力すればそれなりのレベルの医師になれることを保証してくれる。残念ながら,現在の日本のシステムは各大学・研修病院の手に委ねられているのが現状で,標準化されたシステムがなく,アメリカに比べて大きな遅れをとっているのが現状である。優れた臨床医になりたいのであれば,迷わずアメリカの臨床研修システムの門をたたいてみようではないか。

若い医師を育てるという土壌

 アメリカの研修医システムを振り返ると,若い医師を教育しようという姿勢がいたるところに感じられた。まず,研修医向けの教育的カンファレンスの充実ぶりがあげられる。毎日,朝は前日に入院した患者の徹底的な症例検討,昼はそれぞれの分野の専門医が代表的疾患の系統的講義を1時間ずつ行なう。それに加えて週に2回,小児科研修医,指導医全体が集まり,講師を招いての教育的講義が行なわれる。また,朝のカンファレンスの後に行なわれる回診は指導医,研修医,医学生からなる4-5名の小人数で実施され,担当患者の状態を把握し,治療方針を決定する一方で,指導医から患者を通してその疾患について学ぶ。また,研修医にとっては,下の研修医,学生を指導をする場でもある。
 教科書だけを読んでもなかなか頭に入らないことでも,カンファレンスや回診を通じて直接目にして耳にすると,はるかに記憶に残り,貴重な臨床経験として積み重なっていく。一方で,研修医と指導医は常に評価(evaluation)を受け合う関係にある。各ローテーションは1か月おきに変わるが,その最後にお互いが,研修医としてあるいは指導医としてどう働いたかを十数項目にわたり,10段階評価を受ける(10が最高,1が最低)。ここで,1つでも“3”以下の評価を得た場合は,研修医はそのローテーションをやり直さなくてはいけない。そうならないためにも,研修医は必死に働き,また指導医は十分な指導を怠らず,お互いの微妙な均衡関係が保たれているのである。

組織化された研修医システム

 次に驚いたのが,研修システムが整備されていることであった。日本の場合,臨床研修システムは各病院によってまちまちであり,多くの大学病院では1-2年の大学病院での研修後,各関連病院で残りの研修を行なう。その内容は,上級医の指導力,経験,患者数などによるところが大きい。
 一方アメリカでは,例えば小児科では3年間,1つの病院のプログラムに入り,そこで,アメリカ小児科学会(AAP)が事細かに規定した病棟,外来,集中治療室(小児,新生児)での勤務日数,当直日数に沿って,研修予定が組まれる。各プログラムは,第三者機関によって年に1度その内容が厳しく評価され,この規定に沿っていないプログラムは,AAP認定のプログラムからはずされ,研修ができないこととなる。逆に言うと,どのプログラムに入ってもそれ相当の研修が受けられるということである。研修を終わった研修医は,個人の差はあるものの,小児科医としての十分な常識を備えており,医師のレベルが底上げされていると感じた。また,研修が終了した時点で初めて認定医試験を受けられる資格を与えられ,その試験の合格率は常に約7割で残りの3割が落ちることとなっており,そこでも厳しい競争原理が働いている。自らをそのシステムに置くことにより,いやが応でもある程度のレベルの医師に育ててくれる,そういう印象を強く持った。

交じり合うことによって生まれるもの

 アメリカには日本のような医局制度がなく,1つのプログラムにさまざまな医学部を卒業した研修医が集まる。私が所属する1学年18人の小児科プログラムでは,のべ14の異なる大学からの卒業生が在籍していた。皆が異なる医学教育を受けているため,得意分野と不得意分野を持っているが,同じ土壌でそれらを補い合っているという印象を持った。診断の見えない患者に接した時に,「私はこれと類似した症例を医学生の時に受け持って,指導医がこう教えてくれた」こういう一言が,診断の手がかりになることが多々あった。皆が同じバックグラウンドだとこうはいかない。一方,研修医として働き始めたら,卒業した医学部で差別されるようなことはなく,外国の医学部を卒業してもそれは同様で,その医師のまさに実力と,仕事ぶりが問われる世界である。

変化と余裕のある研修医システム

 アメリカの研修医生活は決して楽なものではないが,研修の内容にはかなりの変化と余裕がある。例えば,日本だと数か月間連続して病棟勤務などというのは当たり前だが,アメリカでは,1か月おきに異なる部門をローテーションすることとなる。これは,変化があり,気分をリフレッシュできるシステムである。忙しい病棟勤務の後は当直のない救急室勤務というように自分で,そのスケジュールを決めることができる。また,驚くなかれ,1年に1か月の有給休暇が保証されており,多くの研修医が旅行をしたりして,その自由時間を楽しんでいた。
 さらに,学年が進むにつれ,elective(選択科目)というローテーションがあり,年に3-4か月,自分の勉強したい分野に集中することができた。私は,小児感染症の領域に興味があったので感染症の研究室に出入りし,実験のノウハウを教わったり,苦手分野であった遺伝学を集中的に勉強したりと,自分のオプションを作れる余裕があった。これはすべて,アメリカの研修システムに人員の余裕があるからこそできることである。研修医は忙しいながらも,メリハリのある,のびのびとした研修をしているという印象を強く受けた。

異文化の体験

 最後に,アメリカで臨床研修することのもう1つの醍醐味として,さまざまな人種,異なる文化を持つ医療者,患者さんと働くことができることをあげておきたい。これは時としてネガティヴなこととしてとらえられるかもしれないが,私にとっては,非常に多くのことを教わった。多民族国家アメリカでの研修ならではのことである。各国の文化,言語を学ぶことは時には患者さんに対するアプローチをも変えることにつながり,国は違ってもそこに共通するものの考え,あるいはまったく異なる考えを垣間見ることができた。一方で,日本という国を客観的に見ることができた貴重な時間でもあった。また,前回(2429号)にも述べたが,英語のコミュニケーション能力が飛躍的に改善することもそのメリットの1つと言えよう。
 価値あるアメリカの臨床研修システムを受けてみたいという気持ちが少しでもでてきたであろうか。次回からは,具体的な試験に向けての計画について述べていくことにする。