医学界新聞

 

腫瘍内科医-がん患者を専門的に診る

渡辺 亨氏(国立がんセンター中央病院・内科医長)インタビュー


■腫瘍内科医に必要なもの

腫瘍内科医とは

―――渡辺先生は腫瘍内科医という肩書きをお持ちですが,どのようなこと専門とするのか,ご説明いただけますか。
渡辺 腫瘍内科医とは,がんの治療を専門とする内科医です。内科医ですから,抗がん剤,ホルモン剤などの薬物療法が治療手段となります。乳がん,消化器がん(胃・大腸がんなど),肺がん,卵巣がんなど固形がんの治療は,歴史的に見ても外科手術,放射線治療,そして薬物療法の順に発達してきました。
 米国では1950年代頃から抗がん剤治療の専門家として腫瘍内科医(Medical Onco-logist)が認識されるようになりました。日本では固形がんは多くの場合,最初に手術をした外科医が引き続き,薬物療法も担当することが当たり前と考えられてきました。しかし,がんの薬物療法が急速に進歩し,同時に複雑化してきたこと,治療の対象となる患者さんやご家族に,薬物療法のベネフィットとリスク,適応と限界に関する情報を正しく伝えなければいけないことなど,がんの内科的治療の専門性が求められるようになってきました。そこで,医療の適正化を考えると,がんの内科的治療の専門家が必要になってくると思います。
 日本では,がんになる人は2人に1人,死亡する人は3人に1人と多いのですが,抗がん剤の作用・副作用や薬理学,副作用への対処方法などの知識と経験を備えた専門家はあまりに少ないのが現状です。
 例えば,副作用への対処については,常に備えていなくてはならず,副作用が起こってしまってから対応するのでは遅い場合があります。実際のがんの治療では「この薬剤ではこういう副作用が起こるから,先回りしてこういう薬を使いましょう」とあらかじめ用意しておく場面が多々ありますが,そのようなきめの細かい対応ができる内科医が少ないのです。その点で,実際の需要と供給がアンバランスであり,ニーズは結構あるはずなのに,実際にきちんとがん治療を提供できる医師がどれくらいいるのかというと,心もとない限りです。
―――腫瘍内科医に求められるものは?
渡辺 まず1つは,がんの生物学的な性格を理解することです。外科が,比較的機械的な考え方を持つのに対して,内科の本質というのは生物学的な視点で考えることが必要だと思います。次に,治療手段として,抗がん剤,ホルモン剤,最近ではモノクローナル抗体などを使用しますから,薬剤に関する知識,つまり作用機序,薬物動態(吸収,体内分布,代謝,排泄),副作用などを理解する必要があります。また,抗がん剤の投与量は,「副作用がある一定の割合の患者さんに認められる量でないと治療量に達しない」という考え方で決めていますので,治療中の副作用への対策,特に感染症に対する抗生物質の使い方,水と電解質管理,疼痛などの症状緩和法など,内科医としての基本的な力量が必要とされます。つまり,よく言われることですが,患者全体を診るということ,これは,がんという病気をもった患者さんの気持ちがわかるということです。

患者といかに話をするか

渡辺 これは,患者さんにいかにきちんと情報提供できるかにも通じると思います。すべての医師が持つべき重要なスキルだと思いますから,早くからしっかりとトレーニングしなければいけません。スキルというと,なにやら気持ちの通わない,小手先の技のように思われるかもしれません。しかしある程度は,伝授可能な技術であると思います。いまや,がん告知の是非を論じる時代はとうに過ぎ去り,医療を受ける側の患者さんやご家族が病気や治療のことを十分理解した上で,治療を受けるか,臨床試験に参加するかなどの局面で決断すること(informed decision)が大切です。患者さん側がInformed decisionに至るまでのプロセスを支援することが,われわれ医師に求められているのだと思います。このプロセスは,患者さんとの会話の中で,不足している情報を見極めつつ補いながら,インタラクティブに進むものだと思います。
 医療は基本的にサービス業ですから,「こういう治療はできます。これぐらいの効果は期待できますが,これは無理です」というように,適応と限界をわかっていないといけません。特にがんの薬物療法の領域では,治療により治癒が達成できる疾患から,ほとんど患者さんにとってベネフィットが得られない疾患までさまざまです。医療者は,サービスを提供するプロバイダーであるという意識が必要で,「この病院では,このぐらいまではできます」という形で情報を提供し,患者さんに納得していただいた上で治療を提供すればよいのだろうと思います。また同時に,がんの薬物療法はわからないことがたくさんあり,まだまだ不完全で,新しい治療薬が開発されても従来の薬剤と比べてみないことには,本当に優れているのかはわからないという「uncer-tain principle(不確実性の原則)」を理解し,将来の患者さんのためによりよい治療を開発するための臨床試験についても,正しく情報提供しなくてはいけませんね。

■がん患者さんと向かいあう医師

―――患者さんとのコミュニケーションのあり方をどのように学べばよいでしょうか。
渡辺 私自身,医学部で実際にコミュニケーションやカウンセリング技法のトレーニングは受けていません。医師になり,先輩の指導を受けながら,実際にがん患者さんやご家族と接して自分のスタイルみたいなものを作り上げてきたように思います。ですから,近代的なトレーニングを受けたとは言えません。十分に説明できていなかったり,患者さんの気持ちが理解できなかったりで,患者さんとの行き違いが生じた場合もあり,その都度,軌道修正しています。
 最初のうちは,実際に患者さんに説明するのを,先輩医師に同席して聞いてもらい,後で「こういう言い方ではどうか」とか「この辺が足りない」というフィードバックをかけてもらうのがよいと思います。また,先輩医師が説明するのを横で聞いてみることもよい勉強になります。当院では,内科レジデントは内科5部門を3か月ごとにローテートを行ないますが,レジデントは各部門でいろいろなスタッフから指導を受けます。説明の仕方,情報の提供の仕方など,それぞれのスタッフのくせというか,やり方があるでしょうが,その中から自分のスタイルを作っていく作業が必要だと思います。主体はやはり自分であり,現場で患者さんに接して軌道修正をしながら上達していく,つまり,On the Job Trainingが大切だと思います。
 私の恩師の阿部薫先生(国立がんセンター名誉総長,現横浜労災病院長)は,「患者さんも自分も同じ心を持つ人間である」「物事の暗い側面を見ようとしたらきりがない,必ずどんなことにも明るいサイドがあるから,それを患者さんと一緒に見るようにすればいいんだ」「どの患者さんにも同じように誠意をもって接し,例外を作ってはいけない」ということを具体例に接した時に,さりげなく教えてくれました。
 実際に臨床現場では,経験を積んだ医師であっても判断が甘かったり,予期できなかった副作用が出たりすることもあり,それがもとで,トラブルに至る場合もあります。しかし日頃から,患者さんやご家族との十分な意思疎通を心がけ,基本的な人間関係ができていれば,大きな問題には繋がらないと思いますね。また,今までは医療者が専門的な情報を独占できたわけですが,これからはインターネットの普及などにより,どこからでも種々の情報を入手することができます。以前ほど「情報の非対称」(患者さん側には情報がなくて,医師側に情報が限定されている)はなくなりつつあります。しかし,医療に関して医師はプロフェッショナルですから,専門家としての情報提供方法というものがあるはずだと思います。このような情報化時代における「患者-医師関係」を作り上げていくことを,がんに限らずどの領域の医師も考えなくてはいけませんね。

点ではなく,線で

―――腫瘍内科医として,がんを抱える患者さんとどう向き合うべきでしょうか。
渡辺 インフォームドコンセントや,がん告知というのは「点」ではありません。一度説明して,それで終わりではないということです。ある患者さんに告知してから亡くなるまでの間,時間的にはずっと連続している,という意味で線のように関わっていくのです。告知した後は,治療を行ない,治療法をかえてみたり,次はどのようにいきましょうか,と一緒に進んでいくことになります。決して逃げの姿勢ではありませんが,「もういいだろう」ということはないのです。これは家族の方に対しても同様です。例えば,定期的な検査をして,どうも状態が悪化しているとします。その時に正直にお伝えすることになりますが,お話するのは患者さんだけなのか,家族の方も同伴されるのか,どうやって切り出せばよいのかなど,考えることはいろいろあります。また,患者さんがどのような状態でもある程度きちんと話そうとすると,精神的なストレスが大きいですが,これがわれわれの仕事ですね。

がんの診療における喜び

―――やりがいは何ですか。
渡辺 やはり,患者さんが喜んでくれる,安心してくれるのが一番うれしいです。われわれが提供できる抗がん剤やホルモン剤などの治療で,がんという病気が治る,という患者さんは1/4から1/3ぐらいでしょうか。治らないという状況であっても,症状が軽くなる,歩ける,食事がおいしく食べられる,治療をしなければ出席できなかったお子さんの幼稚園の卒園式や小学校の入学式に出席できた,などという場合もあり,患者さんが喜びはわれわれの喜びでもあります。
 よくテレビドラマなどで,余命何か月と宣告する場面があります。しかし,私たちのデータで精一杯,予測しようとしても,予後を正確に予測することはできません。患者さんには正しい情報を提供しなくてはいけないことは,再三申しましたが,わからないことをお話することはできません。とりあえず見えるところまで行こう,ヘッドライトで見える範囲は安全に行って,そこから先はと考えないで,またそこまで行って考えよう,ということですね。今,状態がよいことを患者さんとともに,素直に喜ぶということです。
 また,正しい情報を提供することにより,患者さんが明るくなるのもわれわれの喜びです。がんと告知され,患者さんは不安におののいていますし,家族の方も同じです。しかし,そこに適切な正しい情報を提供することで不安を取り去ることも喜びだと思います。もう1つは,臨床試験を行なうことで,将来の患者さんに対してよい治療を開発していくことも喜びですね。

がんの臨床試験

―――がんの臨床試験への取り組みが不十分という話を聞きますが,なぜでしょうか。
渡辺 私自身,大学の講義で臨床試験について,習った記憶は全くありませんし,研修医や医学生に聞いても同様です。多分,「不確実性の原則」ということを医学校で教えないため,医療は完成されたものであるような間違った認識を持っている医師が多いのでないかと思います。特にがん治療の領域はまだまだ未完成で,最善,最良の治療が何かは「だれもわからない」という状況があることを認識する必要があると思います。
 次に,エビデンスを尊重する姿勢が不十分でEBM(Evidence-Based Medicine)が実践されていないということです。EBMが浸透していれば,エビデンスを創出するための臨床試験の重要性も自然と理解できるのではないかと思います。さらに,臨床試験のメカニズムに関する教育も不十分ですね。臨床研究は基礎研究に比べれば,成果が出るのに何倍もの時間と労力がかかるのです。私のよく知る病院の院長は,「人間の価値は出身大学と論文の数で決まる」と言い放っています。このような方から見れば,臨床研究は手っ取り早く論文の数を増やすためには,適していないわけですね。
―――最後に,先生はなぜ腫瘍内科医の道を選ばれたのですか。
渡辺 大学を卒業して半年ほどたった研修医時代(北大・第1内科)に,私の指導者であった棟方充先生(現福島医大呼吸器内科教授)から「がんをやるか,がん以外をやるかを,ハッキリ分けて考えたほうがいいぞ」と言われたのがきっかけです。「今後,がん治療学は今までとは,まったく異なった学問になる」ということでした。そう言われて,漠然と考えていたのです。また当時,アミラーゼ産生肺がんやホルモン産生がんの患者さんを受け持つ機会を多く与えられ,がんは生きていて,生体のホメオスターシスを撹乱させるような物質を作るという現象に興味を持ったことも,理由の1つかもしれません。人はがんになっても生体の調節系が保たれている限り,死に至ることはないという極端な思い込みを持っていた時期もありました。そして,冷静にホルモンや増殖因子などの生理活性物質に関する治療学を勉強したいと思い,国立がんセンターのレジデントとして腫瘍内科医の道を選んだのです。
―――ありがとうございました。