医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


〔第3回〕高木兼寛「脚気病栄養説」(3)

2431号よりつづく

介在研究

 コホートやケース・コントロールは観察研究に属しますが,これに対して研究者が対象者に治療など何らかの制約を強いる場合を「介在研究」と呼びます。よって兼寛の行なった研究は介在研究に属します。
 兼寛は気候,風土病,航海期間,寄港地などを考慮し,戦艦龍驤と条件をなるべくそろえるために,同一航路に着目したものと思われますが,理想的には戦艦筑波の船員をランダムに2群に分け,片方には従来の食事,他方には高蛋白低炭水化物の食事を与えるべきだったのかもしれません。そして帰港した時点で脚気の状況を検討しましたが,診察する医師にはどちらの食事を摂ったか知らせないようにします(ランダム化盲検試験)。
 なぜなら医師が食事内容を知っていると,特に軽い脚気の診断に際して思い入れによるバイアスがかかる可能性があるからです。ランダム化により,不測の因子を含む食事以外の条件をほとんど同一にすることができるので,もし旧食事群と新食事群の間に有意差があれば,食事が少なくとも原因の1つであると言うことができます。「少なくとも」と言うのは,例えば脚気菌が結核のように栄養状態の悪い場合にのみ感染症として発病するとすれば,ランダム化盲検試験をもってしても脚気菌の存在を否定するわけにはいかないからです。
 現代においては,ランダム化二重盲検試験(編集室注:この場合には被験者にもどちらの食事なのかを知らせない)が実施可能であれば,これを用いるのがバイアスを除外するのに最適とされています。
 結局,兼寛はランダム化盲検試験の方式を採用せず,船員の食事をすべて変えました。兼寛は食事を変えることにより脚気が治ると確固たる自信を持っており,兼寛の任務は学問探求というよりは戦争を念頭に置いて早急に船員の健康状態を改善することであり,食事変更によるリスクは金銭的なもの以外はなく,また倫理的にも死亡率の高い脚気を発症し得る全員に対して食事療法を施さないわけにはいかなかったのだろうと想像します。
 現代において,比較治療の優劣がついている場合,ランダム化試験を行なうことは倫理的に許されません。すでに兼寛は10人に対して新しい食事と従来の食事を比較し,結果を得ているわけで,さらにランダム化試験を行なうのは問題となるかもしれません。臨床試験施行者がどちらかの治療に思い入れがあった場合のジレンマは,現代も同様です。また現代でもランダム化試験を行なう際は周囲との摩擦を生じることが多く,実際,兼寛の周囲は食事変更に命令として従いましたが,心の底ではよく思っていなかったようです。ですからランダム化試験を思いついても,ネガティブな意識の人々を巻き込んで実行できる状況ではなかったのだろうとも想像します。
 試験管振りの研究は,個人レベルで完結することもできますが,臨床試験を含む臨床研究は組織力が重要です。リーダーシップ,ネゴシエーションが大切になってきます。

コンファウンダーの存在

 しかし仮に,蛋白・炭水化物の比と脚気の発生率に非常に高い相関があったとしても,食事が原因で脚気が発生するとは言いきれません。
 例えば水夫など階級の低い者が低蛋白高炭水化物食を摂っており,脚気自体は食事よりむしろ階級が低いこと(社会的背景とそれに伴う生活レベル,習慣の差,仕事の違い)と関係しているのかもしれません(コンファウンダーの可能性)。水夫のほうが他の船員に比べて年齢が若く,労働量が多いとします。そして脚気が本当は若年者が極端な労働量を強いられた時に発生するとすると,脚気と食事が関係なかったとしても,あたかも食事内容によって脚気を発生しているように見えてしまいます。
 コンファウンダーとは,病気の原因に関連し,病気発生のもう1つのリスクファクターとなっている因子を指します(図)。
 このコンファウンダーの存在により,われわれは病気の原因を過大評価あるいは過小評価してしまいます。バイアスは研究者や参加者によって持ち込まれるものです。しかし,コンファウンダーは原因・結果にリンクする因子であって,バイアスとは異なります。コンファウンダーは,研究デザインの段階あるいは解析段階であれば,除外することができます。しかし,いったんバイアスを含有してしまったデータからバイアスを取り除くことはできません。ですから,バイアスの少ないデータを収集できるか否かが,臨床研究の質を決めるといっても過言ではありません。

脚気の原因は栄養であるとしてよいのか?

 前回紹介したように,海軍は1884年から脚気予防食に変更し,大きな改善をみているのがよくわかります。
 兼寛は,さらに船員がパンなどの食事を嫌って,予定通りの栄養を十分に摂取していないことに気づき,麦飯を用いることにしました。その際,船員に理由を話し理解を求めました。薬剤の臨床試験の際,きちんと薬を服用していなければ話になりません(コンプライアンス)。そして,コンプライアンスをよくすることにより,最終的には脚気の死亡はおろか,脚気の発生さえほとんどみなくなったのです。
 果たして以上の結果より脚気菌の存在を否定して,栄養の問題が脚気の原因であると言い切れるのでしょうか? 次回はこの臨床研究が脚気栄養説を唱えるに十分な根拠に基づいているのかどうか,検討してみたいと思います。