医学界新聞

 

印象記

第30回北米神経科学学会大会印象記

田村了以(富山医科薬科大学医学部2生理学)


はじめに

 昨(2000)年の第30回北米神経科学学会大会は,11月4-10日に,ニューオーリンズのメモリアルコンベンションセンターを主会場として開催された。本大会は,神経科学に関する学会の中で世界最大規模であり,今年も2万5千人を超える参加登録者があった。ニューオーリンズは,アメリカ南部ルイジアナ州に位置し,今でも19世紀の街並みの残る,フランスとスペイン,そしてアメリカといった異なる文化の混ざり合った町である。ディキシーランド・ジャズやクレオール料理の発祥地としても有名であるが,また,ミシシッピ川のデルタ地帯に位置するこの町は良港にも恵まれ,国際貿易も盛んなことで知られている。
 本大会の内容は,神経科学の全般にわたり,研究対象は分子・細胞レベルから個体・社会レベルに至る広範なものである。また,研究の種類も実験をベースとした実証科学的研究から,技術開発や教育に関する発表まである。したがって,これらすべての内容について触れることは到底不可能であり,また無意味なので,本稿では,(1)筆者個人の発表,(2)筆者の研究テーマに関連した情報の収集,および,(3)海外の若手研究者に対する印象の3点について述べさせていただく。

筆者個人の発表

 今回の参加は,私にとっては4年ぶりと,久々であった。ここしばらく参加しなかったのは,スケジュール的にこの時期の調整ができなかったこともあったが,それ以上に外国出張をしてまで発表したいと思えるようなデータがなかったためである。しかし昨(2000)年は,4月の段階である程度よい感触のデータが出ていたので参加することに決めた。また,ポスター作成時(学会出発前)は,実験結果に関してまだ詰めの甘いところもあったものの,まとまりとしてはまずまずで,内心は少し期待しながら発表に臨んだ。
 私自身の発表は,「Hippocampal Theta Oscillation in Freely Moving Monkeys」というタイトルで到着の翌日(5日)の午後に行なった。発表の要旨は,「ラットでは,歩行時など特定の行動をとっている時に海馬体脳波上でシータ波が優勢に出現することはよく知られているが,サルでは海馬体シータ波の出現に関して見解の一致を見ていない。これは,記録時のサルの状態(覚醒下か麻酔下か,拘束下か自由行動下かなど)の影響を考慮していないためである可能性がある(これまでのサルの研究では,麻酔下,または覚醒下でも拘束下でしか記録されていない)。そこで今回われわれは,サルが自由行動下で歩行している時,歩行していない時,チェアに拘束されている時などの海馬体脳波を記録し,シータ波の出現について比較・検討した。その結果,サルでも歩行している時には,歩行していない時や拘束されている時と比較してシータ波がより明瞭に観察された,という内容であった。
 発表時には多くの人に来ていただき,私の持ち時間は1-2時であったが5時を過ぎるまでひっきりなしに説明をする,といううれしい悲鳴をあげている状態であった。また,シータ波に関する研究の大家であるDr.Halgren,Dr.Buzsaki,Dr.Fox,Dr.Skaggsら,および彼らのラボの若いポストドクや学生たちとの討論からは得るものも多く,大変有意義な時間を過ごせたことを実感した。

関連研究の情報収集

 日本とアメリカとの間にはほぼ半日の時差があるが,筆者は時差ぼけに弱く,いつものことながら午後になると頭がボーとしてきて,関連研究に関する発表でも,その内容把握にかなり苦労した。それでも,事前に学会側から送られてきたアイテナリーのソフトで関連研究のリストを作成し,それらの抄録をかなり時間をかけて読んでおいたおかげで,講演およびポスター発表ともにある程度効率的に発表を理解することはできた。
 講演発表は予定していたものをほとんど聞くことはできたが,ポスター発表に関しては質問の順番を待っていたり,説明を詳細に読んでいたりするとあっという間に時間が過ぎてしまい,予定していた発表の半分ぐらいしか見聞きできなかった。今回も興味深い研究発表は数多くあったが,その中で印象の強かったものが2題あった。
 1つは日曜日の午前中にあったポスターセッションで,ニューヨーク州立大学のDr.Ludvicらの発表である。彼らは,筆者らと同様に自由行動下のサルを用いて単一ニューロン活動を記録し,サルの行動や薬物投与に対するニューロン応答を調べていた。彼らによると,ラット海馬体の場所細胞に相当するようなニューロンの存在はサル海馬体には確認できていない,とのことであった。これは筆者らがこれまで報告してきたデータとは食い違うのだが,自由行動下のサルでニューロン活動を記録し,かつ薬物を微小透析法を用いて投与するという試みは斬新で,しかも,ラットからヒトまでの知見を橋渡しする上で貴重な研究である。今後も彼らの研究には注目していきたいと思っている。
 もう1つは,8日午前中の「Learning and memory」のセッションでMIT(マサチューセッツ工科大)のDr.Louie(Dr.Wilsonのグループ)が発表していた研究で,ラット海馬体から多数のニューロン活動を同時記録し,覚醒時のニューロン発火の時間的パターンに非常に類似した活動パターンがREM睡眠時にも出現することを明快に示していた。これに加えて,この2つの状態で類似の発火パターンを示したニューロン集団の時間スケールを覚醒時とREM睡眠時で比較してみると,ニューロン間でほぼ一貫してREM睡眠中に延長するとの知見も明らかにしていたが,これは夢を見ている時の時間経過と実時間経過の差異に相当することを示唆しており興味深かった。

海外の若手研究者たち

 北米神経科学学会に参加していつも感心させられることの1つに,若いポストドクや大学院生の講演発表の方法や態度がある。彼らは,講演発表で原稿を読むようなことはしない。聴衆のほうを真直ぐに向き,自分の研究を短い発表時間の中で極力理解させるように,はっきりとした口調で,的を絞って口演する。質疑応答では,著名な研究者などから鋭い質問が発せられても臆することなく,理路整然と答えている。また,わからないことは,ごまかそうとはせずにわからないと言う。こうしたことから,彼らはプレゼンテーションのための訓練がよくされており,かなりの時間を発表練習に費やしていることがうかがえる。日本の若手研究者や学生の場合,たとえ国内の学会であっても何か自信がなさそうであったり,言いたいことがあっても遠慮して言わないでいるような素振りが多いように思われる。また,発表自体も形式的で聴衆者に理解させようという意図があまり見られないことが多いように思える。これは,日本と諸外国(特にアメリカ)との国民性や教育・研究システムの違いに起因していると考えられるが,現在の日本の科学界で取り組むべき課題の1つであろう。
 今大会では,日本人の高名な研究者や中堅どころの研究者をかなり見かけたが,若手研究者や学生にはあまり出会わなかった。旅費,研究スケジュール等の問題はあると思うが,日本の若手研究者や研究をめざす学生も,本大会のような諸外国の若手研究者が活発に参加している会に出席し,その発表を目の前にすることができれば,研究自体やその成果発表に対する認識がかなり変わってくるに違いない。今後,日本の若手研究者や研究をめざす学生が,このような会に目的意識を持って積極的に参加すること,また,参加できるように支援するシステムが充実されることを期待したい。

おわりに

 以上,第30回北米神経科学学会大会の印象をごく簡単に書き綴ってみたが,最初にも述べたようにこの学会の内容があまりにも広範にわたっているので,発表内容の紹介は筆者の個人的興味に関するものの一部に限らせていただいたことをご容赦願いたい。
 最後に,今回の国外で開催された本学会への参加に対し援助をしていただいた,伊藤正男先生をはじめとする金原一郎記念医学医療振興財団の方々に,この紙面を借りて心よりお礼申し上げます。