医学界新聞

 

[連載] 質的研究入門 第16回

consensus methodによる研究(1)


“Qualitative Research in Health Care”第6章より
:JEREMY JONES, DUNCAN HUNTER (c)BMJ Publishing Group 1996

大滝純司(北大医学部附属病院総合診療部):監訳,
瀬畠克之(北大医学研究科):訳
藤崎和彦(奈良医大衛生学):用語翻訳指導


 保健医療職をしていると,情報が十分ではないのに何らかの決定を下さなければならないこともあれば,互いに矛盾することの多い山のような情報に溺れそうになりながら決断を迫られることもある。適切な情報が得られなければ,メタ分析*1)のような統計学的手法を用いて,研究報告の矛盾を整理して総合的に分析することはできない。consensus methodは,情報を統合する手だての1つであり,統計学的手法とはまた違った,より幅広い情報を扱うことができる。手に入る情報が足りなかったり,あるいは情報自体が存在しない場合,consensus methodを用いることで,専門家の意見を基にした適切な判断が可能になる。
 この章では,医療や看護や保健の分野でよく使われている2種類のconsensus method,すなわち,デルファイ法とnominal group technique(expert panelとも呼ばれる)について,それらの概略や,それらがどのような場合に有用なのかを紹介し,また,著者が行なった実例を示しながら,それぞれの手法を用いた研究の実際の進め方についても紹介する。後半では方法論的な問題について述べるとともに,診療方針や保健医療サービスの運営方針などを判断するのにも,consensus methodが大変役立つことにも触れる。


consensus methodの定義

 メタ分析のような量的研究手法が発達したおかげで,臨床研究の結果を統計学的に幅広く検討できるようになり,また,研究結果の間の矛盾を統合できるようになった。consensus methodもまた,相矛盾する科学的データを取り扱う1つの方法である。consensus methodは通常,統計的レビューと比べてより幅広い,さまざまな形の研究を扱うことができ,また,事実を量的に評価するのにも使える(表1)。この方法は,本書の他章で紹介されている方法とは異なり,基本的には質的手法で量的な推測をする手法である。
 consensus methodのねらいは,ある論点について専門家やそれ以外の人たちがどの程度合意できるのかを明らかにすることにある。集団や委員会で何かを決めようとすると,特定の利害が絡んでいる人や根回しによって議論が左右されてしまうことがよくあるために,それを排除するのがこの方法の目的である。誰が何を発言したかがわかる形の会議では,参加者は,たとえそれが間違いであることが明らかになっても,それまでの通説や一般常識とされていたことを撤回しにくい場合が多いものである。
 「合意(agreement)」という言葉には2つの意味があり,区別をしなければならない。1つ目の意味は,検討中の問題について各回答者が同意できる程度(通常は数字やカテゴリーを使った段階で表す)であり,2つ目の意味は,回答者間の意見が,コンセンサスとされるものとどの程度一致しているか(通常は平均と分散などの統計的指標で表す)ということである。

どのような場合に適しているか

 consensus methodは,科学的根拠が不足していたり,相反する根拠が得られているために,誰もが納得できるような結論が出ていない事柄について検討するのに向いている。参加者の同意の程度を明らかにしようとしたり(コンセンサスの測定),対立する意見をすり合わせようとしたりする(コンセンサスの形成)のがconsensus methodである。具体的な方法としてはデルファイ法,nominal group technique,consensus development conferenceの3つがよく知られている。
 「コンセンサスの測定」はこれら3つすべてで,「コンセンサスの形成」は後二者で行なうことができる。consensus development conferenceは他の2つの方法とは違って膨大な手間がかかり,実際に行なうことのできる研究者は少ないので,この章では取りあげていない。ちなみにこの方法は,特別な(例えば,英国King's fundや米国NIHによる)計画に基づいて組織的に行なわれることが多く,その方法論についても詳細な検討がなされている。

具体的な方法

デルファイ法
 デルファイ法という名前は「Delphiの神託*2)」に由来しており,以下のように段階的に進められる。
●第1段階:ある事柄に関して,関係者を招いてその知識や経験に基づいた意見を出してもらう。あるいはデルファイ法を担当するグループがその事柄に関する見解を示した上でアンケートに協力してもらう専門家を選ぶ
●こうして得た意見を整理・統合して,アンケート用の項目や文章にまとめる
●第2段階:参加者にアンケートを配布し,各項目の内容について同意の程度を点数で示してもらう
●この同意を点数化したものを集計し,それを参考にしてアンケートを作り直す
●第3段階:作り直したアンケートを参加者に配布し,再度,各項目の内容について同意の程度を点数で示してもらう。ここでは前回のアンケートでのグループ全体の回答結果も示し,参加者はそれを参考にして自分の点数を変えることができる
●点数を集計し,全体の合意の程度を検討する。ある程度のコンセンサスが得られた時点でこの作業を終了し,参加者に最終結果をフィードバックする。もしコンセンサスが得られなければ,第3段階を繰り返す
 筆者(Jeremy Jones,以下JJ)が行なったあるデルファイ法による調査の過程を図1に示す。各項目の内容について同意する程度を点数で示す他に,自分の意見についてどの程度の自信や確信を持っているかについても点数化してもらうことが多い。
 デルファイ法は,保健医療に関する技術評価(technology assessment),教育,運営戦略,情報などの各研究分野で,そして看護や臨床医学の実践の中で広く利用されるようになってきている。アンケートを郵送したり,インターネットを利用したりするので,地理的な制限をほとんど受けずに,少ない費用で多くの専門家を集めることができる上に,状況によっては参加者が一堂に会してそれまでの過程について議論したり,アンケートの中の曖昧な言葉や不正確な言葉を修正したりもできる。

nominal group technique
 nominal group techniqueでは,検討課題に関する専門家(通常9-12人)を召集し,厳格な手順に基づいた会議を開いて検討作業を行なう。この作業は2段階から成り,まず一連の検討項目について参加者(専門家)たちが点数をつけてから議論し,その後で再度点数をつける。この方法は米国で1960年代に発達し,社会サービスや教育,行政,産業などの分野で利用されてきた。保健や医療の分野では,さまざまな診療行為が適切かどうかを評価するのに用いられることが多かったが,教育,業務の改善,臨床試験方法の選択などにも利用されてきた。
 nominal groupのファシリテーター(facilitator;進行係)は,検討内容に関する専門家が担当することもあれば,専門家以外が担当することもあるが,ファシリテーターの人選は重要である。作業は以下の手順で進める。
●参加者は,数分間で,その検討課題についての自分の考えを紙に書き出す
●それぞれの参加者はファシリテーターにその紙を渡し,ファシリテーターはそれらの紙を1枚の紙の上に並べる
●似かよった要素同士でまとまりを作っていく。その際に,話し合いながら個々の要素について明確化したり分析したりする
●いくつかの項目にまとめたものに参加者各自で点数をつける(第1段階)
●点数の分布を表にして参加者にフィードバックする
●点数の分布について議論し,再度,各自で点数をつける(第2段階)
●最終的な点数の分布をもう1度表にして参加者にフィードバックする
 筆者(Duncan Hunter,以下DH)がnominal groupを一部改変した方法で行なった研究の例を図2に示した。
 この方法では,参加者を集めてから一気に作業をしてしまうことも,事前に文書を郵送し,その後に会合を開いて議論して,それから点数をつけ直すこともできる。課題に関する文献の詳細なレビューとnominal groupを併行して行なうこともある。
 合意形成を進めると同時に,nominal groupについて非参与観察を行なって質的データを集めることもある。このよう設定はフォーカスグループ(本紙2421,2423,2424号掲載,連載13-15回,第5章参照)と部分的に似ているが,nominal group techniqueは何らかの結論に至ることをめざす(例えば,ある外科的診療行為の適応が適切かどうかを評価する基準を作る)ものであり,フォーカスグループのように,多様な考え方を引き出したり,その集団の中に生じる現象を質的に分析したりすることは重視されていない。

〔訳者注〕
*1)メタ分析:

meta-analysisの日本語訳。臨床疫学で用いられる手法で,ある条件に適合する複数の研究のデータを統合・合成して解析すること
*2)Delphiの神託: ギリシアのDelphiという町のアポロン神殿の神託。難解だが最も信頼されるという


表1 consensus methodの特徴
●匿名性:デルファイ法では質問紙を,nominal groupでは個人別に記入する点数票を使うことにより,他の参加者の意見に巻きこまれることを避ける
●反復性:作業を反復して行なう中で,参加者が意見を変えることができる
●フィードバック:グループ内の回答の分布を参加者にフィードバックする(デルファイ法では毎回,各個人に自分の回答の位置を呈示する)
●グループの回答を統計処理:合意された事項を示すだけでなく,グループ全体の回答状況についても統計学的な指標をつけて提示する






●お知らせならびにお詫び
 本連載は,「Qualitative Reserch in Health Care」(Catherine Pope,Nicholas Mays編集,BMJ Publishing Group発行,1996)を翻訳しているものです。
 なお,掲載につきましては不定期となり,翻訳者ならびに読者の方々にご迷惑をおかけしておりますこと,お詫び申し上げます。
「週刊医学界新聞」編集室