医学界新聞

 

新連載 これから始めるアメリカ臨床留学

第1回 最初のステップとは何か?

齋藤昭彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校小児感染症科クリニカルフェロー)


 米国で臨床留学をしてみたいのだが,まず何から手をつけたらよいのか。そのような相談をこの数年受けることが多くなった。日本の医学生,若い医師が米国での臨床留学に興味を示し,それを志す意気込みはすばらしいことであり,心から大きな声援を贈りたい。確かに米国で臨床留学をするということは,相当のエネルギーを必要とする。米国の医師国家試験に合格し,そして英語でコミュニケーションをとりながら医師として働くわけであるから,まったくの別世界へ飛び込むといっても言い過ぎではない。しかし,それでも私が応援したい理由は,それに見合った得るものが必ずあると100%言い切れるからである。
 今回,少しでも多くの日本の医学生,医師が価値ある米国の臨床留学,特に研修医制度(residency:レジデンシー)を体験してもらいたいと思い,筆をとることにした。私の経験をもとに,1日本人医師がどのような過程を踏んで米国で研修医(resident:レジデント)として働き,認定医をとるまでに至った過程を説明していき,この記事を読むことが皆さんの将来への何かのきっかけとなれば,幸いである。

齋藤昭彦氏
1991年新潟大医学部卒,聖路加国際病院で小児科臨床研修。95年Harbor UCLA Medical Centerアレルギー臨床免疫科研究員。97年南カルフォルニア大学小児科レジデント。2000年5月より現職


 米国で臨床トレーニングを始めるための最初のステップはなにか。それは,がむしゃらに勉強することでもなく,英語を流暢に話せるようになることでもなく,まずは米国で臨床研修をしてみたいという夢を持つことである。それは決して具体的な必要はなく,漠然としたもので大いに結構である。人間は,夢があって初めてそれを実現しようと努力し,その夢が大きければ大きいほど,実現のためにより努力をする。夢がないとその過程はただ苦しいものとなり,決して長続きはしない。大きな夢があれば,どのような困難もその実現のために乗り越えていけるであろう。
 私の場合を振り返ってみると,学生時代に漠然とした,ただ米国に行って研究,あわよくば臨床をしてみたいという夢があった。これは学生時代にニューヨークにいる親戚の家を訪ねたことがきっかけで,日本国外で生活して,英語を流暢に話せる医師になってみたいという単純な動機であった。ただその当時,唯一行動したことと言えば,大学の本屋に売っていた米国医師国家試験用の分厚い参考書を2冊買って,初めて英語のテキストを買って賢くなった気分になったことと,科学を語る上で,英語が非常に簡潔でわかりやすい言語であることを認識したぐらいであろうか。
 学生時代はそれで終わってしまったが,その夢を持ち続け,そして研修医時代に米国で臨床研修を受けた多くの先生方に感化され,その実現のため勉強を始めたのが,今の自分の第一歩であった。自分自身の経験を振り返ると確かに苦労もあったが,その時はその夢を実現するために精一杯で,苦しいと感じることはなかった。夢は持ち続けること,それを現実にするのはすべて自分の手にかかっているのである。

米国で臨床研修をするためには

 今まで相談を受けた学生,若い医師からの主な質問は,以下の2点に集約できる。1つは,「どうすれば米国で臨床留学できるのか」ということ,もう1つは,「日本語を母国語とした日本人が,米国のレジデンシーを実際に行なうことができるのか」,ということである。

“まずは相手を知ることから”
 米国で臨床医として働くためには,ECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates)Certificateという免許を取得することが必要で,これには以下の4つの試験に合格する必要がある。
(1)USMLE(United States Medical Licensing Examination)Step 1(基礎医学)
(2)USMLE Step 2(臨床医学)
(3)TOEFL(213点以上)
(4)CSA(Clinical Skills Assessment Test)(面接による実技試験)
 USMLE Step1,2はマルチプルチョイス形式の試験で,それほど高度な内容を聞いているわけではないが,なにしろ範囲が広く,十分な準備期間が必要である。また,Step1には日本にはない科目,行動科学(behavior science)があり,Step2では精神科(psychiatry)が日本とは異なる疾病分類で教えられているため,日本の医学教育でカバーされない分野からの出題がある。
 幸いなことに,以前に比べ多くの内容豊富なUSMLE用の参考書,問題集が出版され,また,インターネットの普及により,日本国内でも十分の情報が得られることと思う。また,TOEFLはご存じの通り,英語の試験であるが,多くの参考資料があり,受験英語に慣れ親しんできた皆さんであればヒヤリングを除き,比較的準備は簡単である。CSAは1998年夏から始まった新しいテストで,模擬患者を10人与えられ,問診,診察,診断,そしてチャートへの記載を行なう実践的な試験である。受験者の9割以上が合格している模様で,それなりの準備があれば,恐れる必要はないようである。

“思い立ったら始めてみる”
 それでは,一体どのくらいの準備時間が必要なのであろうか。はっきりとした数字は言えないが,答えは勉強を始める時期によるであろう。私の場合,学生時代にその志はあったものの,具体的な準備をするには至らず,結局研修医時代に本格的な勉強を始めた。ご存じのとおり,日本での研修医の生活は過酷であり,そのような中で試験勉強をするのは効率も上がらず,どうにもできないジレンマに陥った。特に基礎医学は学生時代に勉強したことを総復習しなくてはならず,その時幾度となく思ったことは,「学生時代に勉強していれば」との後悔である。試験の準備をするのは早ければ早いほどよいであろうし,思い立った今でも遅くはなく,とにかく始めてみることである。

レジデントとして働くということ

 それでは,仮に試験に合格したとして,米国でレジデントとしてやっていけるのであろうか。これは,私がレジデントを始める前に最も不安なことであった。答えは,英語のコミュニケーション能力によるところが大きい。日本で生まれ,日本で育ったほとんどの日本人医学生,医師は,日常の生活の中で英語で会話を必要とされるような状況におかれることは皆無に等しい。私も,もちろんその例外ではなかった。残念ながら,日本の英語教育は読む,書くことに重点を置くものの,話す,聞くというコミュニケーション能力を育てることに力をおいていない。いくら日本で英語の成績がいいといっても,実際にこちらの臨床の現場で即座にコミュニケーションがとれるかというと,無理である。それには,やはり日常から英語に接する機会を多く作ることが重要である。
 一方,誰もが最初から英語で完璧にコミュニケーションをとれるわけではなく,自らをそうさせる環境に置くことが重要である。そういう意味で,レジデントとして働く環境は,英語のコミュニケーション能力を育てるには最高の条件がそろっている。なぜなら病院では,英語しか使えない環境にあるからである。英語そのものを勉強するのではなく,医療を行ないながら英語の会話能力を習得できる,まさに一石二鳥である。これは,米国で臨床研修を行なうことで得られるかけがえのないものの1つであり,自分の体験でも,研修医期間に自分の英語コミュニケーション能力が飛躍的に改善したと感じる。ただし,未だ英語は日々勉強であるが……。
 身体的にはどうであろうか。“Resident”とは,朝早くから夜遅くまで病院で働き,当直の日は病院に泊り,その言葉通り,病院の“住民”ということである。私は,多忙を極めることで有名なロサンゼルスの病院で研修を行なったが,それでも研修医は週1日必ず休みをとることを約束されているし,1年に1か月もの休暇がある。当直は4日に1回,当直明けは皆が配慮してくれ,通常よりも早い時間に病院を離れることができた。常に気分をリフレッシュして次の当直に備えるという雰囲気がスタッフの間に広まっていた。また,当直のない月も年に4-5か月あることも付記しておきたい。

恐れる必要はない

 まとめると,英語力が心配でも,意思疎通が問題なくできる程度の英語力があれば,米国でレジデンシーを始めることは十分可能である。また,その能力はレジデントとして働くうちに飛躍的に改善すること間違いない。さらに,身体的にも研修医の身分は十分保護されており,決して恐れることはないということである。
 次回以降は,米国のレジデンシーを行なうことで得られる具体的なメリットと,実際の各試験対策,そして試験に合格してからの具体的計画を述べていきたいと思う。
※各試験の具体的な情報はhttp://www.usmle.orgで入手可能