医学界新聞

 

米国での臨床実習経験から
日本の医学教育のあり方を考える(前編)

長谷川 真(東海大学医学部5年) E-mail:60mm1432@is.icc.u-tokai.ac.jp


 私は,東海大学医学部の交換留学制度で,米国ノースカロライナ州ウェイク・フォレスト大学医学部バプティストメディカルセンターで6か月間の臨床実習を受ける機会に恵まれました。米国医学教育の素晴らしさに圧倒され,その中でも特に印象的なことについてご紹介したいと思います。


「Makoto,標本を一緒に見るかい?」

 わずか数分前に感染症科をローテーションすることを自己紹介したばかりのアテンディング(指導医),Dr.Pegramにいきなり声をかけられた。白髪のアテンディングの迫力に圧倒されながら,顕微鏡が置いてある部屋に入り一緒に標本を覗いてみる。Candidaである。Dr.Pegramは,その様子をメモ用紙にわざわざスケッチをして,丁寧に解説を加えてくれた。
 標本は,HIVの患者の頬粘膜をスクラッチしたものだった。その後,患者を診察し現在の状況を解説してくれた。HIVの患者を診察するにあたり,どのような点に注意すべきなのか,身体所見上どのような所見が認められることが多いのか説明してくれた。そして最後に顕微鏡での所見を加えてくれるので,病理学にも一層の興味が湧いてきた。このような一連の作業の中で,疾患について勉強できることはとてもすばらしい。これこそが本当の教育だと感じた。

医学教育と診療が調和されている医療

 2000年3月から,6か月にわたる交換留学生活が始まり,まず感染症科を2週間回ることになった。午前中は,外来(Clinic)での実習である。患者のほとんどはHIVで,定期的なフォローアップが来院の主な目的である。診察を担当するスタッフは,感染症科のフェロー,レジデント(2-3人),医学部4年生(最終学年)である。まず彼らが,最初に患者を診察し,カルテにSubjectiveとObjectiveを記載し,アテンディングにformal presentationをする(history, physical, medications, allergies, assessment, planなど)。アテンディングはスタッフに質問をしたり,適宜助言をする。その時間は,アテンディングが情報を把握するためでもあり,スタッフにとっても症例を通して多くのことを学ぶ場でもある。
 その情報をもとに,アテンディングは,患者を問診し身体所見をとる。つまり,患者は2度,同じ質問を受け,全身を診察されるわけであるが,不満を漏らすことはない。患者も何度も診察されるものと認識しているようだ。アテンディングは,患者に現在の病態と治療方針を丁寧に説明し,カルテにAssessmentとPlanを記入し,最後にサインを書いて終わる。スタッフは,一連の作業が終了するまでアテンディングと行動を共にするので,正確な対処の仕方を学ぶことができる。
 薬剤の変更が必要な場合は,薬剤師が,生活環境に改善すべき点があればソーシャル・ワーカーが患者に話をする。文字通りチーム医療であり,皆,それぞれの役割を受け持つ対等のパートナーである。医師が頂点である構図は見受けられない。1人の患者に30-40分程度費やすのが普通で,場合によっては1時間近くになることもある。待たされた患者が,不平を漏らすこともなかった。
 通常,正午前後に外来は終了し,フェローと学生は受け持ちの患者と,新たにconsultのあった患者を診察し,それを専用の用紙にカルテの要領で記載する。
 13時30分から,カンファレンスが始まり,最初にフェロー,レジデント,インターン,学生がそれぞれ受け持ちの患者のbrief presentationを行なう。次に,consultのあった患者のformal presentationを行なう。ここでもディスカッションが繰り広げられる。抗生剤に変更が必要な時は,薬剤師が適宜指摘する。依頼のあった患者すべてのformal presentationが終わると病棟に出て回診となる。
 回診では,アテンディング自ら診察を行なう。必要に応じて髪の毛1本1本丁寧に掻き分けて診察する。その様子は,殺人現場から犯人の残した僅かな証拠を見つけ出す鑑識官そのものである。躊躇したくなるほど不潔そうな患者でも,靴下まで脱がせて徹底的に身体所見をとる。
 Dr.Pegramは,自ら行なっている手技1つひとつに説明を加えてくれるので,この症例で診察すべきポイントは何かが明確にわかる。そして,特筆すべき所見が認められる時は,解説をしてくれる。「この患者から何が教えられるか,学ぶべきポイントは何か」ということを絶えず意識し,伝えようとしている印象を受ける。実際に,prosthetic knee infectionの患者で,入念に膝を診察した時,“異常所見がありますか?”と質問すると,私の手をとって診察の仕方を教えてくれた。“ballottement”というテクニックだそうだ。Dr.Pegramの回診を見ているだけで,感染症患者の診察の仕方がわかるような気がした。

“学生は教員を映す”

 Dr.Pegramはベッドサイドティーチング・アウォードを何度も受賞したことのあるドクターで,多くの学生が彼とローテーションすることを希望している。彼は,診察する上で基本的なこと,基礎的なことについてはまず自ら説明する。彼のスタッフを教育する姿を見ていると,心の底から「教えたい」,という熱意が伝わってくる。教える責任があるとか,感染症の治療の仕方を覚えてもらわないと困るとか,他のスタッフからよい評価を得たい,という感じは微塵も感じない。
 一度,Dr.Pegramに,なぜ医学教育にそれほどまでの情熱を持っているのか質問したところ,“Fun!”という回答をいただいた。教えるドクター本人が楽しいので,私たちは1人の患者から実に多くの知識を得ることができ,一緒に回診していても楽しい。白衣のボタンをしめ,爪を短く切り,患者を診察する前に手を洗い,診察した後にまた手を洗う。自ら医師としての基本を示すことから教育が始まっていると感じる。学生は,医師の姿を見て育つ。「学生は教員を映す」のではないではないだろうか……。
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