医学界新聞

 

インタビュー 帝京大学市原病院麻酔科医局に聞く

米国臨床留学への準備

-CSA対策はここがポイント-


 1998年より外国医学部卒業生が米国で臨床研修を受けるための資格試験に,模擬患者形式による臨床実技試験(CSA;Clinical Skills Assessment)が導入された。米国臨床留学へのステップが一段高くなった形だが,留学希望者は今後どのような準備を行なったらよいのだろうか?
 臨床留学を積極的に推奨する帝京大学医学部附属市原病院の麻酔科医局を訪ね,森田茂穂教授,中田善規助教授,そして昨年CSAに合格し,米国への臨床留学を待つ研修医,結城公一,加藤良太朗の両氏に話をうかがった。

森田茂穂氏(帝京大教授)
「多様性が財産」が持論。毎年,多くのスタッフや研修医を臨床留学させ,幅広い経験をさせる
中田善規氏(帝京大助教授)
マサチューセッツ総合病院で3年間の臨床研修を修了後,エール大学ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得し,一昨年は帝京大学経済学部で助教授を兼任するなど,異色の麻酔科医
結城公一氏(研修医2年目)
昨年CSAに合格。本年1月よりハワイ大学で外科インターン。その後,マサチューセッツ総合病院麻酔科で臨床研修の予定
加藤良太朗氏(研修医2年目)
昨年CSAに合格。本年7月より米国ワシントン大学にて内科インターン,その後同大内科レジデントとして臨床研修の予定


CSA導入で何が変わったのか?

――米国臨床留学の要件としてCSA合格が加わったことで何が変わったのですか?
中田 従来は,USMLEのStep1,2さえ合格すれば,臨床留学のための最低条件はクリアできていました。つまり,筆記試験の勉強時間さえ取れれば,個人の勉強でなんとか合格できたのですが,CSA導入により,臨床技能の習熟度が問われるようになったため,個人での勉強には限界が生じてきたと思います。
――具体的には?
結城 CSAは,米国の医療スタイルでの実技試験ですので,米国の医療施設で一定期間訓練を受けるか,それに準ずるような経験を持っていないと,パスするのは難しいと思います。
 自分が幸運だったのは,この医局には米国に臨床留学をしていた先生が多数おり,また海外から留学生も来るような環境にいたということです。このため,朝のカンファレンスや,日々のディスカッションは英語で行なわれることもしばしばで,「医療を英語で行なう」という訓練が国内で可能でした。また,留学経験者が多いと診療もかなり米国式になるので,夏にエクスターンシップで米国の研修病院へ出かけた際にも,違和感なく研修できました。

有効なエクスターンへの参加

――米国の研修病院が提供するエクスターンプログラムに参加することは臨床留学への準備として有効なのですか?
加藤 CSAは,実際に米国人を相手に診察を行なわせる試験ですから,受験前に実際に米国へ行き,本当の患者さんを診察する経験をしておくと,非常に有利になると思います。
 CSAは病棟で初めて患者さんを診る時に,失礼がなく適切に診察が行なえるか,ということをみる試験ですから,患者さん相手に適切に診察できれば,まず問題はありません。
 米国では,いくつもの病院でエクスターン・プログラムというものを持っていますから,留学希望者はぜひ,参加してみることをお勧めします。私は,森田教授の紹介でエモリー大学で2週間エクスターンを受けました。CSAは問診の試験ですから,外来で患者さんを診させてもらい,カルテを書いたり,診察をしたりし,よい訓練になりました。また,それだけでは飽きてしまいますから,午後は手術室へ行って麻酔をみせてもらったりしていました。かなり自分の希望を尊重してくれて,柔軟にプログラムを組んでいただきました。
中田 当地で用意されているエクスターンのプログラムというのは,必ずしもCSA対策として適当ではない場合もあります。CSA対策に合ったものに,こちらから注文してアレンジしてもらったほうがベターです。もっともこれはできる場合とできない場合がありますので,紹介者がいて融通してもらえるほうがよいですね。
結城 とにかくCSAに通らなければ臨床留学はできないのですから,少々ずうずうしいとは思ってもお願いしてみたほうがよいです。
――エクスターン自体は誰でも申し込めるのですか。
中田 ええ,必要な費用さえ払えば大丈夫です。ただし,加藤,結城の場合は森田教授の紹介で無料にしていただきました(笑)。また,施設によってはUSMLEのStep1,2をパスしていることを条件にしている施設もありますから注意が必要です。
加藤 海外からのエクスターンには,オフィシャルな形で応募すると,Step1や2を取得していることが求められたり,さまざまな書類を要求されたり,厳しい条件を課されることもあります。ですから,エクスターンを希望する施設に友人がいるような知り合いの先生などに頼んで,紹介つきで行ったほうが,いろいろな意味で便宜をはかってもらえますし,費用が免除になることもあります。
 2週間,現地でエクスターンを経験するだけで,試験対策としてはかなり有効だと思います。CSAという実技試験は初診外来を想定したものですが,例えば患者さんに対してしっかり挨拶できるか,失礼がないように接することができるか,という基本的なことが重視されます。しかし,挨拶1つとっても日本は「おじぎ」ですが,米国は「握手」であり,そこには文化の違いがあります。日本にいては勝手もわからず,訓練も難しいと思うのですが,エクスターンに行き,毎日外来に出ていれば,自然とそれは身につくことです。非常に効果があります。
結城 日本と米国では臨床のスタイルが違いますから,それに慣れるという意味でもエクスターンは有効です。

貪欲に米国での臨床経験を重ねる

――エクスターンプログラムによっては,外来診療はやらせてもらえないのではないですか?
結城 一般的なプログラムだと,外来診療はほとんどやらせてもらえない場合もあります。しかし,外来診療をやらせてもらうことが,CSA対策としてももっとも教育効果が高いと思いますから,なるべくそれを多くできるように交渉したほうがよいと思います。
――いきなり,米国で外来に出るのは,勇気のいることだと思いますが?
結城 私たちの医局には,たくさんの臨床留学経験者がおり,また,留学をめざしている仲間も多いので,日常的に米国式の診療,研修スタイルをとっています。そのせいか,やってみると意外にできてしまうものなのだということがわかりました。
加藤 留学から帰られた先生方は,米国流の診察の仕方が身についているので,みているだけで非常に勉強になります。問診の順序や内容などは,日本語で行なわれているだけで米国と一緒ですから。
中田 エクスターンには付随的な効用があります。ある意味でエクスターンはジョブインタビューを兼ねている場合がある。病院側は「この人はインターンとして採用しても大丈夫かどうか」をみることができるし,受ける側としてもどのような病院なのか,その実際を知ることができます。CSA対策に留まらず,非常に意義深いので,ぜひエクスターンには行ったほうがよいです。
結城 私の場合には,実際にハワイ大学でエクスターンに参加し,それをきっかけにしてそこでインターンをすることになりました。
森田 できれば,CSAの受験日程が決まり次第,それにあわせてエクスターンに申し込めばよいでしょう。
――CSAの直前にエクスターンを経験するということですね。
森田 そうです。米国流の診療に慣れてから受験できる上に,「時差ぼけ」の心配もなくなります。問題はやはり,それだけの休暇が取れるかどうかですね。私たちの医局では,留学を積極的に推奨しているため,問題はないですが,多くの病院医局では難しいかもしれません。

臨床留学に有利な環境を選ぶ

――一般的に研修医の生活は大変です。1年目などは睡眠時間も削らなくてはならない施設もあると聞いていますが,そんな中で留学準備を進める時間はあるのでしょうか?
中田 指導者の考え次第でしょうね。
結城 確かに,CSAを受験するだけでも日米を往復することになり,最低1週間の休暇を取得する必要があります。あらかじめ,留学志向が強い場合には,留学のために必要な準備が可能な環境を持つ研修施設を選んだほうがよいと思います。
中田 私たちの医局でも,マンパワーがとられるという意味では打撃ですが,「若い人の希望を叶える」という大義名分がありますから,留学に必要な準備には,休暇を与えています。
――臨床留学の準備はいつごろから始めたらよいのでしょうか?
結城 もちろん,早ければ早いほうがよいと思います。特にペーパーテストは学生の間に済ましておいたほうが楽ではあります。私の場合,Step2を学生時代にとっておきました。Step1は研修医になってからです。
加藤 私の場合には,逆に学生時代にStep1を受け,研修医になってからStep2を受けました。
――USMLEでは試験に合格するだけではなく,高得点をマークすることが,レジデントとして採用されるための条件になると聞いていますが?
結城 オフィシャルな形で行こうとすると点数が重要になります。外国人の場合にはレジデント採用の「足きり」が84点と言われています。しかし,それはあくまでオフィシャルな形でレジデンシーに応募した場合のことであって,研修病院にコネクションがあれば問題はありません。
――例えば,コネのある医局に限って言えば,点数は悪くても合格すれば,臨床留学できるということですか?
森田 そういうことです。高得点をマークするのはなかなか難しいことです。それにこれは私の考えですが,ペーパー試験ができる人間が,医師として優れているわけではありません。いくら臨床留学をしたいからといって,学生時代からそのために机にしがみついて勉強ばかりするのは,よいことではありません。なるべく,楽して行けばよいのです。向こうへ行ってからしっかり学べばよいのですから。
中田 留学のための試験勉強だけで燃え尽きてしまってもいけません。「臨床留学」を行ない,そこで学ぶことが大切なのですから,「試験」はあくまでも「通過儀礼」にすぎません。だから,できるだけ楽して行くべきです。そして,肝心のレジデンシーに自分の力のすべてを注ぎ込めばよいと思います。まずは,行くことが大切なのです。
――米国ではコンピュータマッチングで研修施設が決まると聞いていますが?
結城 これもあくまでもオフィシャルな場合です。通常,それ以外にも枠があり,コネクションを利用して各施設に研修医として採用してもらうことは可能です。実際,医師養成抑制政策の中で,外国人研修医の数は削減される傾向にあり,オフィシャルな形で臨床留学するのはきわめて難しいのが現状です。米国人と対等に評価され採用されるには,相当な実力を備えていないと無理です。
 だから,大学卒業時点で留学志向が明確な人は,米国での研修施設にチャンネルを持つような日本の施設で研修を行なったほうがよいのです。それであれば,とにかくUSMLEのStep1,2とCSAさえ通れば臨床留学への道が開ける可能性があります。

選択の幅を狭めるな

森田 人によりますが,米国で臨床留学をしたいという希望は持っていても,どうしても語学力がついてこない人がいます。しかし,そんな研修医にも私はあきらめるなと言っています。例えば,アイルランドやオーストラリアのような他の英語圏の国へ臨床留学として1年行かせる,すると格段によくなります。やはり,1日中とにかく英語を話さなければ生きていけないような状況に人間を置けば,必ず話せるようになります。言葉の壁を取り払った上で,CSAを受ければ,まず問題はありません。他の医局ではこんなことは非効率的だと言ってやらないでしょうが,国際的な人材を育てるにはこれが一番効率的なのです。日本の多くの医局はここまでやらせる余裕がないのだと思います。それが残念なことに意欲ある若者の芽を摘んでしまっている側面もあります。
中田 いままでお話したように,私たちの医局では,キャリア形成のために多様な選択肢を用意しています。医局を利用して,自分の進路選択に役立ててほしいというのが私たちの願いです。そのため,臨床研修先も麻酔科に限定しているわけではありません。CSAをパスすることや臨床留学も,それ自体が目的ではありません。それを通して自分の将来の希望を実現してもらうことが大事だと思っています。
森田 日本の医療界では,キャリア形成のあり方があまりに硬直的になりすぎています。しかし,多様な人材こそ,医療の質の向上には必要なのです。若い人たちには,できるだけ多くの経験を若いうちにしていただき,決して自分たちの選択肢の幅を狭めないでほしいと思っています。
――ありがとうございました。

 帝京大学市原病院麻酔科医局のホームページアドレスは以下の通り
URL=http://www.med.teikyo-u.ac.jp/~anestuih/
 また,CSAの具体的な内容については弊紙2400号に掲載した「臨床研修に必要な技能水準とは?-CSAで求められるもの」(田中まゆみ)に詳しい。