医学界新聞

 

Vol.16 No.3 for Students & Residents

医学生・研修医版 2001. Mar


 

さあ,他流試合へ出かけよう!!

黒川清氏(東海大学医学部長)医学生・研修医に語る

 日本の医療や医学教育に疑問を感じている医学生や研修医は少なくない。しかし,その疑問は漠然としたままで,「私たちはどうしたらよいのか」という難問の答えを見出すのはなかなか難しい。
 本号では,医療界のリーダーであり,優れた教育者として知られる黒川清氏に,医学生・研修医が抱く素朴な疑問に答えていただくとともに,氏の持論である「混ざり,他流試合をすること」の大切さについて語っていただいた(9,11面)。
 また,10-14面には米国での臨床実習や臨床研修などの「他流試合」に出かけようとする若者たちのために,米国留学情報や臨床実習体験記などを掲載した。


【Q1】なぜ,日本の医療や医学教育に変革が求められるようになったのですか?


黒川 交通手段の発達は海外との交流を容易にし,年間に1600万人が海外へ出かけ,500-600万人の外国人が来日しています。さらに情報網の国際化で海外での出来事をリアルタイムで知ることができるようになりました。このような時代にあっては,「医療」もグローバルスタンダードの視点から見直されるのは当然です。例えば,テレビドラマの「ER」などを見れば,それだけで日本と米国で救急医療や教育の水準がかなり違うということがはっきりわかるし,インターネットなどを用いれば,治療法などのグローバルスタンダードを一般市民が自ら知ることも可能です。
 加えて,情報公開,個人の権利意識の向上などの社会の趨勢から,医師-患者関係も変化してきています。つまり,「日本医療の現状では困る。医学教育をもっとしっかりしてください」と社会が要求しているのです。


【Q2】医療への社会の要求の高まりは感じます。なぜ日本の医療界は十分な改革に取り組めないのですか?


黒川 そういう意味では,社会の中にフラストレーションがたまっています。「医師の教育,質の管理はどうなっているんだ?」と厳しい問いが突きつけられ,変わらなくてはいけないのに変われていないのが現状です。これは日本固有の文化や歴史に縛られていることが原因になっています。
 日本人の精神構造は徳川時代にできあがっているのですが,世界が広がった17世紀からのこの約260年にも及ぶ時代に「外」に出られない「縦のムラ社会」ができあがってしまいました。さらに,明治維新に始まる日本の高等教育では,「お上」の言うことを聞いて,しかも国の政策に合うような人材を養成できる教育をめざし,ドイツ式の教育システムを導入しました。そのやり方が明治時代から今日に至るまで続いているのです。その特徴は,教授が強大な権限を持つ縦型の階層的なシステム(講座制)にあり,そしてリサーチオリエンテッドです。不思議なことに,研究が第一で,次が診療,教育となっており,さらに,明治時代からいまに至るまで大学のヒエラルキーも決まっていて,東大が一番だとみんな思っています。
 そんなドイツ式のシステムは明治維新以降,日本が急速に発展するために実にうまく機能しました。しかし,先進国の仲間入りをし,G7の一角を占めるようになったこの時代においては,すでに完全な制度疲労を起こしていて,さまざまな悪弊を産み出しています。ところが,その内側にいる日本人の頭の中は,あいも変わらず,明治以来の講座制と日本特有のムラ社会に規定されたままで「変わらなければならないのに変われない」というジレンマを生み出しているのです。日本社会すべてに共通する問題です。
 自分や家族が病気になった時に,誰に診てもらいたいですか? 本当はそれが一番大切なはずです。しかし,そのような医師を養成するように医学部が自己変革できていません。


【Q3】どうすれば日本の医療を変えられるのでしょうか?


黒川 医療者がもっと「他流試合」をすることが必要です。医局に代表されるムラの中で安住している以上,「プロ」にはなれませんし,医療の質はよくなりません。
 日本では,自分が卒業した大学の附属病院でほとんどの研修医が研修を行なう。その後もその病院に残り,教授にお仕えして,関連病院へ出たり入ったりしながらキャリアを積んでいきます。また,施設内でも第1内科に入った人は第2内科にはいけないなど,つまり,「混ざる」こと,「他流試合」を極力避ける仕組みになっているのです。つまり,18歳で医学部に入学したら,以降,決して外と混ざることがなく,ずっとその大学の枠の中で生きていくことになることも少なくありません。「Inbreeding=純粋培養」です。他流試合をしないから,自分たちの医局や教授のレベルがどんなに低くてもバレないし,その内側の人間も比較の対象がないから,問題意識も向上心も持てません。
 一方米国では,医学部は4年間のグラデュエートスクール(大学院)と位置づけられており,4年制大学(アンダーグラデュエート)を卒業していて,社会人経験を持つような人材も多く採用します。しかも,重要なのは,例えばA大学の医学部ではA大学のアンダーグラデュエート出身の学生を,定員の2割くらいしか採用せず,全米のさまざまな大学から学生を採用するということを意識的にやっているということです。米国の場合,ここでまず,人材が「混ざる」。さらに,卒業すると臨床研修の施設は,全国規模のコンピュータによるマッチングで決まってしまい,ここでも同じ大学からその附属病院へは2割程度しか進めないようになっています。ここでも「混ざる」わけです。異なる文化や価値観を持つ人々が混在する中で「プロ」を育てることによって,社会に対する「プロ」集団としての責任を保障しようとしているのです。
 このように強制的に「混ざる」システムになっていますので,米国ではどこの大学を卒業したかはあまり問題ではなく,研修医として,そして医師としてどのくらい優れているかが,キャリアのそれぞれの段階で,同世代の人たちによって評価されます。
 日本でも強制的に「混ざる」システムを導入し,「他流試合」が行なわれる環境を作ることが大切です。


【Q4】なぜ,米国流の改革なのでしょうか?


黒川 米国は300年の歴史しかない移民の国です。多民族国家であるがゆえに,何ごとにおいても民族を超えた普遍性を持つシステムを作ろうとします。特に,医療やビジネス,金融,科学研究など世界的に共通の価値を生み出す領域においてはそれが徹底しています。ですから,交通と情報技術の発達を背景にグローバルな価値を求めようとすると,米国のそれに似かよってしまうのは,ある意味では当然のことです。


【Q5】日本でも2004年から臨床研修が必修化されますが,どうお考えですか?


黒川 日本の医療をよくするためには,この機を逃さず,研修施設は全国規模のコンピュータマッチングで決まるような仕組みを導入するのが唯一の解決法でしょう。プロを育てるのであれば,米国のシステムを入れるのは悪くない選択です。人材が「混ざる」ようになれば日本の医療はあっという間によくなるでしょう。しかも,2年目の研修医は,例えば4か月間は無医村に行くということにすべきだと思います。現在日本には約970の無医村がありますが,1人あたり4か月行くとすれば,各無医村には常に2-3人の2年目の研修医がいることになり,日本から無医村がなくなります。パブリックにもアピールするし,そのために研修のコストを手当てしてくださいと言えば,国民の理解は得られるのではないでしょうか。


【Q6】日本では,医学生と教員の距離が遠く,よい教育ができていないのではないでしょうか?


黒川 そうです。日本は縦社会ですからね。上から教えるだけで,人を育てるという発想が乏しいのです。
 欧米では教員と学生の関係が水平です。どんなに偉い人でも,アテンディングラウンド(教授回診)に来た時には学生のパートナーとして振る舞います。東海大では年に15人ほどの学生を英米の医学部へ短期留学させていますが,学生たちはそこに最も感激して帰ってきます。
 また,教員たちの教育への情熱がすばらしいのです。なぜかと言うと,米国では卒後,必ず人材が「混ざる」システムになっているため,それぞれの学校がよい人材を輩出しようということを意識してやっている。「あの人は,○○大学医学部から推薦状があったんだけど,来てみたらたいしたことないな」なんて研修病院に思われたら困るというわけです。
 一方,日本はまったく混ざらずに,ほとんどが卒業した大学の附属病院で研修するため,教員のほうが安心しきっていて,人を育てることへの責任感や緊張感が希薄です。しかし,この縦の文化を横の文化にするというはなかなか難しいことです。だから,とにかく教育の成果である卒業生を研修で混ぜるのが近道です。つまり,研修時点で混ぜ,各研修施設で比較すれば,どこの卒業生が優れているかは一目瞭然となります。こうなれば各大学にはそれが大きなプレッシャーとなり,良医を育てるという観点からの医学教育の改善にもっとも効果的に働くと思います。
 日本の医学生は入学時にはみんなよい素材を持っているのに,残念ながらそれが花開かないことが多いです。先生をみていると学校に行きたくなくなってしまうのですね(笑)。これではいけません。医学部や附属病院にとって大切なことは,毎年新しい学生がきて,新しい研修医が旅立つということです。その内の1人でも,「あの先生のようになりたい」とか,「あの先生の授業はすばらしかった」と言ってくれるように,常に意識して教育しましょうと,「お手本」になりなさいと,私はいつも教員に言っています。「We are a role model.」です。それをわかってもらうために,東海大では毎年多くの教員を米国などの医学部へ派遣し,クリニカル・クラークシップなど,優れたティーチングの姿に接してもらっています。教員にとっても実体験がとても大事なのです。


【Q7】いまの医学生たちに一言アドバイスを!


黒川 やはり,積極的に「他流試合」を行なうことをお勧めしたい。米国で臨床研修をするために日本を飛び出すとなるとかなり覚悟がいるし,「やはり医局に所属しないと心配だ」と思い不安になることもあるでしょう。また,ある程度年齢の高い人にとっては実際にリスクも大きい。
 だから,一番よいのは,学生時代に1か月でも2か月でも,海外の臨床実習に行くことです。若いうちにいろいろなことをしておくと,「自分のしたいことはこうだ」という目標や選択肢が見えてくる。そして「日本の常識は世界の非常識」であることも数多いということもわかってきます。若いうちには,見聞を広め,多様な選択肢を持ったほうがよいのです。そのような意味では,教育改革は教員の問題ではありません。自分たちで外へ出て実体験してみることが自分への最高の教育となるのです。そして,その経験をもとにして,学生自らが学校に「こう変わるべきだ」とどんどん要求することです。
 大学によっては留学制度のないところもあるでしょう。しかし,制度ができるのを待っていたらいつまでたってもできません。今は米国まで航空券が5-6万円で行ける時代です。たいしたお金ではありませんから,海外にコネクションがありそうな先生にお願いをして口を利いてもらい,個人的にどんどん出かけていって「他流試合」をしてきましょう。みなさんが「他流試合」の経験を内外で積み重ね,声をあげることこそ,これからの日本の医療を変える力となります。

(了)


 <黒川清氏プロフィール>
1936年生まれ。62年東大医学部卒,67年同大学院修了。69年渡米。その後,南カリフォルニア大医学部内科準教授,UCLA医学部内科教授などを経て,83年東大第4内科助教授,89年同大第1内科教授。96年より東海大医学部長。2000年より日本学術会議副会長。著書に『医を語る』(共著,西村書店)など多数。東海大で米国式のクリニカル・クラークシップを導入するなど大胆な教育改革を断行する一方,医学・医療界に積極的な提言を行ない,変革の実行を迫る医療界のリーダー的存在。医学生にも絶大な人気がある

 本記事は昨(2000)年10月22日に東京医科歯科大学お茶の水祭で行なわれた黒川清氏の講演,学生を交えたパネルディスカッションの内容をもとに,「週刊医学界新聞」が独自に編集したものです。ご協力いただいた学生の皆様に謝意を表します。
(「週刊医学界新聞」編集室)


●2002年度アメリカ臨床医学留学
 留学生募集 締切=9月末

 優れた臨床医の育成を目的に,東京海上メディカルサービスでは,2002年度のアメリカ臨床医学留学の希望者を募集している。詳細は下記まで問合せのこと。
◆研修病院:(1)Beth Israel Medical Center,(2)St. Luke's-Roosevelt Hospital
◆研修期間:毎年7月から3年間
◆研修科目:基本的には内科研修のみ。他科希望者は要相談
◆応募資格:(1)日本の医師国家試験合格,(2)ECFMG Certificate所持(USMLE STEP 1&2,英語試験合格(TOEFLで250点以上)),(3)東京で面接試験を受けられること
◆締切:2001年9月末まで
◆問合せ先(なるべくE-mailで):
〒100-0005 千代田区丸の内1-2-1 東京海上ビル新館11階 東京海上メディカルサービス(株) 西元慶治
 TEL(03)3214-1808/FAX(03)3214-3806
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