連載
「WHOがん疼痛救済プログラム」とともに歩み続けて
武田文和
(埼玉県健康づくり事業団総合健診監・埼玉医科大学客員教授・前埼玉県立がんセンター総長)
〔第25回〕患者とのコミュニケーション(5)
がん患者に真実を伝える-その5
(2000年11月27日付,2414号より続く)
どう真実を伝えるか
患者にインフォームド・コンセントを求める第一歩は,医師による説明である。適切な説明は,診断名を伝えることから始まる。「がん」という診断名を患者本人に伝えることについての検討経過を,前回までに具体例を提示しながら紹介してきたが,「悪い情報(bad news)を伝えることは気の毒」と考えているだけでは,医療のあり方の基本に反する,という例があまりにも多いことをおわかりいただけたと思う。医療者がどのように患者に真実を告げるのか,その実践には個別的な考慮が必要なために,マニュアル化はむずかしいと思うが,これから2回にわたり,実際的なポイントを示していきたい。いつ伝える?
初診時からオープンな方針で望み,「がんかもしれないと思っているのでしょうね」と率直に問いかける。患者は,
「そうなのです」と不安とほっとした心情とを織り交ぜた表情をみせる。
「がんも診断ができる検査をしますよ」と応じ,患者に検査が進むつど情報を伝え,診断の方向性を読みとれるように心がける。そうすることで,患者の心の準備を促し,医療者の支援する姿勢も示していく。
「がん専門病院だから,そんなことができるのだ」と指摘する人もいる。確かに専門病院には,がん患者への対応のみを考えればよいという利点がある。しかし,日本にはがん専門病院がない地域のほうが多いのである。そのような地域では,国公私立の中核病院にがん患者が集まる。「かかりつけ医」に受診しても中高年になるまでそうした病院に紹介されたことはなかった患者が,はっきりした病状説明もないまま,はじめて大きな病院への紹介状を渡されるのである。そういう患者の場合は,「がんかもしれない」と受け止めることのほうが多い。
診断が確定するまで,患者を診療情報から遮断してしまうと,bad newsはいっそう伝えにくくなる。また患者にbad newsを伝える最初の臨床実践は,医師の誰にとっても,「高いところからはじめて飛び降りる時」のような躊躇がある。同僚医師や看護チームなどからの協力を求めるとよいだろう。
あらかじめ,
「次にお会いする時に診断の結論を説明しますが,あなたに説明したので,直接説明してよろしいですか」と患者に尋ねる。聞きたいという思いと,聞きたくない思いとの間を揺れ動くのが患者心理だが,大多数の患者が「自分自身で聞く」と答える。患者とともに説明を聞きたい人は,患者の選択に委ねる。時には,「家族に病名を伝えないでほしい」と言う患者がいて,医療チームと家族との意思の疎通が阻害されてしまうこともある。
![]() 『緩和ケア実践マニュアル』 (医学書院刊) |
誰から誰に?
主治医が本人に伝えるのが基本である。できる限り同僚の同席を求める。ことに看護職の同席が重要で,患者の反応の観察,補足説明,看護が提供するケアの内容の説明,主治医に向けにくかった質問を促しての回答,患者の理解度の把握,説明内容の記録などの役割を果たす。再度の説明が必要なことも看護職から指摘されることも多く,重要なポイントである。どのようにして?
伝えるにあたっては,プライバシーを守れる静かな部屋が望ましい。病名や病状の説明は生命に関連することなので日常の礼儀作法を守り,温かさと優しさのある雰囲気の中で患者の目を見つめながら話す。視線を交わしていれば,どこまで話せばよいのかが把握できる。一度に全部を話すことを目的とせず,患者の反応に応じて,「残りの説明は明日にしましょうか」と問いかけることも1つの方法である。また,「話すことは聞き役にもなる」ことである。質問も促す。長期予後を数字をあげて説明したい医師が多いようだが,個々の患者で確定した数字を得るのは誰にとっても難しいことなので,短期的な見通しから伝えるようにするとよいだろう。病名や病状についての説明は,患者ケアのスタートにすぎない。説明が終わったら,できるだけ早く患者と会う機会を設け,その反応を追跡する。医師には見せなかった患者の反応を観察する機会が,看護職にはしばしばあることにも留意したい。それに加えて,家族は患者自身以上に落ち込んでいることが多く注目しておく必要がある。
医療機関全体としての取り組みが鍵
このような実践を広げていくには,各医師の自覚と見識が必要である。そのための展開には,医療機関の責任者(病院長,臨床各講座の教授等)が,患者と真実について話し合うことをポリシーとして掲げ,各医師の自覚を促すこと。そして,見識を高めていくことが重要な鍵となることがもっと知られるべきであろう。(この項つづく)