医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 ある日突然,がん患者に

 馬庭恭子



 がん患者となった。診断に至るまでのプロセスは,まさにドラマ,またドラマで,紙面では語り尽くせない。病理所見で確定され,抗がん剤治療開始のために転院することを決定した日に不思議な夢を見た。
 物語はこうだ。いつものように,患者さん宅へ軽自動車を運転して向かっている。するとだんだん道幅が狭くなり,車を止めざるを得なくなる。仕方なく訪問かばんを肩にかけテクテク歩く。だんだん歩くうちに足下が悪くなり,気がつくと道がいつの間にか泥沼となっている。
 「ウワァー!」
と思った途端,ズンズン足が沈んでいく。よくよく見ると土砂の川になっている。振り返ると,少し離れたところに人影のようなものが5-6人見える。前を見ると誰もいない。どうやら私が先頭のようだ。
 「このままではいけない。どうしよう。訪問カバンがぬれて汚れてしまう」
そのカバンが重いから動きがとれない。
 「エイヤッ!」
と力を出して,ポーンと訪問カバンを右岸へ投げる。うまく,川岸に届いた。それから,何とか川岸に身体を移動させようとするのだが,流れに逆って動くのは難しい。腰のあたりまで沈んできた。見ると大きなうねりがこちらに向かってきている。
 「押し流されたら,もうダメだ」
ワラにもすがる思いで,満身の力を振り絞って川岸へ向い,先に川岸に投げた訪問カバンの肩ひもに手を伸した。すると,なぜかカバンが,力強くグイグイ引張るではないか。まるで生きているようだ。
 やっと川岸へ這い上がったのだが,息をつく間もなく大きなうねりが目前を走り抜ける。恐怖で目をつむる。しばらくして,ゴーッという音が消えて静かになった。目を開けると,目の前の川は消え,道になっている。
 「あれ,夢みてたのか」
と立ち上がり,訪問カバンを肩にかけて歩き始めた
 この物語を夫に話すと,「三途の川だったんじゃないの」と一言。
 夢分析には詳しくないが,私は今ここにある危機の状況下でこれからの人生を象徴するものだったと信じている。ある日突然ふりかかった予期せぬ病。今まで訪問看護の道を急いで走っていた事実。病を得て,患者さんの気持ちが痛いほど理解できる。反省すべきことが山積している。新たに取り組まなければならぬこともたくさんある。これからの使命が,あの訪問カバンにはたくさん詰っていて,私を助けてくれたのではないか。がん生存者として,最期まで私らしく生きよう。がんサバイバーシップの時代を生きようと思う。