医学界新聞

 

連載 MGHのクリニカル・クラークシップ

第14回

看護婦・士-医師関係

田中まゆみ(イエール大学ブリッジポート病院・内科小児科レジデント)


2421号よりつづく

MGHのエーテルドーム(世界最初のエーテル麻酔下での手術が実施された階段教室が博物館になっている,ブルフィンチ棟の一角)に飾られている昔の看護婦の写真(1909年)。現在は,外科医と同じ水色や緑色の術着(スクラブ)姿の看護婦がほとんどで,外見だけからは医師か看護婦かは判断不可能。また,カラフルな柄模様の術着も人気があり,通信販売のウェブサイトも数多くある(「www.scrubsuniform.com」,「www.scrubs.com」,「www.scrubsbydesigner」,等)。

尊敬集め,高い地位の米国看護婦

 米国人が最も尊敬する職業は看護婦・士(以下,「看護婦」で統一,註1)である。医療関係では次に薬剤師が来て,医師はそのさらに下位に甘んじている。世論調査だけではなく,米国の看護婦の地位の高さは現場でも常に実感させられる。
 まず,男女の上下関係がない。医学生や研修医の半数が女性であることはすでに述べたが,半数にはほど遠くとも看護職にも男性が多い。看護婦と医師との間で「男だから」「女だから」ということはまったく通用しない。ましてや,男言葉・女言葉の区別がなく,もともと女性がはっきりものを言うお国柄だから,指示を受ける際の看護婦の態度にたじたじとなることもしばしばである。看護婦にしてみれば,男も女もない,プロとして,医学生や1年目の研修医が出す指示に疑問があれば,患者を守るために反問する義務がある,という意識なのである。また,そうしなければ彼らの責任も問われることになる。
 というのも,法的にも倫理的にも看護婦は医師とは独立した専門職として患者を看る立場にあり,患者に不利益になるような医師の指示は拒否しなければならない責任があるからである。拒否できるだけの専門的知識も彼らには十分備わっている。米国の正看護婦(Registered Nurse,RN)は4年制大学の卒業生であり,大学院の学位を持つ者も多い。そもそも金持ちになりたいからという動機で看護婦になるはずもなく,患者の側に立つ奉仕者という自負は医師よりもはるかに強い。世論の支持もまさにその点にあり,看護婦に「患者の味方」としての働きを期待しているのである。

看護婦と研修医の力関係

 かくして,医療現場での看護婦と研修医とのやりとりはしばしば緊張に満ちたものとなる。
 “……And the reason is?”(「で,この指示の理由は?」)と看護婦に聞かれて返答に詰まったりしようものなら,「教官がそう言ったから,ですか?」とたたみかけられる。教官と違って看護婦には研修医を教育する義務はなく,患者を守る義務があるだけだから,何の遠慮もいらないのである。間違った指示が実行されないことは患者のためになるのだから,看護婦が指示について質問したり訂正を要求したりするのはよいことなのだ。
 ところが,では,正しい指示を出せばすぐ実行してくれるか,というと,看護婦は多忙だからなかなかそうはいかない,というところが問題なのである。なぜなら,指示の実行が遅れた場合,不利益をこうむるのは患者,叱られるのは研修医だからだ。大事な指示は,指示を出した時間を明記し,担当看護婦に直接話しに行き,その場で指示を受けてもらい,受けてもらった後も,ちゃんと実施されたかどうか確認して,まだなら再度催促し,とにかく最後まで見届けなければならないのである。
 これらの手順を踏んだうえで,なお実行が極端に遅れた場合は看護婦の責任になるが,その場合にも個々の看護婦に苦情を伝えるのは看護部門の長の仕事であり,医師側にはまったく権限がない。医師は看護婦の上司ではないのである。看護婦も心得たもので,指示が殺到してさばききれないと見ると,医師から文句が出る前にすぐ婦長に電話して,「人員を増やしてくれなければさばけない」と知らせて自己防衛する。もちろん自己防衛だけではなく,病棟の安全管理を考えれば必須の処置でもある。一方,研修医はどんなに忙しくても「自分ではさばききれないから増員してくれ」とは言えないのだが,患者の安全管理という観点からも,研修医の過労とストレスは米国の卒後研修制度の最大の問題の1つと言える(註2)。
 こういう力関係がわかっている賢明な研修医は,決して看護婦を目下扱いせず,患者の状態をまめに質問して看護の仕事に関心を払い,指示を出す前にはよく吟味し,指示にはすべて丁寧に“Please"をつけ,わかりやすい字で書く。そして,必要なら看護婦に理由を説明して急いでもらう。何のことはない,対等な同僚として敬意を払い,患者のために協力し良好なコミュニケーションを築く努力をしているわけだ。それでも,研修医が看護婦に依存する度合いのほうが看護婦が研修医に依存する度合いよりはるかに強いことには変わりはなく,研修医を「いじめる」看護婦も稀にはいる。研修医と看護婦では,看護婦のほうが立場が強いので(これは日本でも同じ?聞くところでは,病院によりかなり雰囲気が異なるようだが),しばしば火花の散るようなやり取りがなされるのである。

深刻な看護婦不足

 米国は近年,深刻な看護婦不足に悩んでおり,その原因は根深い。DRG/PPS(註3)に加えマネジドケア(註4)の台頭で入院日数が激減し,ベッドががら空きとなり病院が次々と閉鎖された。生き残った病院では,激化する病院間競争(保険会社相手の契約値引き競争)に勝ち残るため人件費節約を余儀なくされ,手っ取り早い方法として高給の正看護婦を大量に解雇し,かわりに無資格の看護助手を雇い入れた。
 それなら看護婦は失業して余るはずではないか,と思われるかもしれない。入院の短期化で医療業務は短期リハビリ病院や自宅療養(訪問看護婦のケア付)に重点が移り,失業した看護婦のかなりの部分はこうした新たな需要に吸収された。しかし,「すべての病棟がICU化した」と言われるように,厳しい入院審査に伴う入院患者の重症化,入院期間の短縮に伴う業務の多忙化により,急性期病院に残った看護婦の業務は非常な激務となった。
 そのうえ,マネジドケアによる入院日数短縮の圧力は強く,病院が研修医に平均入院日数の「ノルマ」を課すところもあり,医師たちはまだまだ入院が必要と思われる患者を早期退院させてしまう。首は切られずにすんだものの,良心的看護ができないジレンマに悩む。短期リハビリ病院に再就職しても,そこでの看護の質は急性期病院と比べるべくもない。訪問看護婦もノルマに縛られ在宅患者の十分なお世話ができない。看護婦としてはやりがいを感じにくくなった。嫌気がさして退職する看護婦が増えた。補充しようと応募しても,なかなか応募者がいない。紹介してくれた看護婦がめでたく採用となったら大枚の報奨金を払う,と職員に看護婦勧誘を奨励する病院もあるほどである。
 そもそも看護大学・看護学校の志願者が減ってきている。看護婦などよりコンピュータ技術者になるほうがよほどおもしろいし,お金ももうかると考える若い女性が増えたせいだ,と新聞では書きたてている。当分深刻な看護婦不足が続きそうである。

看護婦は「白衣の天使」か?

 現場を離れても,看護婦には多くの選択肢がある。ソーシャルワーカー,ケースマネジャー(症例管理者)(註5),ディジーズマネジャー(疾病管理者)(註6),患者代理人(註7),リスクマネジャー(註8),リサーチナース(註9)と,看護がその資格や経験を活かすことができる職種は多い。患者の世話はしたいが医師の指示の下で働くのはいや,と思うなら,学校に入りなおしてPA(Physician Assistant)(註10)や助産婦(註11)になることもできる。そうすれば,医師と同じように患者を診察して指示を出し処方箋を書くことができる。極めつけは,夜間コースなどでMBA(経営学修士)やMPH(公衆衛生修士)を取り,病院経営管理者や保健行政管理者になることである。そうなれば,上司として医師を管理し医師に命令する立場に立つことになる。
 看護婦は,医師の言うとおりに働いてくれる手足ではない。患者の味方であり,医師の指示ミスの監視者であり,PAや助産婦となれば医師より安い給料で医師と同等かそれ以上の業績をあげ,患者の評判も医師よりよい。さらに看護婦出身者は,病院や保険会社や行政の要職にあって,臨床現場をよく知る立場から医師を管理するのである。米国で,「白衣の天使」というイメージで看護婦を見ることはもはや難しい。そもそも,彼(女)らは白衣の制服など着ていないのだから。

註1:英語では男女ともにnurse。米国でも看護士は多く,MGHでは各病棟に必ずといってよいほど看護士がいた。ここでは看護婦とするが,女性ばかりではないことを常に念頭に置いて読んでいただきたい。
註2:自分の娘が医療ミスで死んだのは研修医の業務が過酷なことが原因だと訴えた親の運動が実り,1989年,ニューヨーク州で研修医の過剰労働を禁ずる州法が制定された。亡くなった患者の名を取り,リビー・ジオン法と呼ばれている。しかし他の州では法的規制は何もなく,昨年末に連邦労働委員会が「研修医にも団結交渉権がある」と認めるまで,労働者であることさえ主張できなかった(学生の身分と同じとされていた)。今後,労働条件が改善していくことが期待される。
註3:Diagnosis Related Group/Prospective Payment System。1983年から実施されている米国のメディケア(高齢者向け公的保険)の入院費用支払い方式。疾患を診断名に基づいて400余りのグループに分け,グループごとに予め決められた治療費しか払わない方式。入院日数が少ないほど,また薬剤費など諸費用を安くあげるほど,病院の手元に残る実入りは多くなる。治療が長引いたり高価な薬剤を使ったりすると持ち出しになる可能性がある。
註4:Managed Care。医療提供者に医療費のリスクを負わせることにより医療資源の使い方を管理しようとする医療保険方式。
註5:Case Manager。患者の早期退院を促進するため,帰宅後の訪問看護婦の予約や療養ベッドの購入,自宅の改造などの面倒を見たり,患者の必要に合った短期リハビリ病院や老人ホームを探したりする係。
註6:Disease Manager。入院や救急外来受診などで高額の医療費が使われるのを防ぐため,糖尿病や喘息などの慢性疾患患者各個人について治療計画を立て,外来での疾病管理を徹底する係。
註7:Patients Advocate。入院中に患者の権利が侵害されないように職員を啓蒙するとともに患者からの苦情に対処する係。
註8:Risk Manager。現場からの医療事故の報告を集計・解析して予防に役立てたり,重大な医療事故がおきたとき,現場の保全や調査をして原因を究明するとともに,患者に説明し,謝罪するなどして,訴訟に至るのを未然に防ぐ係。
註9:Research Nurse。臨床研究の助手をする看護婦。研究の進行状況をチェックしたり,患者の聞き取り調査をしたり,データや資料を収集整理したりする。
註10:診療助手。独立して開業はできないが,病院や診療所で医師と同じように患者を診察できるし薬も処方できる。医師より人件費が安くてすむので,研修医だけでは人手不足の新生児ICUや,一般外来,健康診断等で活躍している。治療成績は研修医に劣らず,患者の満足度は医師より高いという研究結果が出ている。
註11:Midwife。医師の監督なく分娩介助して医師と同じように患者に分娩費用(医師より安い)を請求できる。病院で産科医師とともに勤務する助産婦もいるが,助産婦がとりあげた分娩は医師の収入にならないことから競合関係となるため,助産婦を病院に常駐させたがらない医師が多い。そのため,地域で独立開業する者がほとんどである。正常分娩なら,医師より助産婦のほうが治療成績がよく,患者の満足度も高いという研究報告が出ている。