医学界新聞

Vol.16 No.2 for Students & Residents

医学生・研修医版 2001. Feb

〔特集〕こんな勉強がしたかった――もう受け身ではいられない


 医学生は学習に際して受け身か? 答は否。彼らの胸には医療への熱い情熱がみなぎり,輝く知的好奇心がほとばしっている。その学習姿勢は驚くほどアクティブだ。
 いま,全国の医学生たちは各地で,真剣に勉強・学習のあり方を模索し始めている。「勉強とは本来,身震いするほど刺激的なものなんだ」そんな医学生の声が聞こえてくる。
 本号では,医学生・研修医による報告を中心に,学生主体の新たな学習・教育のあり方を考える(9-14面)。


ケーススタディのすすめ

土畠智幸(北海道大学医学部4年)

 大学に入って講義などを受けていくうちに,「自分が学びたかったのは本当にこういうことなんだろうか」と思うようになりました。「これはこういう病気であって,こういうふうに診断して,こういうふうに治療する」,このようなことを学ぶのは確かに重要であると思います。しかし,もし目の前に「お腹が痛い」と言っている人がいたら,いったい何ができるというのでしょう。それは医師になってからできるようになればよいのでしょうか。そんなことを考えていた時に出会ったのが「ケーススタディ」という勉強法でした。

実際の勉強会の進め方

 ケーススタディそのものについては皆さんよくご存知だと思われますのでここでは詳しく書きませんが,要は実際の医療の「疑似体験」をすることです。そのための参考書は,英語のものが多いのですが,豊富にあります。私たちの勉強会では,単にそれらの参考書を読んでいくのではなく,より現実に近づけるために医師役と患者役を決め,シミュレーションしています。
 まず,毎回ホストを決め,その人が自分の担当の分を予習してきます。出てくる疾患等について自分なりに理解し,勉強会中に質問されても答えられるようにします。
 実際の勉強会ではホストが患者役をします。そして,医師役の人が「今日はどうなされたんですか?」というところから丁寧に問診をしていきます。他の人もただ見ているだけでなく,そのやりとりを紙に書いていきます。一通り問診をしたところで,見ていた人が,その問診には何が足りなかったか,などの批評をします。これらを終えると,次はディスカッションに移ります。問診で得た情報からどんな疾患が考えられるか,ということを話し合います。
 次に,身体所見に移るのですが,私たちはまだ臨床実習に入っていないため,今は「皮膚に何か問題はありますか?」というような質問形式にしています。実際に身体所見をやるために現在準備中です。
 この後,医師役の人が検査・画像診断についてオーダーします。ここでも,「この検査もしたほうがいいんじゃないか」などディスカッションし,さらに検査等の結果を聞いて,再び話し合います。ホストの人は話があまりにもそれた場合はヒントなどを与えて修正します。そして診断が発表されます。
 テキストでは3-4頁ほど説明が続くわけですが,それをただ説明していくだけでは集中力が持続しないので,ホストの人が順番に質問していきます。こうすることで曖昧だった知識が確実なものになります。それから,毎回勉強会の最後に前回のホストが用意した問題を皆で解きます。こうすることで一週間経っても知識が定着しているかどうか確認でき,それをファイルしておくことで後から復習することもできます。

メンバーの選び方

 実際勉強会をする上で一番大事な部分はディスカッションです。そこで重要になってくるのが勉強会のメンバー選びです。普段仲のよい人同士がメンバーとして最適というわけではありません。重要視すべきなのは,「お互いに感情を入れずにディスカッションできる人」という点です。
 私たちの勉強会では,お互いがお互いを尊敬し合っています。皆それぞれ「この分野だけは誰にも負けない」というものを持っていて「自分がわからなくてもメンバーの誰かが知っていればそれを教えてもらえばいい」という気持ちで勉強会に臨んでいるので,人の言うことを素直に聞き入れることができています。

テキストの選び方

 次に重要になるのがテキスト選びです。自分たちが何を学びたいのか,将来の目的は何なのか,勉強会の時間はどれくらい取れるのかによって変わってくると思います。以下にいくつかのテキストを勉強会のメンバーのコメントと一症例に必要な時間,症例数つきであげてみました。

“Underground Clinical Vignettes”(S2S Medical Publishing)約30分931症例
 「この教材は1症例が1頁で完結しているのでとてもとっつきやすく,説明不足の箇所は自分で調べるので発展性があります。症例数が多いので1人でやろうとすれば完結できない可能性が大きいですが,グループでやることによって適度に強制力も働き効果的。また,お互いの知識交換をきっかけとする自己学習のよい刺激が得られる点も魅力。主訴,現病歴,身体所見,検査,病理,治療,解説と段階的に進んでいくので,次になにをすべきか,頭を使って考えながらやっていけるところがいいです」(庄野)

“Morning Report Internal Medicine”(McGraw-Hill)2-3時間50症例
 「この本は症例ごとに問診,理学所見,ラボデータ,必要に応じてX線写真・CT,などが与えられています。そこから考えられる疾患について疫学,病態生理,臨床症状,検査,治療を解説している教材です。もしこの教材を与えられたら,とりあえず読んでいって診断を考えるのでしょうが,日常の診療を考えるとこういうことはありませんよね。そういうことを避けるために私たちは医師役と患者役を決めてロールプレイをしています。そうすることによってこの教材をより一層現場に近づけるようにしています。これにより問題解決型の思考が身について,そのためには何を重点的に覚えていくべきかということもわかります。教科書の通読だけの勉強をしていた私にとってケーススタディとの出会いは勉強方法を変えたパラダイムとなったのです」(三浦)

“Family Practice Review”(Mosby)2-3時間150症例(内科37症例)
 「このテキストではまず最初に5-6行にわたって患者さんの主訴,現病歴,既往歴などが提示されています。僕たちはこれらの情報を問診で一通り引き出します(この過程はかなり勉強になり,問診で得られる情報の有用性を再認識させられます。)この後にその疾患に関連した疫学的なことから,病態生理,どんな症状が存在するのか,検査にはどのようなものがあるか,治療に関することまでのマルチプルチョイス式の問題が平均して20題ほど並びます。取りあげられている疾患はきわめて一般的なものですが,わかっているつもりの疾患でも,結構問題に答えられないことも多く,非常に勉強になっています」(菅野)

“Diagnostic Strategies for Internal Medicine”(Mosby)3-4時間108症例
 「循環器・呼吸器など各科に分かれた豊富な症例において,まずは患者の主訴,既往歴,家族歴など,診断に必要なデータの半分程度が与えられます。このテキストは,その後5-10問程度の問題に沿って展開され,『検査値はこのようであった。これを解釈しよう』『前述のような患者の鑑別診断として重要なものは何か』『この疾患の病理学的特徴を考えよう』といった問題提起に答えながら,診断・治療のノウハウに限らず,生理学・病理学などの分野を網羅した学習が可能となっています。ケーススタディ式の学習方法は,広範な医学知識に『具体例』という色づけをしてくれるという点で非常に効果的です。これを3-4人ほどのユニットで行なうことで,自分1人では気づかないはずの疑問を共有し追究できるというメリットもあります」(市原)

やっていて楽しいと思える勉強を!

 「今までいろいろな勉強会を行なってきましたが,そのほとんどが教科書の抄読会という形でした。しかし,それらを通じて今の自分の中に知識として定着しているのはほんの一部です。ケーススタディの勉強会は,自分の知識を外に出す必要があるという点で,これまでのものとは大きく異なっています。ケーススタディを実際に行なってみて実感しているのは,この知識のアウトプットが自分の知識の確認および定着にとても効果的であるということです。しかも,僕たちは勉強会の間,お互いに質問しあうというスタイルをとっているので,集中力が途切れることなく楽しく勉強をすることができています」(保科)
 私の通う北海道大学でも最近ケーススタディをする勉強会が増え始め,現在10以上あると思います。少しずつ何かが変わっているという雰囲気を感じます。
 国家試験に受かりさえすればよい,という考えはもう捨てましょう。皆,大きな希望を持って医学部に入学したのに「勉強はおもしろくないからやらない」という結論に達するのはさみしいですよね。みなさんも「今日はいったいどんな症例なんだろう」とドキドキしながら勉強してみませんか?
 もし質問などありましたらtdobata@hotmail.comまで気軽にメールしてください。21世紀,日本の医療をもっとよくしましょう!
To make a great dream come true, the first requirement is a capacity to dream, and the second is a persistence, faith in the dream. God bless you!!


症例基盤型学習(case-based learning)による医学生の勉強会

大西弘高(イリノイ大学シカゴ校・医学教育部)

大西弘高氏
1992年奈良県立医大卒。天理よろづ相談所病院での研修後,現在佐賀医大総合診療部。イリノイ大学シカゴ校で診断過程の認知心理学的分析に関する研究を行なうとともに,大学院医療者教育学修士課程に在学中
 
 最近,症例基盤型学習による医学生の勉強会の話題が本紙を賑わせています。私も医学書院から1979-91年にかけて出版されたケーススタディのシリーズ(『PO ケーススタディ』)を利用して5-6年生の秋まで勉強会をしていました。すべての頁に目を通すことはできず,コモンディジーズだけを抽出して1問1時間ずつぐらいディスカッションしていたのを思い出します。

診断推論過程を身につける

 さて,まずは,症例基盤型学習を認知心理学的側面から分析してみましょう。診断推論過程は,(1)問診において問題の特徴や枠組みを捉える(腹痛は急性or慢性?),(2)診断仮説を形成する,(3)診断仮説に基づく情報収集を進める(さらなる病歴や身体診察),(4)データを注意深く解釈する,(5)仮説をより正確にしたり,新たな対立仮説を立てたりする,(6)対立仮説を否定し正しい仮説を検証する,というような流れを持ちます。症例基盤型学習は,この過程を反復して辿ることで,徐々にパターン化された思考過程を育むのに役立つと考えられています。
 医学生や研修医は,上の(1)-(6)を順にゆっくりと辿ることが必要なことが多いでしょう。しかし,慣れた医師は,一瞬で(1)-(6)の過程を進んだかのように見えるかもしれません。それは,実際の診療を通じて上のようなパターン化された思考過程を瞬時に辿れるようになっているからです。
 (2)の仮説形成については,ある主訴が与えられた時に,鑑別診断(あるいは鑑別病態や病変臓器)というパターン化された記憶が呼び覚まされるメカニズムが働きます。自分が鑑別にあげていなかった診断が後から発覚するようなことがあれば,その診断は新たにこの記憶にインプットされ,次回同じ主訴の症例に対してその診断を鑑別にあげられるようになるでしょう。

動機づけ高め,生涯学習の姿勢を育くむ

 次いで,教育学的側面から分析してみます。医学教育カリキュラムは,日本では科目別(生理学,解剖学,病理学の後に内科というようなスタイル),あるいは臓器別(臓器別の領域で基礎医学と臨床医学を一括りにするスタイル)のモデルが利用されていることが多かったのですが,この数年間で問題基盤型学習(problem-based learning:PBL)が急速に広まりつつあります。従来型のカリキュラムでは診断→症状という順序で講義がなされることが多かったのですが,症状→診断という順序で小グループの討論によって自ら解決するという方式はPBLカリキュラム,症例基盤型学習による勉強会に共通した学習法と言えます。
 またPBLの教育目標として,(1)知識を臨床の文脈での利用に向けて構築,(2)効率的な臨床推論過程の発達,(3)効率的な自己志向型学習技能の発達,(4)学習への動機づけの増加があげられており,症例基盤型学習の目標もこれと大差ないと言われています。
 症例基盤型学習を反復して行なうことにより,どのような症状ならどのような疾患が鑑別されなければならないか,どれが命に関わる疾患でどれが頻度の高い疾患かなどおおまかなイメージをつかむことが可能でしょう。また,動機づけが高まり,自己志向型学習技能が発達することで,医師にとって不可欠な生涯学習の姿勢も自ずから身についていくと思われます。
 なお,症例基盤型学習で利用する症例の選択に関しては,稀な疾患を追い求める習慣をつけ過ぎないほうがよいでしょう。稀な疾患ばかりを症例基盤型学習で学べば,そのような思考パターンが習慣化し,コモンディジーズが最初に鑑別に浮かばないという問題も生じ得ます。


ケーススタディ――臨床の現場から振り返って

草場鉄周(日鋼記念病院・研修医)

草場鉄周氏
1999年京大医学部卒。京大4年生秋より卒業するまでケーススタディを軸とする自主学習会を行なう。98年7月には日本医学教育学会のシンポジストとして「学生による自主的勉強会からの提言」を発表した。現在,日鋼記念病院研修医2年目
 
 ケーススタディ勉強会を行なっていた学生時代からすでに2年が経とうとしている。今,研修医として臨床の現場で働いているが,ケーススタディ勉強会の意義を自分の中で再確認してみようと思う。

ケーススタディと現実の医療

 実際の医療現場とケーススタディはやはり違う。1つは,検査・薬剤などの具体的な医療行為の1つひとつが必ずしも米国のようには進まない。日本にはない薬も多い。日本にしかない薬もまた多い。検査もまた然り。ある一定のガイドラインに沿って治療を実施する医者もそう多くはない。「なぜ??」という医療行為も時には目にする。しかし,医療はあくまでも共同作業であり,「正しいんだ!」と思っていることを先輩の医師や看護職,検査技師などの医療スタッフに無理に押しつけようとすると必ず軋轢が生じ,その他の業務に悪影響を与えることにもなってしまう。研修医という立場上,悪く言えば妥協,よく言えばバランス感覚があらゆる場面で求められる。
 さらに,根本的問題として,ケーススタディではその中に取り込むことが困難な「医師患者のコミュニケーション」,「患者の生活背景の理解」という要素が,臨床の現場ではきわめて大きな影響を持つことを身にしみて感じてきた。ガイドラインや医学的常識では到底意味を持たない末期癌への治療であっても,「生きる希望をそこに見出したい」という患者の希望を前にすると,そう簡単にはやめられない現状がそこにある。また,愛する妻の介護に忙殺され,自らの肝機能異常精査目的で病院へ来ることがままならない男性,信念に従ってすでに発見された大腸癌を治療しようとしない男性など,<病歴・身体診察→検査→治療>という一貫した流れをスムーズに実施できない場面も少なくはない。このような時,医療の無力さを感じることもある。
 しかし,そのような難しい場面にこそ医師という職業の存在価値を感じることも多い。このような場面で,自ら信じる診断・治療体系を大事にしながら目の前の現状に対応して行動を変え,「医師としての満足度」と「患者自身の満足度」を共に満たす柔軟さを養っていくことは大変なことだろう。しかし,教科書にはほとんど出てこないこうした部分こそ,臨床医学の醍醐味だと感じる。

学生時代にケーススタディで学ぶことの意義

 それゆえ,このケーススタディと臨床医学のギャップはむしろ医師になった後の楽しみにしてもらって,学生の間は,基礎的な病態生理,臨床薬理学,症状から鑑別診断をたてていく際の考え方をじっくり学ぶことを大切にしてほしい。この2年間の研修でも,表面に華々しく出る機会はそう多くないが,ケーススタディで学んだ症例を通したアプローチは,基礎体力として私の研修を支えてくれた。酸塩基平衡,循環器で使用する薬剤の作用機序,感染症へのアプローチ,腎臓の生理学など,細かな知識や理論が求められる分野では特に役に立っている。
 そして,検査や薬剤の使い方を学び,さまざまな手技に習熟することが必要となる忙しい研修の中,ケーススタディのようにじっくり議論しながら理解を深めるような学びはほとんど無理となることを忘れないでほしい。一部の教育的配慮が充実した施設ならいざ知らず,よほど自覚を高めておかない限り,大部分の研修医は条件反射的な医療行為に慣れるしかないのが日本の医療現場の実状である。「学び方」を学ぶという意義も大きい。
 ケーススタディは,学生時代の貴重な自由時間を割いて,自分自身の将来に対して行なう投資としては決して割の合わないものではないと思う。基礎医学を学ぶ際にはもちろんのこと,医学部の5-6年で全面的にclinical clerkshipが導入される日までは,臨床医学の学びに対しても大きな役割を果たすことだろう。