医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


この本だけは眉唾モノではない!

アメリカ医療の光と影
医療過誤防止からマネジドケアまで
 李 啓充 著

《書 評》向井万起男(慶大助教授・病理診断部)

 私は,この本を貪るように読んだ。
 李啓充氏の著作なので読み始める前から予想はついていたことだが,読み終えて,つくづく凄い本だと思う。
 氏の稀有な才能については,前作『市場原理に揺れるアメリカ医療』(医学書院刊)を読んだ方は先刻承知のことだろう。膨大な資料を収集・整理する才能,そうした資料から本質を掴み取る才能,そしてなんといっても,読者を引きずり込んで離さない驚くべき筆力。 (ついでに言っておくと,大リーグ野球に詳しい氏の本には,アメリカ医療に関連させて大リーグ野球の挿話が登場するが,これが泣けてくるほどイイ。“大リーグ野球に一番詳しい医師”という自負を持っている私としては,強力なライバル出現に脅威を感じてもいるが)

ビンビン伝わる凄まじい迫力

 さて,前作と同様に,この本にも氏の才能はいかんなく発揮されている。しかし,この本はある点で前作を凌いでいると私は思う。アメリカの医療について論じていながら,日本の医療が抱える問題点を読者に鋭く問いかけてくる迫力という点でだ。ビンビンと伝わってくる凄まじい迫力! アメリカ医療のさまざまな問題が論じられているが,こうした迫力の点からいうと,なんといっても「医療過誤」を論じた前半が圧巻だ。
 最近,日本では「医療過誤」のニュースが相次いでいる。かつてないほどに医療関係者に向けられる目は厳しい。しかし,同じような「医療過誤」が医療先進国のアメリカでも起こり,大問題となっている。投薬量の間違い,臓器取り違え手術などといった,われわれ日本人にとっても近頃身近なものとなってしまった事例も起こっている。これは,考えてみれば当たり前のことだ。どこの国の人間だって,人間である以上,間違いは必ず犯すわけだから。でも,著者が実際の事例を詳細に書いてくれているのを読むと,あの医療先進国アメリカでもこんなことが起こっているのかと少しは驚くけれど。

著者の突きつける主張に激しく共感

 しかし,心底驚くのは,ここから先だ。「医療過誤」が起こってしまってからの対処について。アメリカの病院の対処の仕方,医療界・国をあげての「医療過誤」再発予防への取り組み方を紹介しながら著者が展開する主張には,日本で医療に携わる者は驚きと新鮮な感動を覚えざるを得ないだろう。“誰が間違いを犯したではなく,なぜ間違いが起きたかが問われるべき”,“処罰されるという恐怖感から医療者を解き放った上で自己申告を促さなければならない”,“医療チームにおける「医師の指示は絶対」というカルチャーは医療過誤を産み出す”……。
 「医療過誤」が起こってしまった時,“個人の不注意を責めたり”,“われわれは同じ過ちを繰り返さないように,これからはいっそう気を引き締めて注意しましょう”という精神論的再発防止策では何も解決しない,医療が十分な透明性と説明責任を伴わなければ人々の怒りを生む,というのが著者の姿勢だ。アメリカの「医療過誤」の歴史,事例を詳しく述べながら著者が突きつけてくる主張に読者は深く,激しく共感せざるを得ないはずだ。
 ところで,誰しも知るように,世の中というのは,つまるところ,お金で動いている。医療の問題だって,お金のことを抜きにした綺麗ごとだけを言っているわけにはいかない。医療におけるお金という問題はきわめて重要だ。医療提供側にとっても,患者側にとっても。今,日本の健康保険制度は破綻を来すのではないかと心配していない人はいないだろう。この本の後半は,この「医療とお金」という切実な問題を扱っている。
 日本とアメリカでは保険制度が異なる。しかし,“お金の問題”と“医療の質”を天秤にかけて,医療提供側と患者側の双方が納得できる方策を見出すためにアメリカが右往左往している様子を読んでいると,他人事とは思えなくなる。日本だって,同じ問題で右往左往する時期が目の前に来ているのだから。その時期に備えて,この本を読んでおくのは大変参考になる。アメリカの失敗や反省をわれわれはしないように済ますことができるかもしれないのだから。
 “必読の書”と謳った本は眉唾モノというのが相場だ。しかし,この本は,医療に携わる人,医療に少しでも興味のある人にとって(ということは,すべての人にとってということになるか)本当に“必読の書”だ。私は自信を持って言う。この本だけは眉唾モノではないですよ,皆さん!
四六判・頁268 定価(本体2000円+税) 医学書院


臨床の醍醐味のエッセンスを1冊に

レジデントのための感染症診療マニュアル
青木 眞 著

《書 評》黒川 清(東海大医学部長)

 青木 眞先生による『レジデントのための感染症診療マニュアル』が医学書院から上梓された。

日本の臨床の特殊性

 日本の臨床,特に内科を含めた臨床は,縦割りの伝統で形成されていたので,どうしても臓器別になりがちである。したがって,例えば感染症のような横断的なものについては,えてして診療科あるいは講座というような縦割りの構造は作りにくい歴史的な背景があった。ところが感染症は,きわめて日常的に重要な疾患であり,この道の専門家が臨床の教育や研修の場になかなかおられないのが実は問題であることは広く認識されている。このような背景から,日本では抗菌薬の過剰な投与,不適切な使い方,また抗菌薬の耐性菌の発生など,「日本の常識は世界の非常識」というのが数多く見られるのはよく知られている。
 事実,感染症での研究もさることながら,臨床のプラクティス,診療のパターンが中央検査部その他の発展とともに,日本の健康保険制度では感染症は伝票をチェックするだけになってしまうので,日常的な診療の中でいろいろサンプルをとっても,培養その他で結果が出るのに,24時間から48時間待たなければならないということがある。回診をしながらそのような不満を持つことは数多いと思うが,実際は聞いているほうも現実に「ベッドサイドでの感染症への正しいアプローチ」をよく知らない。ところが実践的な感染症診療というのはそんなものではない。感染症はきわめて重要な内科の一部門である。
 例として,内科のテキストブックの代表である『Harrison内科書』では2569頁のうち,循環器180頁,消化器174頁,呼吸器87頁に対して感染症に480頁を費やしており,また,『Cecil』では2298頁のうち,循環器220頁,消化器190頁,呼吸器100頁,そして感染症440頁という配分になっている。それに比べて日本の教科書は,例えば医学書院の『新臨床内科学(第7版)』では1725頁のうち110頁,朝倉書店の『内科学(第7版)』では2042頁のうち110頁,金芳堂の『EBM現代内科学』では2292頁のうち130頁,という具合である。これは,感染症があまり重視されていないということも1つの理由かもしれないが,感染症をそれだけ教育し,また臨床の現場で専門医として活躍している人が少ないことにもよるに違いない。

感染症臨床のあり方を提示

 単著でこの本を書かれた青木先生はきわめてユニークなキャリアをお持ちで,しかも感染症でオーソドックスなアプローチができる数少ない専門医であると言える。青木先生はアメリカで内科の3年間のレジデントを終えられ,一時帰国後,さらに感染症のフェローシップをアメリカで行ない,アメリカの内科専門医,感染症専門医の資格をも持っておられる貴重な人材である。
 この先生がご自分の経験と実際の症例に基づいた経験だけでなく,感染症へのアプローチのABCから,どのような動機でその感染症が疑われるのか,その場合には何をするのか,何をマーカーとしてその感染症に対応していくのか,どうしてそのような抗菌薬を使うのか,すべて実践的に一歩一歩の仮説を積み上げながら検証していくという,まさに臨床の醍醐味のエッセンスがまとめられたすばらしい本である。

日常臨床のエッセンシャル

 青木先生が昨春,国立国際医療センターを辞されたのを機に,東海大学では非常勤教授としてお迎えし,毎週1日,内科の回診や感染症のコンサルテーションを,また感染症セミナーも定期的にお願いしている。まさに教えるのもすばらしい先生で,実践的で,ポイントを押さえていて,なぜそのようなアプローチをしなければいけないかを,頭に染み込んでくるわかりやすさで教えてくださる。また,グラム染色の重要性とその有用性を教えてくださる。グラム染色は検査の発達とともにあまり病棟ではやらなくなってしまって,病棟を回っているのに指が色素で紫色になっていない研修医や学生がいるというのは不思議な話だが,東海大学ではそれを皆に実践してもらうべく,青木先生とご相談しているところである。
 このような本が皆さんの手元に置かれ,広く読まれることによって,感染症に対する理解が変わり,感染症へのアプローチがより正しく行なわれ,感染症への対策がより適切になり,抗菌薬の使用も適正になることが期待される。これが日常の臨床のエッセンシャルであるということを皆さんに認識していただければと思う。
A5・頁576 定価(本体6,000円+税) 医学書院


身体反応を正確にシミュレートする麻酔学習用CD-ROM

SIM ANESTHESIA 全身麻酔シミュレータ
(CD-ROM for Windows)
 落合亮一 監修/日本電気株式会社 著作・制作

《書 評》諏訪邦夫(帝京大教授・麻酔学)

 日本語で使える医学教育用パソコンシミュレータがもう1つできた。救急医療用の『シム・クール』に続く『シム・アネステシア』で,麻酔を対象としている。

診断と治療を進める

 内容は,患者に麻酔して手術と処置を進めるもので,正常健常人の他に薬理を検討するプログラムと症例が30例内蔵されている。
 症例の内訳は,開腹術・大動脈瘤人工血管置換術・肺切除術・整形外科手術・脳神経外科手術・熱傷などである。
 患者に対して「麻酔薬を選び」,「モニターを選び」,「必要な処置を進め」る。薬物の種類やモニターは,標準的である。

生理モデルを内蔵

 『シム・クール』と同様,内蔵モデルはミシシッピィ大学のガイトン教授らの有名な人体生理モデルで,循環動態を中心に,肺・腎・内分泌・体液・自律神経系などを組み込んでいる。
 したがって,治療に対する反応は単純な枝分かれではなく,パソコン内の「患者」に処置を加えるので,「身体の反応」を正確にシミュレートする。しかも,循環動態や血液ガスなどを随時観察できる点がパソコンモデルの利点である。

実体シミュレータとの比較は

 麻酔の学習とトレーニングの場では,学生や研修医に各種シミュレータを使う。挿管人形や心マッサージ人形の他に,何千万円もする膨大な実体シミュレータも日本にいくつか輸入されている。手触りがあり,手技の実習ができる。
 パソコンシミュレータは安くて(3万円未満),手軽で(CD-ROMで供給),保管やケアが簡単である。実体シミュレータではできない複雑な処置を行なって,患者の反応を詳しく把握できる。麻酔薬を投与して放置観察していると,循環動態や血液ガスが次第に悪化して心停止になる。あるいは麻酔薬を投与せずに筋弛緩薬だけで手術を試みることもできる。こんな風に実際の患者ではもちろん,動物でさえもできないことができるのがパソコンの利点である。

注文したいこと

 改作のための注文を2,3。このソフトには,Windowsの画面設定で「小さいフォント」を指定する必要がある。「大きいフォント」を使っている場合,このソフトだけに指定変更してWindowsの終了/再起動を余儀なくされるのを何とかしてほしい。
 もう1つ,シミュレーションを「自由に中断」できる構造にしてほしい。パソコンは他の目的にも使う。「1つのソフトに専念」していることは少ない。ソフトの使い勝手を決める決定要因である。
 3つ目は,華やかな「ゲーム性」を持たせて,学生や研修医に「明確な目標」を与える道筋も作ってほしい。今のままではどの症例が「興味深い」「事件性がある」のか不明で,学習が身につく前に飽きてしまい,「パソコンソフトの多機能性」が生きない。
 具体的には,「ゲームとしての勝敗」を決める。競技者のランクをつけ(「学生」「研修医」「専門医」「教授」など),そのランクを30例の患者に割り振るか,同じ患者がランクによって難しくなるのもよい。難しいランクでは,うかつに「麻酔」すれば患者が死んでしまうが,上手にケアすれば無事生還して手術室から退出できるようにする。最後に採点をつけ,高点なら誉め,悪点なら激励,罵倒,侮蔑する(もちろん,学生の悪点なら激励し,教授の悪点なら罵倒し侮蔑する)などの路を加えて,若者がどんどん挑戦して知らぬ間に麻酔のおもしろさを身につけてくれる可能性が増えるだろう。
 監修者の落合亮一先生はこういうセンスが抜群に溢れているはずで,ぜひそうした方向をめざしてほしい。
CD-ROM 定価(本体28,000円+税) 医学書院