医学界新聞

 

 連載

「WHOがん疼痛救済プログラム」とともに歩み続けて

 武田文和
 (埼玉県健康づくり事業団総合健診監・埼玉医科大学客員教授・前埼玉県立がんセンター総長)


〔第24回〕患者とのコミュニケーション(4)
がん患者に真実を伝える-その4

2412号より続く

家族の意見

 「がん」との病名を本人に伝えることに反対する患者家族は多いが,これは日本に限った現象ではない。家族は,患者が真実に耐えられないと思うのである。このような家族の意見も大切だが,本人の意見が優先されるべきである。家族の反対は,患者より先に主治医が家族に診療情報を伝えることによって引き起こされる。病気や病状に関する情報は診療によってまず医師が把握するものであるが,いずれの診療情報も患者本人に帰属するもので,他の誰にも帰属しない。たとえ家族に対してであっても,本人の了承なしに他の人に漏らすことは医師の守秘義務に反するのである。
 家族よりも先に患者本人に病名を知らせた時,家族から苦情が寄せられることがある。多くの場合,この苦情は伝えた主治医ではなく看護婦に寄せられる。家族の意見も大切であるが,本人の意思が優先されるべきである。家族のこのような苦情には,診療情報の扱い方の基本を説明して理解を求める。患者が心の衝撃から回復して積極的に闘病する姿に接した家族は,苦情を寄せたのは間違いであったと気づいてくれることになる。


図 緩和ケアの家 Robert G Twycrossによる
(『誰でもできる緩和医療』,医学書院,2000から引用)

患者の人間性の受け入れと人間としての真価の是認が土台となり,対応の柔軟性,患者に対する尊敬の念,創作的活動の維持,施設の美しさなどが加わって緩和ケアの全体像が完成する

知る権利と権利の放棄

 英国の緩和医療医Peter Kaye氏は,がん患者が真実を知りたい理由を次のように要約しているが,これには私も同感である。
●半信半疑でいたくないから
●将来のことを話し合い将来計画を立て直したいから
●未解決な心の問題を解決しておきたいから
●心を開いたコミュニケーションを維持したいから
●死の準備をしたいから
 これらの理由を背景に患者は知る権利を行使したいのである。知りたくない権利という言葉が使われているが,「すべての人々が知る権利を持ち,その権利を放棄することがある」と理解しておくほうがよいと私は考えている。診断を受けている患者の多くが,知りたい気持ちと知りたくない気持ちとの間を行きつ戻りつしていると考えておくべきである。
 初診時にアンケート調査を1回行ない,知りたいのか知りたくないのかを質問しても,患者が回答通りの心情をいつまでも維持するとは限らない。大切なことを伝える時には,その都度「あなたに説明しますが,よろしいでしょうか」と,患者本人に問いかけるべきである。

真実を伝えた医師の責務

 辛い情報を伝えたからには,医師には一定の責務が生まれる。情報を伝え続けることと患者を最後まで支援するという責務である。
 患者に悪い知らせ(bad news)を伝えた時こそ,その後に発生するさまざまな出来事についての情報を伝えるとともに,患者の気持ちを受け止め,患者の言葉に耳を傾けることが重要である。
 患者を支援する方法は,緩和ケア(palliative care;「緩和医療」とも呼ばれている)から学ぶことができる。緩和ケアは,患者と家族にとってできる限り良好なQOLの実現を目的としており,予後不良の患者だけに必要な医療ではなく,すべてのがん患者のみならず他の慢性疾患で苦しんでいる患者にも必要な医療である。
 WHOの報告書は,緩和ケアは次のことを行なうと述べている。すなわち,生きることを尊重し,誰にも例外なく訪れることとして死にゆく過程にも敬意を払いつつ,緩和ケアは実践される。痛みと痛み以外の身体的諸症状のコントロール,心理面や社会面,スピリチュアルな面のケアを行ない,家族を襲う苦悩についても解決を支援する。このような目的を持つ緩和ケアは,がんと伝えられた患者の心の衝撃からの回復を助ける多くの実践的ノウハウを持っている。
 緩和ケアは,近年の科学一辺倒の医療に人間性を回復させながら発展してきた。そして臓器に発生する病変という部分を診るのではなく,精神的,社会的,文化的存在である患者の全体像をとらえることに主眼を置いている。いわゆる身体的痛み,精神的痛み,社会的痛み,スピリチュアルな痛みからなるトータルペインを和らげるのである。

がんのイメージチェンジのためにも

 がんであることを患者本人に伝えなければ,真実がすべて闇に包まれ,がんのイメージをいっそう悪いものにしてしまう。こうしたことががんの治療後5年生存率が50%以上に向上し,治癒に至ったがん患者が飛躍的に増加している事実を社会の人々が実感するのを妨げている。がんが治癒したことが,がん以外の病気が治癒したことに置き換えられてしまうからである。そのうえ,がん患者が死亡すると,初めてがんであったと公表される。このような状況が,「がんは死の病い」とのイメージを強め,がんに対する恐怖心を助長させ,患者が真実を知る権利を行使したくないと思ってしまう悪循環を引き起こしているのだと考えている。