医学界新聞

 

印象記

国際自律神経科学学会千年紀会議

桑木共之(千葉大学・第2生理学)


静かな熱気ただようミレニアム会議

はじめに

 国際自律神経科学学会は5年前に旗揚げされた若い学会で,1997年に第1回会議がオーストラリアのケアンズで行なわれ,今回は2回目の会議ということになる。
 国際自律神経研究会という,もっと歴史の古い類似の学会もあるのだが,こちらは臨床医学が中心で,本学会は基礎研究が中心という相補的役割を果たしている。今回は,ロンドンのロイヤルフリーユニバーシティカレッジのG.Burnstock氏を会長に,2000年7月17-21日の5日間,ロンドン中心部にあるビジネスデザインセンターを会場として行なわれた。
 会議の名前もミレニアム会議だが,ミレニアム記念ということでロンドン市内には展示場や大観覧車などが新設されており,観光客がヨーロッパを中心に世界中から集まっていて,市内はどこでもお祭り騒ぎのような喧噪だった。朝早くから観光客やビジネスマンでごった返す地下鉄を乗り継いで,デザインセンターという名に恥じない小綺麗な会場に到着すると,数千人は収容できると思われる建物の一角に400-500人程度が集う小規模な学会で,静かな熱気という形容がぴったりする会議だった。
 本会議の前後には7つのサテライトシンポジウムが開催されたが,私はその1つの「中枢神経系による循環調節の新たな展望」という会議にも参加した。こちらは本会議の会長も所属している大学医学部の講堂で行なわれた。60-80人程度の参加者だったが,論文や他の国際会議で,常日頃からお見かけしたりお会いしたりしている常連の集いである。目新しさには乏しいものの,家庭的で和やかな雰囲気の中で,お互いの着実な発展を発表するという会議であった。
 以下に,参加した2つの会議を通じて印象に残った発表内容を紹介したい。

自律神経系の発生

 遺伝子工学の手法を用いた発生学の発展のおかげで,自律神経系の発生と分化のメカニズムについても分子レベルで多くのことが知られるようになってきた。発生制御に関わる遺伝子は1つで多くの組織の発生を調節する場合が多く,また,遺伝子を中心に語られることが多いが,自律神経系という視点を中心に現状をまとめ直すタイムリーなシンポジウムがあった。
 英国医学研究所のV.Pachnis氏は腸管神経叢の発生(生存,増殖,分化,移動)におけるreceptor tyrosine kinase(RET)とそのリガンドであるglial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF)とneurturin(NTN)の役割について概説し,RETのサブタイプ(RET51とRET9)別の機能に関する研究を紹介した。
 メルボルン大学のH.M.Young氏は特に細胞移動について解説した。成体における腸管神経は,その上部は迷走神経に,下部は仙髄の副交感神経によって支配されており,腸管神経叢の神経細胞とグリア細胞もこれら2か所の神経堤細胞に由来する。しかし,これらの細胞の移動は決して対称的ではなく,まず迷走神経由来の神経堤細胞が腸管上部から下部に向かって移動し,盲腸で一旦停止した後,再び大腸下部に向かって移動する。そうして腸管全体にわたって迷走神経由来の細胞が分布しおわった後に,仙髄部由来の神経堤細胞が移動してくる。これらの細胞移動にはGDNFが誘因物質として働いている。
 フェッサル神経生物学研究所(フランス)のJ.Champagnat氏は,下部脳幹の呼吸神経の発生について解説した。発生の一時期(ヒトでは受精後2週-1か月)のみに将来の脳幹部に出現するロンボメア構造は,Hox,Krox-20,kreislerなどの転写因子の働きによって形成されるが,これらの一過性に働く遺伝子群が後の呼吸ニューロンネットワークの形成に不可欠であることを遺伝子操作マウスを用いた実験から示した。
 ニューヨーク州立大のP.M.Gootman氏は主にブタを用いた実験から,循環調節神経系の生後発達を報告した。循環調節の生後発達は種によって大きく異なることが知られているが(一般に草食動物のほうが肉食動物より速く発達する),同種の動物でも反射の種類によって発達速度が異なっていた。すなわち,肺化学反射>動脈圧受容器反射≒動脈化学受容器反射>冠循環化学反射,の順に速く成熟した。また,生後の一時期,出血や低酸素などのストレスに特に弱い期間が存在した。

循環器調節機構関連の遺伝子研究の糸口

 Gootman氏の発表は特に私の興味を引いた。なぜなら私たちは最近,マウスを用いて循環調節神経系の生後発達を調べる方法を開発中だからである。
 今回のサテライトシンポジウムでもその内容の1部を発表したが,マウスで調べる技術の開発は遺伝子操作マウスへの応用によって,その関連遺伝子を調べることができるという利点を持っている。腸管神経と呼吸神経の発生に関連した遺伝子が同定されつつあるのに対して循環調節神経の発生に関連した遺伝子に関しては研究が進んでいない理由の1つには,生理機能を調べる適切な方法が存在しなかったことが関連している。
 マウスを用いて得られた結果は,Gootman氏が言うように種差の問題からヒトにはすぐに当てはまらないかもしれないが,現象の背景にある遺伝子の探索は,前3者の報告にも見られるように研究の大きな進展をもたらす可能性があると考えている。

格調の高い講演,発表の数々

神経伝達(修飾)物質

 ロンドン大学のS.Moncada氏とファイザー研究所のA.M.Naylor氏は,一酸化窒素(NO)の自律神経伝達物質としての役割について述べた。それまで非アドレナリン・非コリン性と分類されていた神経の多くが,NO性であることが明らかになっている。すなわち,ある種の血管拡張,腸管の蠕動,括約筋の弛緩,胃の受け入れ弛緩,気管の弛緩,膀胱の弛緩,陰茎勃起などである。
 これらの知見はそれほど目新しいものではないが,NOが内皮細胞依存性血管弛緩物質の本体であることを証明しながら,惜しくも98年のノーベル賞を逃したMoncada氏と,一頃話題であった勃起不全改善薬を開発したファイザーのNaylor氏の話は,ともに自信に裏打ちされた格調の高いものだった。
 静岡大学のY.Hosoda氏は,結腸におけるイオン輸送の調節に組織アンギオテンシン系が関与していることを,生理・薬理学,組織学,分子生物学の手法を駆使して多面的に示した。
 その他,Kチャンネル,プリン,GABA,グルタミン酸,カルシウムなど,およそ考えられるほとんどの神経伝達(修飾)物質に関する講演,ポスター発表があった。
 しかし残念なことに,ポスター会場の1部は講演会場の中2階にあり,講演中は部屋の明かりを落とされてしまって,興味の湧いたポスターに関して発表者と納得するまで十分議論を続けられる環境ではなかった。参加人数の規模から言って講演とポスターを完全に分離する必要はないと判断したのであろうが,私のポスターもまさにこの場所に割り当てられており,会の運営には多少の不満が残った。

中枢神経系による循環調節の新たな展望

 このシンポジウムは私の専門分野の内容なので,どの発表も日々の研究に直接参考になる印象深いものだったが,あえて1つだけ講演内容を紹介する。
 バーミンガム大学のT.A.Lovick氏は従来から中脳灰白質による循環調節を研究しているが,ここに存在する興奮性ニューロンの過活動ないしはこれを抑制する介在ニューロンの活動低下がパニック(不安)発作の原因との仮説をたてて検証を始めた。パニック発作は血圧上昇,頻脈と過呼吸を伴うが,中脳灰白質背側核にビキュキュリンを投与してGABAの作用を阻害すると同様の反応が起こることから,GABAニューロンが普段から発作を抑制していると考えられた。パニック発作は19-30歳の女性に多く,しかも月経周期の後半に多い。この時期はプロジェステロンの多い時期なので,ステロイドと何らかの関連がありそうである。ニューロステロイドはGABA-A受容体のアロステリック活性化物質であることも知られている。実際,水溶性のステロイド類縁物質を投与すると,中脳灰白質背側核ニューロンの活動が抑制され,中脳灰白質刺激による循環反応も抑制される。これと関連して,ミズーリ大学のC.Heesch氏は,妊娠中に動脈圧受容器反射が低圧側にシフトするのは,プロジェステロンの代謝産物がGABA受容体の量を増やすとともにこれを活性化するためという説を提唱した。
 これら2者の発表に共通しているのは,GABA系のニューロステロイドによる修飾ということだが,もっと広く言えば,妊娠や月経周期といった生理的な内部環境の変化に応じて,循環調節を担う基本神経系がどのように再調整を受けるか,という主題に関連したものであり,循環調節研究の今後の進むべき道の1つを鮮やかに示したものと考える。
 なお,Lovick氏は成果の期待できるテーマ,研究費,設備に恵まれていながら,研究を実行する研究員が不足しているので,意欲のある若い研究者にぜひ来てもらいたい,と発表の最後で募集していた。興味のある方は連絡してみるとよいだろう。
 おわりに,本学会参加費用を援助していただいた金原一郎記念医学医療振興財団の皆様に改めてお礼申し上げる。