医学界新聞

 

原点から「がん研究」を点検するために

第59回日本癌学会が開催される


 さる10月4-6日の3日間,第59回日本癌学会が,黒木登志夫会長(昭和大教授)のもと,横浜市のパシフィコ横浜を会場に開催された。
 「原点から21世紀のがん研究を展望する」をメインテーマに行なわれた今学会では,「ゲノム」「難治性がん」「がん予防」など,いずれも21世紀のがん研究とがん対策の基本となる問題を重要視したプログラムを企画。レクチャーシリーズは,21世紀を展望すべく「ゲノム」「アポトーシス」「シグナル伝達」「化学療法」「コンピュータシミュレーション」など18テーマを,また,原点からがん研究を点検することを意図した「パネルディスカッション・原点」は,(1)化学発がんの新世紀,(2)がんウイルスの再評価,(3)難治性がん;What,Why,How,(4)化学療法に求められるもの,(5)遺伝子治療の将来,(6)がんを予防するために,の6テーマ。さらにシンポジウムは,ヨーロッパ癌学会との共催による「がんの免疫的細胞治療」「分子疫学」など18テーマが行なわれた。
 なお,今回の演題募集・連絡等にはインターネットやEメールが活用され,これらによる応募が99.75%あり,今後の学会企画や運営に有用な手段となることを予測させた。本号では,パネルディスカッションより「がんウイルスの再評価」の概要を報告する。


●がんウイルス研究の進むべき道を探る

 「がんウイルスは今,ヒトがんの重要な病因として再評価されているが,がんウイルス研究者は,ともすると遺伝子解析にのみ目を向けがちである。ヒトがんにおけるがんウイルスの役割とメカニズムを明らかにするためには,疫学から分子生物学までの幅広い研究が求められている」として企画されたパネルディスカッション「がんウイルスの再評価」(座長=萬有製薬 吉田光昭氏,京大ウイルス研 下遠野邦忠氏)では,がんウイルス研究の進むべき道を探るべく,広い立場からの討論が行なわれた。

肝癌と肝炎ウイルスとの関係

 座長の吉田氏は,基調講演として「がんウイルス研究の役割は終わったか」と題し,病原体ウイルスの「複製機構」および「病因論」の2側面からの歴史を振り返った。「複製機構」では,1970年の逆転写酵素に始まり,DNA複製・転写制御から,DNA操作技術・遺伝子治療に引き継がれてきた流れを概説。一方,「病因論」では遺伝子異常および1986年のがん抑制遺伝子の発見から,がんの統一的理解として「がん遺伝子異常によって起こる細胞増殖が悪性腫瘍を引き起こすことが知られるようになった」とし,ヒトからヒトへと感染するがんウイルスが存在すること,またがんウイルスは簡単に多段階の遺伝子変化を行ない,がん化する過程を概説した。
 小俣政男氏(東大)は,「肝炎ウイルスによるがん発生と臨床」を口演。C型肝炎ウイルス(HCV),B型肝炎ウイルス(HBV)と肝癌の関係について考察し,肝癌患者の83%がHCV,11%がHBVの保有者であったこと,初期肝硬変から肝癌になりやすいことをあらためて報告した。
 小池克郎氏(癌研)は,「細胞傷害と肝発がん」と題し,「HBVには細胞傷害性がないと考えられていたが,X遺伝子の細胞傷害性が指摘されるようになり,ミトコンドリア機能の傷害から細胞死を誘起される」ことを明らかとし,「遺伝子変異などのがん環境要因によって少数の細胞が生き残り,発がんに至る」との考えを示した。

民族疫学の視点からウイルス研究の果たした役割まで

 田島和雄氏(愛知がんセンター)は,民族疫学の立場から「ヒト腫瘍ウイルスの疫学と今後の課題」を口演。「ヒト腫瘍ウイルスは世界に拡散している。関連腫瘍は地球上で特異的な地理分布,疫学的特性を示している」とした上で,「その予防対策は各ウイルスの疫学的特性により戦術が異なり,それぞれの対応策が必要」と述べた。
 また,新興ヒト腫瘍ウイルスの出現,および地球温暖化に伴う関連感染症の流行変動への監視が重要であるとし,HBVなどの各腫瘍ウイルスの疫学的特徴を,世界の好発地域,好発民族,感染経路などから比較するとともに,日本人における関連がんの疫学的特徴も比較。子宮頚癌には喫煙が大きく関与することを明らかとした。
 一方,ヒト腫瘍ウイルスに対する疫学研究の方向性として,(1)新興ウイルス,関連疾患のモニタリング,(2)動物の腫瘍ウイルスとの比較検討,(3)流行様相に関する巨視的,微視的観察の継続,(4)ウイルスの感染機序に即した予防対策の策定,(5)特異的発がんに関連した環境・宿主要因の探索,をあげた。
 豊島久真男氏(住友病院)は,「腫瘍ウイルス研究の果たした役割と今後の課題」を口演。「ウイルス感染は予防できるものであり,より解析を進めなければならない」と述べ,発がん物質として,喫煙,焼け焦げ,カビの生えたもの,塩の摂りすぎ,過度の紫外線の他,HBV,HCVをはじめとするウイルス感染および細菌感染としてヘリコバクターピロリをあげた。また,今後の解決すべき問題としては,未解明の腫瘍ウイルスの追究や,遺伝子治療や遺伝子導入研究における限界の突破,等をあげた。
 伊藤嘉明氏(京大ウイルス研)は,「DNA腫瘍ウイルスのがん研究に果たした役割」と題し,アデノウイルス,ポリオーマウイルスなどのDNA腫瘍ウイルス発がん蛋白質と細胞側ターゲットであるp53,pRB等のがん抑制遺伝子との関与や,がん抑制遺伝子の増幅,欠失が引き起こす影響を概説。今後のウイルス学については,「日本の研究レベルは確実に上昇した。日本から発信できる成果を示すためには,ボトムから掘り起こす研究を推奨し,支援する体制を確保することが重要」と指摘した。
 最後に下遠野氏は,がんによる死亡者27万5000人(1995年)のうち,ウイルス感染に関連する犠牲者は肝癌の11%,胃癌の1.25%など,13.2%(3万6000人)にのぼると発表。また,ウイルス感染が標的細胞の増加を促しがん化すること,肝癌の3年再発率では炎症が高いと再発率が上昇すること,などを報告した。
 なお,総合討論では「ヒト細胞レベルでの研究」や「研究費用」が問題となり,国家レベルでの研究の必要性が指摘された。