医学界新聞

 

【インタビュー】医療過誤防止に何が必要なのか?

嶋森好子氏(日本看護協会常任理事)に聞く


業務は増えても人員は増えず

―― 医療過誤防止には国家的対策が必要だと言われています。行政にどのような対応を望まれますか?
嶋森 日本看護協会(以下,看護協会)は,重大な医療事故が増え始めた昨年4月に「看護職員等マンパワーの適正配置」,「卒後研修の制度化」,「24時間継続したチーム医療体制」,「業務範囲の明確化」の4つからなる「緊急提言」を出しています。
 このうち,看護協会が最も強く要望するのはマンパワーの適正配置です。日本では,患者1人あたりの看護職員数が諸外国に比べ非常に少なく,特に夜間は患者14-23人を1人の看護婦が受け持っています。諸外国では豪州3-10人,英国4.5-9人,米国〔循環器病棟〕4.4-5人,韓国11-17人(1997年の厚生科学研究による)という状況です。それでも何とかやってこれたのは,在院日数が諸外国より長かったことが理由でしょう。しかし,最近では高機能病院や地域の中核病院では在院日数が2週間を切る病院も多くなり,看護婦がミスを起こす状況が生じてきているのです。
 ここ数年,「看護必要度」の調査が行なわれていますが,それによると入院日には看護婦が患者さんにかかわる時間が長くなっています。在院日数の短縮により,1か月あたりの入・退院数は増えますので,業務量は増大します。正確な調査結果はないのですが,その傾向は認められますし,現場の実感でもあります。誤薬事故の発生件数が入院初日に最も多いという調査結果から考えても,在院日数が短くなるということは,病棟で事故発生のリスクが高い状況が続くことを意味します。
 ですから,重篤な患者が多く,昼夜を問わずに治療が継続される急性期病床においては,夜間でも患者10人に対して1人は看護職員を配置できるように,1.5対1の配置基準を設けるよう提言しています。
 もちろん,高機能病院から長期療養型まで病院もさまざまで,在院日数も異なります。同じ在院日数でも眼科や産婦人科のように比較的看護必要度の低い現場もあると思います。そこで,「看護必要度」を加味して,診療報酬上の評価を行なう必要があります。これは,次回の改定でぜひ導入していただきたいと思っています。

卒後研修の制度化

嶋森 次に卒後研修の制度化です。背景には,かつては2か月ほどで夜勤に入っていた新人看護婦が,現在は3-6か月を要しないと独り立ちできなくなっているという状況が指摘されています。治療やケアが複雑化していて,1人では任せられない。昼間でも,3か月くらいはプリセプターがぴったりついていますし,夜も一緒に夜勤に入って教育するという制度が現場ではとられています。
 ところが,ある病院の調査では,5月から6月にかけて新人以外の看護婦の事故が増えているという結果が出ています。かつては新人による事故が多かったのですが,現在は教育する先輩看護婦の忙しさが増し,事故を引き起こしていると考えられます。事故防止の観点からも,すでに現場で行なわれている研修を制度的に位置づけ,現場を支援しなければなりません。今後,現場での研修の実態調査を行ない,具体的な制度改革案を示していきたいと思います。

本来のチーム医療への脱皮

―― 医療過誤防止のためには「チーム医療」の徹底が不可欠と言われています。
嶋森 日本の多くの病院では,医師の指示が看護婦を介して薬剤師,検査技師,栄養士等のところに伝わり,その結果が看護婦に戻ってきて,患者さんに提供されるという流れになっています。しかし,これは本来の「チーム医療」とは言えません。
 例えば注射をするのは看護婦であっても,それを準備してベッドサイドまで届けるのは薬剤師の仕事,採血も本来は検査技師がすべきです。済生会向島病院では,数年前から検査技師が病棟や外来に出向き採血をしています。検査技師長は,検査の精度をあげるためには,採血から自分たちがかかわり管理することが必要,と公言しています。
 こうした業務の流れ・分担を作ることで,事故のリスクは下がってきます。検査技師が直接採血することで,抗凝固剤は何を入れるか,採血の量はどれくらいが適当か,採血した後の検体を室温で放置してよいのかということを的確に判断できます。また,患者さんの様子を見て,浮腫が多い,脱水しているとわかれば,その検査結果に妥当性があるかどうかの判断もつきます。
 看護婦が点滴等の準備をする時には,その多くが処置室の片隅で,仕事の合間に行なわれますし,専門外のことですから,質の確保が十分でない場合もあります。検査内容も非常に増えていますし,看護婦がすべてを理解しておくのは大変なことです。看護ケアのほうを重視した結果,精度が確保できないとしたら意味がありません。
 現在は,診療報酬上で評価されないために,薬剤師や検査技師の配置が促進されず,なかなか改善されない状況です。質が向上して事故も減らすという結果が得られるのであれば,ぜひ取り組むべきではないでしょうか。

協会がリスクマネジャーを養成

―― 最後に,リスクマネジャー養成について教えてください。
嶋森 将来的には,病院全体のリスクマネジメントを考えられる人を養成する必要がありますが,当面は,看護部門のリスクマネジメントができる能力を身につけることを目的として,「リスクマネジャー養成研修」を開始します。看護協会員で,原則として婦長職以上で,病院からの推薦を受けた人を対象に,今年は12月に50人を募集し,5日間のコースで研修をします。
 ここでは,看護婦の責任と倫理,医療におけるリスクマネジメントのあり方から法律,訴訟の問題や保険との関連,そして一般企業におけるリスクマネジメントなどの基本的な学習の後,実際の事故事例を用いて分析していきます。病棟婦長レベルの人は,すでにスタッフに事故報告書を書かせたり,一緒に分析したりという経験を持っていますので,基礎的な学習を積んだ上に,改めて分析方法等の学習をすれば,看護部全体のリスクマネジメント能力は身につくと思います。リスクマネジャーの役割には,リスクの把握,分析,対応があって,この対応の中に事故防止対策と事故発生時の対応が入りますが,前者に重点を置きます。
 現在でも,すでにリスクマネジャーを置いている施設はありますが,国立大学病院でも,配置が検討されているようです。
 しかし,この始まったばかりの改革を中途半端なものに終わらせてはいけません。現在,社会の医療不信はかつてないほどに高まっています。だからこそ,この機を逃さずに,医療の提供体制を根本から検討し,見直していかなければならないと考えています。
―― どうもありがとうございました。