医学界新聞

 

ハーバード大のPBLを体験する

平山陽子(東京大学医学部6年)


 今年7-9月の3か月間,ハーバード大学のトーマス・イヌイ教授(外来・予防医学)が東大・文部省特別招聘教授として着任され,東大では氏を中心に医学教育をテーマとする種々の活動が行なわれた。本紙では,その一環として計5回,公開形式で行なわれたPBL(problem-based learning;問題解決型学習)のセッションに参加した平山陽子氏に感想をうかがった。


PBLのセッションに参加して

 PBLとは,「テュートリアル教育」と同様に,7-10人で行なう少人数ディスカッション型の講義です。これまでの「~学」ごとの授業と違い,知識を与えるのが目的ではありません。実際に臨床の場面で出会うさまざまな問題を与えられ,それを解決する中で自分で学んでいく教育方法です。
 今回のセッションでは,イヌイ先生は「臨床疫学」にテーマを絞りました。第1回目に私たちに与えられた課題は,次のようなものです。
 「あなたはボストンの中心地で働く小児科医です。生後1週間のSimonの母親から『子どもを仰向けに寝かせるべきか,腹這いに寝かせるべきか』との相談を受けました。どうやらSIDS(乳幼児突然死症候群)を心配している様子。あなたならどう答えますか?」
 同時に,イギリスで行なわれた大規模なcase-controlled study(症例-対照例比較調査)の論文を事前に渡されます。宿題として,論文の理解に役立つちょっとした課題も与えられます。課題を解いていく中で「バイアス」や「オッズ比」等の基本的な用語をはじめとする臨床疫学の知識をだんだんと身につけていきます。授業の中では,学生が,課題を解く中でぶつかった疑問点や「自分ならこの患者について,さらにこのような情報がほしい」とか,「この患者にこのように説明したい」といったことを出し合って議論します。教官(テューター)の役割は,話すきっかけを与えたり,議論が煮詰まってしまった時に建設的な方向に導くことです。こうして,セッションの中で最終的には与えられた問題(母親に納得のいく説明をすること)に到達します。
 PBLは名前の通り,患者さんの抱える問題から出発しています。ですから,より実践的で,より学生の興味を引く教育方法だと思います。実際の患者さんを想定していますので,単に「臨床疫学」の講義を受けるのに比べ,今回のセッションでは知識を得るだけでなく,その応用方法まで身につけることができました。昨今,「EBM」(evidence based medicine;根拠に基づく医療)ということがよく言われますが,実際にEBMを用いた診療を行なうためには,概念を知るだけでは駄目で,このような教育法が必要なのだと感じました。

学生の側の問題

 こういった授業を受ける際には,渡された論文を読んでおくことと,最低限の知識を得ておくことが大前提となります。実際,私自身予習が十分できずに参加した際には,議論に加わるのが難しかったことを覚えています。学生には十分な予習の時間が与えられていなくてはならず,また学生側も,与えられた予習の時間に自ら学ぶ姿勢がなければ,得るところは少なくなってしまいます。
 また,このような講義では,「自分を表現すること」が要求されます。セッション中に学生が黙ってしまい,イヌイ先生が助け船を出すシーンが多く見られました。今まで受け身の講義や実習が多かった中で,「自分を表現すること」がいかに難しいかを思い知らされました。一方で,このような講義を1年生から続けていくことで,自然にプレゼンテーションや議論を行なう力が身につくのではないかと考えています。

教官の側の問題

 学生が主体となる授業で最も教官に求められることは「待つ姿勢」だと思います。イヌイ先生はじっくりと学生の意見を聞いてくださいました。また,フィードバックの際も「君の考えは間違っている」とか「そんなことも知らないのか」といった評価的なことは1度も口にされませんでした。「ヨウコの発言の中で~の部分はとても大切なことだ」と,どのような意見に対してもよい点を認め,間違った時は「ヨウコが今ああいった答えを出したのは△と○を取り違えたからだ」と,あくまで客観的なコメントをします。「評価」のためではなく,学生の「成長」のためのフィードバックだと思いました。教官のこのような姿勢があってこそ,学生も躊躇なく自分の意見を述べることができるのだと思います。とかく学生を「評価」しがちな日本の先生方にぜひ学んでほしい姿勢だと思いました。また,イヌイ先生は1人ひとりの学生の理解と尊重につとめてくださる,ユーモアのある明るい先生でした。セッション終了時には皆イヌイ先生を好きになっていました。学生と友人のような関係を作ることも優れた教育者の条件だと思います。
 私にとって,医学部の最終学年にこのような機会を得たことはとても幸運でした。日本の医学部にも,イヌイ先生のような教育者が育つことを心から望みます。