医学界新聞

 

なぜ国際保健協力なのか?――フェローシップに参加して

江副 聡(チームリーダー・佐賀医大6年)


 この度,第7回国際保健協力フィールドワーク・フェローシップにチームリーダーとして参加する機会をいただきました。少年時代の一時期を米国,英国で過ごした私は,以来「日本人として,また,1人の人間として国際社会で何ができるか」をテーマとしてきました。大学入学後もそのテーマのもと,日米学生会議やアジア医学生会議を通して国内外の学生と討論し,研修旅行を通して主に途上国の保健医療事情を見聞してきました。そして,学生生活最後の海外研修を幸運にも本フェローシップで締め括ることができました。以下,本研修を通して国際保健について感じたことを紹介させていただきます。

国際保健とは互いに学び合うこと

 「国内にも問題を抱えているのに,どうしてわざわざ海外の問題に首を突っ込むのか?」。この種のコメントは国際協力や海外での活動に従事する人への疑問としてしばしば耳にします。人道主義,先進国としての責任,国際社会における日本の発言力の確保,戦後復興の際に日本が受けた援助の恩返し,自己満足,どの理由もそれぞれにおいて真実を突いていると私は思います。ただ,私が研修を通して新たに実感した「理由」は,「日本の問題を解決する手助けになる」というものです。研修中,フィリピンが抱える保健医療分野の諸問題に接する中で,それらの多くは日本と無縁ではないことに気づかされました。
 例えば,保健省で伺った医療制度改革のレクチャーでは,医療保険制度改革として2004年の皆保険制度構築を目標に保険者の民営化を進める取り組みや,医療提供側の改革として医療機関の質を評価し,診療報酬の包括制への移行を進める取り組み等が紹介されました。日本でも医療制度改革が論議を呼んでいますが,フィリピンでの改革に当たって日本の経験が参考になり得ると同時に,フィリピンの経験を念頭に置き日本の問題を相対化することが,日本の改革の参考にもなり得るのではないでしょうか。他にも,国情柄発達しているプライマリケア教育,日本よりもむしろ緊密な病診連携,地方分権による地方保健セクターの権限増大の功罪等,日本が参考にできることは少なくないと感じました。

国際保健の醍醐味

 さて,以上が日本の立場を意識した理由だとすれば,国際保健の本質的な目標は,1977年にWHO事務局長H.Mahler氏主導で提唱された“Health for All”というスローガンに集約されるのでしょう。今回の研修でお会いした方々は視点や立場,また理由こそ違えども,この目標に向けて地道に努力を重ねておられる方々でした。
 ともすれば華美なイメージを伴う「国際」保健ですが,その基本的な活動手法はPHCを始めとする地道な公衆衛生的アプローチです。今回見学させていただいた活動も,人形劇を用いた健康教育,予防接種の普及,家族計画の推進といった教育や予防活動が主でした。こうした活動は成果が出るまでに往々にして時間がかかりますし,その成果は簡単には目に見えません。人は病気が治ることに感謝することはあっても,病気にならずに済むことに対して感謝することはあまりありません。時間がかかり,見えにくいことに対して感謝する人もそう多くはないでしょう。では,国際保健に従事する上での醍醐味とは何でしょうか?研修中,以下の詩を教わった時,私は膝を打つ思いでした。
 「本当に優れた指導者が仕事をした時は/その仕事が完成した時/人々はこう言うでしょう/われわれ自身がこれをやったのだ,と」
 Yen Yang Chu(1893-1990)によるこの一節は国際保健のめざすところを見事に示しているのではないでしょうか。自分の仕事が人々のものとして定着したまさにその時,功名心や名誉欲を超えた次元で得られる達成感。これが国際保健の醍醐味なのではないでしょうか。フィールドで,オフィスで,あるいは,ごみ山の傍らで活動される方々,その表情に気負いは感じられませんでした。そこには,醍醐味を知る者の生き生きとした境地が反映されていたように思われます。
 本フェローシップではNGOから政府機関,国際機関まで実に系統的なプログラムが提供されており,それぞれの段階で自然に国際保健の醍醐味が窺い知れるよう工夫されていました。また,講師の皆様,同行してくださったコーディネーター,指導専門家の方からは学生の自主性を最大限尊重する教育的配慮が随時感じられました。そこに,国際保健を通じた医療系学生の教育・啓発という本研修の趣旨の一面が表れていたように思われます。
 本研修を通して,個人的に今後の方向性を考える上で,大変貴重な示唆をいただきました。本フェローシップが継続・発展され,今後とも多くの学生が参加されることを切に願っております。
 最後になりましたが,本研修を可能にしてくださった,大谷藤郎先生をはじめとする企画委員会の皆様,紀伊国献三先生をはじめとする笹川記念保健協力財団の皆様,関係協力機関,講師の皆様,指導専門家のスマナ・バルア先生,貴重な経験を共有した参加学生の仲間たち,快く送り出してくださった小泉俊三総合診療部教授をはじめとする佐賀医科大学の皆様,その他関係各位に深い謝意を表して結びとさせていただきます。