医学界新聞

 

〔報告〕

ニュージーランドの医療と病診連携

――「リエゾンGP」の存在

板東 浩(日本プライマリ・ケア学会国際交流委員会,徳島大学・第1内科)


質の高いNZの医療の特徴

はじめに

 プライマリ・ケア(PC)医学をめざす医師は,世界家庭医学会(WONCA)に属している。本年6月にWONCAアジア太平洋地域国際会議がニュージーランド(NZ)で開催された。その際に,NZの医療や,病診連携を担うGeneral Practitioner(GP)である「リエゾンGP」を視察できたので報告する。

WONCA国際会議

 NZ家庭医学会(Royal NZ College of GP,RNZCGP)が主催したWONCA国際会議の今回のテーマは,「新しい世紀に向けての総合診療」。このテーマの下,世界から約800人,本邦から40名以上が参加し,講演やワークショップ,教育セミナーなど,さまざまな企画が行なわれた。なお,2005年5月には日本プライマリ・ケア学会が国際会議を担当する。

パッチ・アダムス氏の講演

 基調講演は,Patch Adams氏による「ケアすることの喜び」。氏は映画「パッチ・アダムス」(ロビン・ウィリアムス主演,1998年,アメリカ)の主人公のモデルとして,ヒューマニティ溢れるケアの実践でよく知られている。筆者は15年前に米国のfamily practice residency programで臨床研修をした。その時,医学校で講演したAdams氏と面談。「人を理解するためには,何時間もかけて話し合うのだ」という氏の言葉は,今でも私の心に刻み込まれている。今回は「人間としてケアをいかに考えるべきか」を私たちに示唆した。

GPコース

 NZの医学教育は6年で,卒業後にはインターンシップ1年とGP養成コース1年が必須である。病院で数年の研修を積んだ後に開業するGPが一般的だ。本邦と比べて,開業時の経済的負担は大きくない。グループ診療が多く,診察室の設備は検眼鏡,血圧計ほどで,必要な検査は病院で実施するからである。

医療施設

 WONCA国際会議が開かれたクライストチャーチ(Christchurch,CC)の人口は35万人で,公立のCC病院,Women's病院,高齢者病院,2つの私立病院がある。他に,GPや専門医の診療所やナーシングホームなどがあるが,GPは250人なので,GP1人が1400人をカバーしていることになる。イギリスと異なり,住民は自由に医師を選択できる。

NZの医療の特徴

 NZの医療を考える時,その健康問題が急性(acute)かどうかがポイントになる。急性な病態はすべて公立病院の救急部(Emergency Room,ER)で対処され,入院費用も含めすべて無料である。急性でないものは,公立・私立病院,診療所などいずれで診療を受けてもよい。
 NZの国民の多くは健康保険に加入していない。国の健康保険はなく,希望者は個人的な保険で私立病院を利用できる。
 患者の医療費は収入に応じて異なる。国民の約35%は所得が少なく,カードを持ち,カードを示せばすべて無料になる。カード保持者は米国のメディケイド対象者と似ているが,NZでは医療の質が高いという点で異なるという。国民の約65%は,収入に応じて1回の診療で15-35NZドルを国が負担する。なお,1NZドルは日本円で約50円である。

医療費の高騰

 NZ国民の税金は,年間収入が3万5000NZドル未満では一律24%,以上では35%である。約15年前から10%の間接税制度が始まり,現在は12.5%となった。
 NZ政府は従来から医療費の多くを負担してきた。しかし,医療予算が高騰してきた最近では薬価を毎年下げたり,同じ成分の薬で薬価が違う場合は安い額で支払ったりしている。これらの政策は市場原理に反しており,選択の幅が狭まりさまざまなリスクを伴う。数年後にはマイナス20-30%の市場になる可能性も危惧されている。

NZ独特の医療制度「リエゾンGP」

GP組織の動向

 GPはgatekeeperの役割を担い,必要な場合に患者を公立病院ERに紹介することが多い。急性でない病態で心臓を精査する場合,心臓病専門医御中と紹介し,数人いるスペシャリストの1人に回されるというシステムがある。患者はカードがあれば無料で,なければ30NZドルを支払う。
 従来,GPは個々に国へ診療報酬を請求し煩雑であった。最近,Independent Provider Associations(IPAs)というGPの共同組織が増加している。IPAsが事務的手続きを代行し,国→IPAs→GPと診療報酬が動く。IPAsは国からグラントを受け,一般大衆への健康保険活動なども行なう。GPには有益な情報が入るので,IPAsに入会するGPが増えつつある。

リエゾンGP

 NZの医療で特徴的な制度が「リエゾンGP」で,RNZCGPからJamison医師を紹介された。彼は自分のオフィスでGPとして診療する他に,GPとCC病院ERの間でリエゾンの役割を担っている。まさに病診連携のキーパーソンだ。その役割は,
(1)CC病院のERや病棟担当医と,GPとの相互のコミュニケーションを取り持つ
(2)患者の希望や相談に応じ,担当のGPに適切な対処を依頼する
(3)非公式にGPと連絡を取りあい,該当患者のマネージメントについて相談する
などである。彼は週に2.5日CC病院のERに勤務し,他の2名のGPとこの役職をシェア(share)している。報酬はGP共同組織から支払われている。
 素晴らしい制度だ,と感じた。Jamison医師と対話していると,頭脳明晰で信頼される人格が伝わってくる。本邦ではこのような職種は実行可能だろうか。読者のご意見を賜りたい。

高齢者の問題

 NZでは本邦と同様,高齢化が大きな社会問題である。高齢者対象のElderly Care Hospitalは急性の問題を扱って入院は数週間以内,その後はナーシングホームに入る。介護の重症度によって
(1)痴呆や身体的にかなりの障害を伴いfull nursingが必要
(2)多少の援助が必要
(3)自立が可能
と3段階に分かれている。この評価はassessment organizing committeeという私立の機構が行ない,経費も支払う。高齢化により現在さらに需要が高まっている。

生活習慣病

 NZで最近多く見られる疾病は,本邦と同じく生活習慣病である。肥満,糖尿病などが増加し,素因も多少関係があるが食生活の変化が主な原因だ。タバコの宣伝は,小さな表示に規制されている。タバコ会社は,健全なスポーツのスポンサーとはなれない。最近はnon-smoking rock concertなども企画されている。アルコール依存症については,欧米ほど多くない。

歯科は自由診療

 歯科医の診療費にはやや問題がある。歯科医師会は従来国の政策に応じず,全額自由診療だ。ただし18歳以下では,国が全額負担する。19歳以上では,すべて自費で自由診療である。NZでは金歯は稀で,通常白色の歯とする。美容的に高品質な歯は900NZドル,単にアマルガムで充填するのは60-100NZドルほどという。

おわりに

NZの医療で特徴的なものは,
(1)急性はすべて無料
(2)収入に応じて国が負担
(3)リエゾンGPという職種
であった。本稿が本邦の総合診療の発展に少しでも参考になれば幸いである。

・著者連絡先
http://www3.ocn.ne.jp/~biomusic/


クライストチャーチ病院救急部でリエゾンGPを務めるJamison医師(上),ER受付の様子(下)