医学界新聞

 

〔インタビュー〕

臨床教育の現状と今後-マニュアル化を超えて

倉本 秋氏(高知医科大学教授・総合診療部)


 現在,医学教育界はカリキュラム改革の大きな流れの真っ只中にあり,全国の約半数の医科大学が今年中にはOSCE(客観的臨床技能評価試験)を実施するとも言われている。臨床教育の強化へ向けて大きく舵がとられつつある状況だが,その一方で,「学生たちがOSCE対策からマニュアル化された学習に走り,本当の意味での患者に接する態度,コミュニケーション能力や臨床技能が身についていないのではないか」と懸念する声も一部関係者から寄せられている。
 そこで本紙では,医学教育指導者の養成を目的とする「医学教育者のためのワークショップ」(通称:富士研ワークショップ)などでタスクフォースを務め,指導者養成にあたると同時に,高知医大でカリキュラム改革に取り組み,効果的な臨床教育のあり方を追求している倉本秋氏に,動き出したカリキュラム改革の現状と,今後の課題について話をうかがった。


―――OSCE普及の弊害として,対患者関係や診察技法のマニュアル化を心配する向きがあります。
倉本 学生の試験準備を見ていると驚きます。どこから仕入れてきたのか,市販されていない評価者向けのマニュアルまで他大学などから入手していて,徹底的に評価のポイントを押さえようとします。学生たちを見ていると,ある程度の「マニュアル化」は避けられないのだと思います。
 しかし,実はそのこと自体はあまり深刻に問題視する必要はないのではないかとも感じています。むしろ,OSCEが導入されたことにより,医療面接や診察技法の体系的な教育・評価がようやく行なわれつつあるという,プラス面のほうがはるかに大きいのです。

OSCEがマニュアル化の元凶ではない

倉本 私は学生たちによくこのような話をします。
 患者さんが「こんなふうに痛かった」と訴えた時には,たとえ自分がそう思わなかったとしても「それは大変ですね」と言ってほしいと。患者さんに接して,それを繰り返すうちに自然にそう思えるようになってくるからと……。
 初めは「形」だけでも,それがきっかけになって中身が成熟すればよいのです。態度や習慣は「受け入れること」が「内面化」の第1歩ですから。
 また,誤解してはならないのは,OSCEが臨床教育をマニュアル化させているのではないということです。私の考えでは,問題はむしろ,コミュニケーションにしても身体診察にしても,その教育が突然,臨床実習前の4-5年次に始まり,OSCEで評価されてしまうという教育の流れにあります。1-2年次からの積み重ねがまったくなく,4-5年次になって突然「コミュニケーションが大事だ」と言われても,パターン化して覚えるしかありません。学生がマニュアル的な学習に走るのも無理はないのです。

段階的なコミュニケーションの教育が必要

倉本 コミュニケーションや医療面接の技法などは,1-2年次の時からもっと教育し,4年次になった時点でじっくり身体診察を教え,最後にOSCEをする。そのような臨床教育の流れがあれば,マニュアルと首っ引きという状況は自然となくなっていくような気がします。マニュアル化は,コミュニケーションや医療面接,身体診察のトレーニングが,6年間のカリキュラムの中でごくわずかな部分しか占めていないことから起きている弊害とも言えるのではないでしょうか。

高知医大での取り組み

―――具体的にはどのような改革を考えているのですか?
倉本 高知医大ではまだ始まったばかりですが,いわゆるearly medical exposure(早い時期から臨床的な経験をさせる教育;以下EME)を1-2年次に各学年36時間ずつ確保しました。この機会を通じて,1年次からコミュニケーションの学習を積み重ねます。1年次に行なったコミュニケーション学習の例をあげますと,例えば,レジのおもちゃを活用して,1人の学生は「お店のご主人」の役を,もう1人の学生にはお客さんの役をやらせます。
 「これ,ください」
 「おいくらになりますか?」
 「ありがとうございます」
 こんなありふれたやりとり(これがなかなか学生にはできないのですが)の中から,「お店の人に『ありがとう』と言われたら気持ちがいいでしょう。ということは,買物をした自分も『ありがとう』と言って帰ったら,お店の人が気持ちがいいんじゃないか」というようなことから始め,「それが結局,あなたたちが6年間学んでいくコミュニケーションの基本なんですよ。別に医療の中だけにコミュニケーションがあるわけではないのですよ」という,ごく初歩的なことから学んでいきます。
 また,EMEではプレゼンテーションの訓練も行ないます。例えば,小グループによるOHPやスライドを用いたプレゼンテーションをさせて,その技法を教えます。「人の目を見て話しなさい。黒板のほうばかり向いている先生がいるだろうけど,まねしてはだめだよ」と(笑)。
 また,心理学や医療倫理の観点などからも,多角的に患者さんとの関係を考えていけるように内容を練っています。
 ところで,今の医学生の何割くらいが新聞を読んでいるかご存じですか? 実は,新聞をとっている学生なんて1割もいないのです。
 しかし,患者さんの中には,その日の新聞を読んで病院に来る方がかなりいます。「この記事の症状は私に似ているけれども,私はこの病気でしょうか」と。「そんな時,新聞を読んでいなくて,患者さんと話ができると思いますか? 患者さんが生活している世の中のさまざまなことに,いつも関心を払っていることが大切です」というような話もして,1年次の段階からいろいろな形で,医療者の持つべき姿勢や態度,コミュニケーションにおける基本を学ばせます。
 2年次ではロールプレイなどを用いて,初めて「メディカル・インタビュー」に挑戦させ,さらに3-4年次にはそれを応用した訓練を行ない,段階的なコミュニケーション学習の流れを作れば,心配されているような「医師-患者関係のマニュアル化」のようなことは怖がらなくてもよいのではないかと感じています。

医科大学の責任

―――なるほど。学生がOSCE対策でマニュアルに頼らざるを得ないのは,基礎学年で十分な教育を受けていないからだという指摘はもっともだと感じました。今まで軽視されてきたコミュニケーションや態度の教育は,今後は重視されるようになるのでしょうか。
倉本 そう思います。教員の中には「医学部は学問を教えるところであって,態度教育なんて必要はない」というお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし,入学試験の段階で,態度教育が必要ないほど立派な態度を身につけている学生だけを選抜するのは事実上不可能です。そのような現実がある以上,患者さんと良好な関係を築くために必要なコミュニケーションや態度を教育しなければなりません。これは医科大学が社会に対して負っている責任ではないでしょうか。
―――ありがとうございました。