医学界新聞

 

ボストンに見る米国の医学,看護学,ならびに医療事情の激しい動き

《短期集中連載》全7回を終えて

インタビュー 日野原重明氏(聖路加看護大学名誉学長)に聞く


 好評を博している「短期集中連載:ボストンに見る米国の医学,看護学,ならびに医療事情の激しい動き〔全7回〕」が,今号をもって最終回を迎える。
 日野原氏はこの連載を開始するに当たって,「米国の教育,研究,医療,看護のトップに立っている専門家と話すと,現在の米国において何が問題となっているのか,そしてそれが将来どのように変貌をとげていくのであろうかということがよく洞察できる。米国の医学や看護のトップにある人たちの考えは,日本より10年くらい先をいっているので,これから先の10年の見通しがつき,それは日本の現状より20年先のことになり,私が日本に帰ってからの長期の将来計画を立てるのに非常に参考になる」と述べている。またさらには,「“日本の医療は,教育は,研究はどこから来,今どうあり,将来どうなっていくのか”という言葉を日本の医療者,研究者,教育者に向かって投げかけたい気持ちを私は強く持っている。よい医療,進んだ医学を創り出すよい人材を探し,その人材にその種が育つよい畠を提供することが,現在わが国に最も要望されていることである。すなわち教育への投資こそは,日本の将来に最も重要な課題ではないかと思う」と強調して,今回の最終回を結んでいる。
 そこで本号では,連載を終えた日野原氏に感想とご意見をおうかがいした。


マネジドケアがもたらしたもの

――「短期集中連載」をご寄稿いただきましてありがとうございます。お蔭さまを持ちまして今回最終回「ミレニアムをまたいだ帰国の機上で考えたこと」を掲載させていただくことになりました。ところで,今回は前回(2年前)に比較しまして,どのような印象の違いをお持ちでしょうか。
日野原 まず,マネジドケアの行き過ぎが大きな問題を起こしていることですね。これは連載の中にも書きましたが,これに因を発した病院の合併はことごとく失敗したと言っても過言ではないと思います。
 その典型例が,BID(ベス・イスラエル・ディーコネス)メディカルセンターです。ベス・イスラエル病院とディーコネス病院の合併によって1996年にできたBIDメディカルセンターは,合同した両病院の医師やナースが円滑に融合する雰囲気に乏しく,大変な困難に直面しています。特に両病院の麻酔医らが妥協せず,ついにディーコネス病院の麻酔医や有能な循環器専門医がライバルであるところのブリガムウィメンズ病院に転職してしまいました。

米国の医学について

――今回も大変ご高名な先生方にお会いになられていらっしゃいますが。
日野原 そうですね。今回だけでなく,ボストンを訪れる時にはいつもお世話になっているラブキン先生や出雲先生を含めて,「プライマリ・ケアの父」と称されているストックル先生,在宅ホスピスを専門とされているビリング先生,医学決断学のバリー先生,臨床疫学のフレッチャー夫妻など多くの優れた先生方にお会いしました。
 ストックル先生は77歳になられた現在も,プライマリ・ケア外来で医学生やレジデントを指導しながら,ご自身の診察も続けています。ご存知のように,ハーバード大学には10年ほど前から「New Pathway」と呼ばれる教育方法が施行されていますが,その一方では,ストックル先生のように,教師が医学生によいモデルを示す中で共に学ぶ,という体験学習の教育方法が備わっていることも注目すべきでしょう。またストックル先生には「医師-患者関係」に関する著作も多くあり,今秋には,先生の後輩に当たるビリング先生との共著「Clinical encounter」(2nd ed.1999)が,私と福井次矢先生(京大)の監訳で『臨床面接技法-患者との出会いの技(アート)』(医学書院刊)と題して出版されます。
 このビリング先生は,在宅ホスピスに造詣が深く,私が理事長をしている(財)LPC(ライフ・プランニング・センター)国際セミナーの講師に招聘した時,ちょうど先生の著作『進行性癌患者のマネージメント-症状のコントロールと在宅ホスピス』(医学書院刊)が翻訳出版されまして,この医学界新聞の座談会(「在宅ホスピスとは何か?-Dr.Billingsを囲んで」)にも一緒に出席しました。

看護界の動きについて

――その節は大変お世話になりました。ありがとうございます。ところで今回も,米国の看護界の動向を調査なさっておりますが,印象はいかがでしょうか。
日野原 今回の連載でも,MGH関連の大学院MGH Institute of Health Professionのユニークなシステムを紹介しましたが,看護界は先ほど述べたマネジドケアの導入による病院合併の影響をもろに受けていると言ってよいでしょう。
 ことにナース不足は焦眉の急で,「non‐professional personnel」と呼ばれる,患者さんの身の回りの世話をする若い高校出の女子が採用されるようになっています。 ご存知のように,米国は未曾有の好景気の最中にありますが,その結果,看護を志望する女性が次第に減少し,それがこの悪状況にさらに拍車を掛けています。

米国の医学教育について

――Shapiro教育研究センターなどの米国の医学教育を紹介なさっていますが,この点についてはいかがでしょうか。
日野原 先ほどお話に出たラブキン先生が,Shapiro教育研究センターのDistinguished Institute Scholarに就いておられますが,ここでは,最近わが国でも知られるようになった「OSCE(オスキー;Objective Structured Clinical Examination)」,「SP(模擬患者;Standardized Patient)」,また「VP(Virtual Patient)」など,さまざまな工夫が凝らされた医学教育が実践されています。
 また,「患者のための学習センター」が設けられており,患者さんへの懇切丁寧な指導教育が行なわれています。聖路加国際病院も今年の1月から,これに似た「さわやか学習センター」という施設を開設しましたが,患者さんやお見舞いの方に広く利用されています。ハーバード大学については改めて申し上げるまでもありません。今回やまた前回(本紙第2288号,2290-2292号)の連載を参考にしてください。
――最近,この連載にご登場なさっていらっしゃる先生方と再会されたとお聞きしましたが。
日野原 ええ。先頃開かれた「第13回医学教育指導者フォーラム」(7月11-12日;本紙第2399号参照)に,講師として招待されたラブキン先生と,一般出席なさったイヌイ先生にお会いできました。
 また文部省特別招聘教授として,今年の9月まで東京大学におられるイヌイ先生には,ワークショップのファシリテーターとして招待された「第32回日本医学教育学会」(7月26-27日;本紙第2402号に掲載予定)で再びお会いして,ともに旧約を果たすことができました。

わが国の医療界への提言

――最後に,改めてわが国の医療界への提言をお聞かせいただけますか。
日野原 今回の最終回に概ね書きましたが,医学教育への物心両面の投資です。
 まず,医学教育システムの改善・充実ですが,教官数の少なさは致命的と言えましょうし,教育方法や教育内容もさらに検討すべきだと思います。そのためにも,医学界だけでなく,広く有識者や政治家に働きかけることも必要でしょう。
 今お話ししました第32回日本医学教育学会の席上でも特別発言をしましたが,まさに21世紀を迎えようとしている現在,この20世紀を振り返って,われわれは何をなすべきか,あるいは何をなさざるべきか,ということを真剣に考えるべき時が来たのだ深く感じます。
 偶然にも,この連載の最終回が「ミレニアムをまたいだ帰国の機上で考えたこと」となりましたが,われわれは今,21世紀に向けて何をなすべきかということを,衆知を集めて考えるべきだと思います。
――お忙しいところを,どうもありがとうございました。
〔文責:医学界新聞編集室〕