医学界新聞

 

日本クリニカルパス学会
「第1回アメリカ研修会」結果報告

遠山峰輝(メディカルクリエイト)


 昨(1999)年7月に設立された日本クリニカルパス学会(会長=済生会熊本病院長須古博信氏)では,本年2月7-10日の4日間,「第1回アメリカ研修会」を実施した。参加者は,全国各地から医師,看護職を中心に幅広い職種にわたり,総勢40名を超えた。研修先は,アメリカで最もクリニカルパスへの取り組みが進んでいる病院グループの1つであるニューヨーク州の「ノースショア・ロングアイランド・ジューイッシュ・ヘルスケアシステム・グループ」(以下ノースショアグループ)であった。
 プログラム内容は,ノースショアグループの概要説明(見学を含む),同グループの経営手法や品質管理への取り組みに関する講演や討議,ライブ手術,さらには,ケアマップの創始者であるカレン・ザンダー氏(米・Center for Case Management所長)を招いたセッションなど多岐にわたっていた。本研修会は,ノースショアグループを1つの例として,「品質管理ツールとしてのクリニカルパスとそれを多方面から支える組織」という視点からも学ぶべき点が多くあった。本紙ではこの視点を中心に,ザンダー氏が実際に参加者と共同でパスを作成した現場からのラーニングも合わせて報告したい。


ノースショアグループのケアシステム

グループの概要

 まずはじめに,ノースショアグループの概要を説明する。
 ノースショアグループは,ニューヨーク州ロングアイランドをその主要拠点とする大型の病院チェーンである。傘下には,13の病院,2つのナーシングホーム,さらには147の提携クリニックを有している。これらの中核となっているのは,ノースショア大学病院マンハセット校,同じくノースショア大学病院グレンコーブ校,そしてハンティントン病院の3つであり,いずれも今回の視察の対象となった病院である。
 グループ全体のベッド数は4733床,医師7150人,総従業員は2万200人を数える。また,年間の外来患者数は260万人,退院患者数は約20万人と報告されている。ちなみに同グループでの年間出産数は約2万2500件にのぼり,同地域での出産数の約3分の1を占める。
 このようにノースショアグループは,ニューヨーク州ロングアイランド地域で支配的な地位を持つ病院と言えるが,同グループも他の病院グループと同様に,1990年頃から提携・合併を繰り返してその規模を拡大させていった。
 同グループがこのように規模を拡大し,統合的なシステムを構築してきた背景には,もちろんマネジドケアという大きな流れがあったことは言うまでもない。直接的な原因は,グループ化による効率化,さらには,アクセスや市場シェアの拡大による保険者へのパワーの向上などである。実際に,ハンティントン病院は1990年初めに経営的な危機に陥ったが,グループに吸収されることで見事に再生した病院である。しかしながら,同グループがその背景として,「ケアの継続,ケアの質の向上,ベストプラクティスの共有化」を強調していることも忘れてはならない。後述するが,同グループでは,効率化という視点を一歩超え,「グループという強みを活かして,ケアの質をどう向上させるか」を現在の主要課題と位置づけ,その目的を達成するためにいろいろな工夫を行なっている。

クリニカルパスの概要

 次にノースショアグループのクリニカルパスの現状を報告する。グループ全体をみると,パスの利用度,その深さという点からはアメリカでもかなり進んでいると言える。しかしその一方,治療の標準化およびパスの電子化という観点からは課題もまた多いことがみえた。
 ノースショアグループのパスの作成率は100%であり,その利用率は90%。普及,あるいは利用度という面からは,アメリカでも先端を走っているものと考えられる。もちろん日本の現状とはかなりギャップがあり,それぞれのパスの中身をみると,その深さは格段に進んでいる。
 それらは,まず当然のことではあるが「アウトカム志向」であるということ。日々のアウトカムがしっかりと定義されており,その評価を行なう欄が設けられている。また「バリアンス分析」も進んでいる。バリアンスコードがしっかりと設定されており,統計的な分析がいつでもできるような体制になっている。最後に「パッケージ化」が進んでいることがあげられる。パスは,1日1枚というフォーマットに統一され,それらの付属としてバリアンスシート,オーダリングシートが存在する。
 一方で課題もある。第1に「治療の中身の標準化」という点。実際にパスやオーダリングシートの中身をみればわかるが,使用する薬剤や詳細な治療行為などは,完全にそれぞれの医師の裁量に任されている。もちろん,薬剤のフォーミュラリーなどにより,その大枠は決められてはいる。実際に担当者の話を聞いても,日本とは大きく違い,いわゆる提携のボランタリー医師(雇用関係にないということ)が多いため,彼らを多く囲いこむためには,それぞれの医師の自由度を尊重することが必須とのこと。そのためのジレンマが大きいと言う。このような状況を考慮すると,パスを用いた治療の標準化という視点からは,アメリカよりも日本のほうが有利な雇用形態の土壌があると考えることができる。次に電子化であるが,これはまだ模索の段階である。現時点では,「パスを誰でも自由にみることができる」「パスの改善が容易」というのが主たる利用目的となっており,カルテと統合した管理の効率化という目的を達成するには至っていない。

クリニカルパスの位置づけ

 ノースショアグループにおいて,クリニカルパスは品質管理のツールとして位置づけられ,トップ課題の1つとなっている。
 ノースショアグループにおいて,クリニカルパスを組織的に普及し,その実施の担保に責任を持っているのは,グループ横断的なサービス部門の1つである品質管理部(Quality Management/Case Management Division)である。彼らの用意した今回のプログラムもそうであったが,クリニカルパスの議論の前には必ず,品質管理,あるいは品質改善の話がある。ここで,(1)なぜケアの質を向上する必要があるのか,(2)どうケアの質を定義するのか,(3)求められる質のレベルは十分なのかなどが徹底的に議論される。その上で,クリニカルパスに関する議論が始まる。
 つまり,ケアの質の向上を目的に,それを達成するための基本ツールの1つとして,クリニカルパスが明確に位置づけられているのである。同時に,品質管理部門の長が副社長であることからもわかるように,クリニカルパスを基軸とした品質管理を,単なる現場改善という視点を超え,経営レベルでのトップ課題に位置づけている。見方を変えれば,グループが100%近い患者をパスに乗せているということは,パスは,そのグループにとって業務の基幹をなす「コアプロセス」であり,トップ課題として位置づけるのは当然のことと言える。

クリニカルパスを支える組織

 ハイレベルのクリニカルパスを支えているものは,その組織力である。組織構造,運営システム,カルチャーなど多方面に渡る組織要素が,パスのインフラとして作用している。

パスに責任を持つ部門の存在
 これは先にも述べたが,グループ横断的にクリニカルパスを普及させ,実行を担保することに責任を持った「品質管理部門」が存在する。ここのマネジャー格の人材が各病院へ出向いてパスの定着化を行なっていく。彼らは,通常3年間フルタイムでこの業務を行なっている。日本が,興味のある医師や看護職を中心にパス委員会なるものを結成し,通常診療の後,委員会としてのパス活動を行なうのとは,その責任・密度の点において一線を画している。

組織横断的なコミュニケーションを担保するコミッティ(会議体)
 ノースショアグループは,病院間および部門間のコミュニケーションを行なう共同会議体(Joint Conference/Professional Affairs Committee)に非常に力を入れている。この会議体の目的はいくつかあるが,各施設間でのベストプラクティスを共有化し,また理事,医療スタッフ,管理部門のリエゾンを図ることで,ケアの質の向上を組織的に行なうことに重点を置いていることが特長である。実際にある日の共同会議体をみると,急性期病院における品質管理のあり方・パフォーマンス向上施策,さらには患者満足度の向上などが議題として取りあげられていた。理事,医療スタッフ,管理部門が三位一体となって,経営指標という枠を超え,ケアの質そのものに関して討議する場を設けていることは,日本にとって学ぶべき点が多い。

明確な意思決定の仕組み
 クリニカルパスの作成においては,求められるケアの質のレベルや在院日数などを示したガイドラインがトップダウンで設定される。各現場はこのガイドラインに従ってパスを作成することとなる。さらには,現場で作成したパスは,それを正式にパスとして使用するかについて,理事会,社長などのトップマネジメントの決済,承認を必要とする。このように,パスの作成や実施において,その意思決定やコミュニケーションのシステムが確立している。

焦点を絞り込んだリーダーシッププログラム
 トップレベルでの組織や仕組みに加え,それらから定義された課題を1つひとつ解決していくためのプログラムが多く走っている。例えば「床ずれ改善チーム」「帝王切開率削減チーム」「頭痛管理チーム」などである。いずれも課題がかなり詳細にブレークダウンされた結果,目的が明確となり,チームメンバーの意識レベルも高くなり,確実に実行に結びつくものとなっている。

評価システム
 クリニカルパスを中心に据えた品質管理の結果は,しっかりと評価される仕組みが構築されている。パスを使った場合と使わなかった場合で,ケアの質はどのように異なるのか,また最終的なアウトカムは向上しているのかなどが,具体的な数値を用いて評価されている。もちろん,これらの評価項目は完全に確立されたものではなく,改善を続けるものであり,その責任を品質管理部門が負っていることは言うまでもない。多少話が詳細になるが,パスの改善を続けると,最後は聖域である手術室に到達する。
 つまり,これ以上パスを改善,あるいはケアの質を高めようとすると,手術の質の向上が不可欠となる。実際に同グループでは,医師別に,手術時間と感染率の割合,在院日数,コストなどの相関を計測し,医師の評価につなげようとしている。

パフォーマンスカルチャー
 上記のようなハードな組織や仕組みに加え,ソフトな面においてもパフォーマンスをベースとする組織カルチャーが根づいている。また品質管理部門は,グループ全体に対して,一般産業における品質管理の考え方や手法などを発信し続けている。実際に,上記のリーダシッププログラムの1つである「床ずれ改善プログラム」の活動状況を視察したが,ここではチームが一丸となってケアの質の向上に取り組んでおり,品質管理が組織カルチャーとして根づいている状況を垣間みることができた。

クリニカルパスの作成手法

ザンダー氏によるセッションから
 今回の視察ツアープログラムの1つとして,ケアマップの創始者であるザンダー氏によるセッションがあった。ケアマップの概念の説明,一般的な作成手法,バリアンス分析の方法など,その内容は多岐に及んでいたが,その中で大腸癌のケースを例に,ザンダー氏が日本からの参加者数名と一緒にその場でパスを作成するという非常に興味深いセッションがあった。詳細な作成の過程や議論の内容などは省略するが,氏のこのセッションにおけるスキルの本質は,いわゆる一般的な問題解決のナビゲーションであるということを述べておきたい。
 そのセッションは,まず大腸癌での退院時のアウトカムを議論・設定させ,そして,そのためにはいつ何をすべきかを順番に議論させるというものである。ここに,特に医療専門的な要素は必要とされず,目標や問題点を明確にし,それを解決するためにはどうすべきかをタイミングと的を射た質問をぶつけることでナビゲートしていくことが重要なのである。しかしながら日本の現状をみると,病院自体にこのような問題解決をナビゲートできる人材が不足している事実があり,そのこともパスを前進させる上で障害となっていると考えられる。

日本にとっての意味合い

クリニカルパス導入・定着化の鍵
 最後にこれまでの報告のまとめとして,簡単に日本にとっての意味あいを整理しておきたい。
 まずは,パスを病院全体のトップレベルの課題として位置づけ,その目的を明確化することが必要である。パスの位置づけは,近年その重要性が認識され改善されてきたが,いまだトップマネジメントの関与が薄かったり,あるいは小さな委員会活動の1つとして位置づけられている病院も少なくない。また目的に関しては,アメリカと日本の医療環境の違いや,その病院のパス活動の進捗状況などによってそれぞれ異なって構わないが,いずれにせよ,その目的を明確化することが必要である。
 次にパスを支える組織を作り出す必要がある。同グループのパスを支えているものは,その組織力(組織構造のみならず,いろいろな仕組みやカルチャーなども含む)にあることは先に述べた。もちろん,パスを導入する当初は,その時点での組織の枠組みで行なうこととなるが,パスを普及・改善を続けていくためには,それに見合うように組織を変革していく必要がある。
 繰り返しになるが,パスは病院の「コアプロセス」であり,これがうまく回るように組織を変えればよいのである。パスのためだけに組織を変えることに抵抗があるとすれば,それは本末転倒であろう。
 最後には,問題解決型人材が必要ということである。質の高いパスを作成するために必要な能力は,医療としての専門能力と,課題を設定し,それらを事実に基づき解決していく問題解決能力である。この2つは必ずしもセットで提供されるとは限らない。病院内に問題解決リーダーを確保することが重要と言えよう。