医学界新聞

 

「身体拘束ゼロ作戦」の実践

上川病院の試みを検証

協力:上川病院(東京都八王子市,119床)


 本年5月に,丹羽雄哉前厚生大臣は「身体拘束ゼロ作戦」の推進を表明。厚生省はさる6月9日に,「身体拘束ゼロ作戦推進協議会」を発足させた。「抑制廃止」をめぐっては,昨年3月31日付で「介護保険施設等における身体拘束の禁止規定」の厚生省令をはじめ,同年4月20日には日本看護協会が「介護保険施設で身体拘束をしないために」を発表。これらについては,本紙2373号(本年1月29日付)の新春鼎談「抑制廃止と看護-介護保険施設での『縛らない看護』をめざして」に詳しいが,抑制廃止の取り組みが一段と広がりをみせてきている。
 そこで本号では,いち早くこの「縛らない看護」を実践し,昨年9月に『縛らない看護』(医学書院刊)を著すや各方面から問合せが殺到したという上川病院を訪問し,その実践について吉岡充理事長から話をうかがった。なお,「身体拘束ゼロ作戦推進協議会」については,後日吉岡氏のコメントを交えて本紙の中で紹介する。


 上川病院は,「私たちを知ることは患者さんとご家族の権利です。皆さまを知ることは私たちの義務です。穏やかな療養生活は,共通の認識と信頼から生まれます」とのメッセージをパンフレットに表明している。また,(1)患者の人権,(2)個別性の尊重,(3)よりよい療養環境,(4)QOLの実践,を病院理念に掲げる長期療養型病床,老人性痴呆疾患療養病棟(精神科)の施設である。関連施設としては,訪問看護ステーションや介護老人保健施設,抑制廃止研究所を併設するなど,積極的な医療シフトを敷き,(1)起きる,(2)食べる,(3)排泄,(4)清潔,(5)アクティビティの「5つの基本的ケア」のもとに,患者,入所者にとっては画期的といってもよい「縛らない看護」を実践している。

身体拘束ゼロ作戦は寝たきりゼロ作戦の実践編

 上川病院が抑制廃止をはじめたのは,1986年からである。吉岡理事長は,「入院を余儀なくされてしまった高齢痴呆症の患者さんの残された人生はそれほど長くないことも多い。それなのに,抑制をするということはやはりやるべきではないと思いますし,したくはないことです。この素朴なヒューマニズムは,抑制廃止のきっかけとしてはとても大切です。しかし,これだけでは抑制廃止を継続し,広げることはできません。そこには専門性が必要でした。ケアをよくしていけば,縛る必要は少なくなります。このケアの専門性と技術が加わることで抑制の廃止は可能となり,また,上川病院だけのものではなく,どこでもできる普遍的なものになります。この発想が「抑制廃止福岡宣言」(下表,1998年10月に福岡市で開催の「第6回介護療養型医療施設全国研究会」で発表)につながるのですが,日本の高齢者医療を考える大きなきっかけとなったのではないでしょうか」と語る。そして,「それまでの12年間は,孤独な闘いを強いられてきたとも言えますが,福岡宣言からは急速に仲間が増えてきました。世の中が変わってきたなというのが実感です」と感慨深げに続けた。また氏は,「身体拘束ゼロ作戦推進協議会」の委員にも名を連ねるが,「身体拘束ゼロ作戦」については,「これからの高齢者医療にとっての大英断であり,寝たきりゼロ作戦につながるもの」と位置づけている。
 田中とも江総婦長は,「抑制をはずすことによって,患者さんは落ち着きをみせ,問題行動が減少します。このことから患者さんやご家族が満足するようになれば,スタッフの満足度もあがります。ただ,その前にスタッフの意識改革と人手は必要です。不必要な抑制をしている施設がまだ圧倒的に多いのが残念ですね」と語る。
 上川病院では患者がみなが起きている。TVを観る人,一方的に話しこんでいる人,車椅子でうたた寝をしている人,それこそ千差万別であるが,どの顔にもくったくのない明るさがある。その一角では,スタッフが時間にとらわれることなくせがむ患者にリハビリ運動をしている(写真下)。
 「縛らない看護」が実証する,医療のあるべき姿がそこにあった。「身体拘束ゼロ作戦は,寝たきりゼロ作戦の実践」と言う吉岡理事長の言葉は,これからの日本の医療にとって最も重要な鍵となるのではないかと考えさせられた探訪でもあった。

抑制廃止福岡宣言    1998年10月30日
 老人に,自由と誇りと安らぎを
1 縛る,抑制をやめることを決意し,実行する
2 抑制とは何かを考える
3 継続するために,院内を公開する
4 抑制を限りなくゼロに近づける
5 抑制廃止運動を,全国に広げていく