医学界新聞

 

米国内科学会に参加して

板東浩,吉田聡(内科専門医会・国際フェローシップ委員会)


はじめに

 日本内科学会の内科専門医会は,インターネットによる情報発信や,「医療ビッグバンの基礎知識」という今後の医療をまとめた書籍を発行するなど,さまざまな活動を行なってきた。国際的には,米国内科学会とコンタクトを取りながら,国際内科学会の準備なども進めている。
 このたび著者らは,米国内科学会のフェロー資格の授与式に参加し,内科学の方向性を垣間見ることができた。本稿では,その一端を紹介したい。

フィラデルフィア

 フィラデルフィアは米国東海岸にあり,ニューヨークとワシントンの中間に位置する。“The Cradle of the Nation”アメリカ出生の地であり,1790-1800年には首都機能を果たした。美徳,自由,独立(Virtue, Liberty, Independence)のモットーが実現された街で,最もアメリカ人らしい人物とされるベンジャミン・フランクリンはここに生まれたのである。
 街の中心には市庁舎があり,歴史を感じさせる外観はいかにも誇らしげだ。すぐ近くのPennsylvania Convention Centerが,米国内科学会の会場となった。

米国内科学会

 米国では長年にわたり,内科領域には2つの学会があった。
 1915年に設立されたACP(American College of Physicians )と,1956年に設立されたASIM(American Society of Internal Medicine)である。前者は入会などの規制が厳しく,後者はさまざまな保険が完備されているなどの特徴がみられた。1998年に両者は合併し,現在はACP-ASIMと表記される。
 会員は業績や社会活動が認められれば,上級医(フェロー)となることができ,米国では高く評価され権威があるものだ。この資格はFellow of ACP(FACP)と呼ばれる。今回,新FACPの授与式には980名が参加した。70歳以上が22名,最高齢は90歳代,最年少は34歳。米国以外の授与は21名で,うち12名が日本からの参加であった。

内科専門医会とFACP

 一方,日本の内科専門医会は20年以上の歴史があり,現在会員は5000名を超えている。内科一般あるいはsubspecialtyの分野で多くの会員が活躍している。内科専門医はFJSIM(Fellow of Japanese Society of Internal Medicine)と表記される。 米国において本邦のFJSIMの有資格者が国際的な活動を希望し,業績や社会貢献などの必要書類を提出すれば審査を受けられ,FACP資格を取得できるのである。
 筆者の板東は以前にECFMG資格を取得し,米国のレジデンシープログラムで臨床研修していた際にACPに入会し,このたびFACPを取得できた。また,筆者の吉田は,内科のFACPだけでなく,呼吸器(FCCP),アレルギー(FAAAAI,FACAAI)などの国際学会フェローシップ・タイトルも有している。
 現在,内科専門医会の国際フェローシップ委員会委員長として,FACPに関するマネジメントを担当するとともに,2002年に京都で開催される国際内科学会に関して,米国内科学会と連絡を取るなどの業務も行なっている。

学術総会の内容

 2000年の学術集会は4月13-16日にフィラデルフィアで開催された。ロビーにはE-mail Centerが設置され,数万人の参加者が1日中利用していた(写真右)。
 日本内科学会と類似し,総会の内容は内科全域にわたり,総説的で教育的な講演が多かった。今回のテーマは,(1)内科医のためのマネジメント法,(2)診療所の購入と譲渡,(3)メディケアの規則,(4)マネジドケア,(5)2000年に向けて医療制度の変遷,に大別されていた。
 これらの中で,(1)は単なる内科の知識だけでなく,診療の場でいかにエビデンスの情報を得て,どのようなdecision makingで治療するか,という視点で講演が行なわれていた。例えば,院内感染の防止法,診療所における必須な検査のマニュアル,代替療法,予後不良の高齢者のマネージメント,消化器感染症,乳癌,大腸癌,前立腺癌のスクリーニング法,などがみられた。
 (2)-(5)は医療経済に関するものである。(4)のマネジドケアは,いまだ日本ではあまり馴染みのない言葉であるが,「徹底的に合理化された経営医手法により管理された医療」という意味である。前記の「医療ビッグバンの基礎知識」を参考にするとよい。

食事療法と運動療法

 講演の中から,生活習慣に関する報告を紹介する。短時間で軽い程度の散歩は,それが断続的であっても20分間行なうと心臓血管系にプラスの効果があり,女性の冠動脈疾患の増悪が約35%抑制されるという。
 男性4万人,女性7.5万人を8-14年追跡した食事と生活習慣の研究で,果物と野菜の摂取を1日5品までにすると,脳卒中の発症が有意に減少した。
 食事指導について,米国には本邦の食品交換表のような本はなく,1単位80Calというような概念も用いられていない。したがって,食品の品数によって指導しているのが現状である。実際に使われている「食物ピラミッド」をに示す。患者層は多様性に富み,食習慣や食生活にも差異があるので,これが最大公約数的な指導法なのであろう。非常にシンプルな図であるが,患者のコンプライアンスの向上には有用と思われる。日本人向けの「食物ピラミッド」を作成してみてはいかがだろうか。

内科の守備範囲

 本学会の講演内容を見ていると,日本の内科領域より遥かに広い。例えば,若年女性の婦人科的問題,アルコール摂取の諸問題,外来の皮膚科的マネジメント,青年期の行動医学的問題,じん麻疹と浮腫,関節腔への注射,西洋医学における鍼,終末期医療,医学倫理,国際的医療,薬物中毒などが挙げられる。
 また,先進医療として,「アレルギー対象者へのDNAワクチン」や「コンピュータを用いた遠隔医療」などがあった。いずれも単に研究レベルではなく,臨床に応用され実際に診療を行なえるものであった。
 「診療所で実施すべき検査」という講演があり,必須項目には,迅速ストレプト抗原検査,伝染性単核症スクリーニング,KOH染色,グラム染色,蟯虫染色,膣分泌検査,前立腺分泌検査,滑液スクリーニング,性交後の検査などが含まれていた。

内科はプライマリ・ケアを担う

 米国の医療はあまりに専門分化(subspecialty)が進んだ結果,その反省から家庭医療科(family medicine)が生じた経緯がある。その後,諸外国でもプライマリ・ケア(PC)医学や,総合診療(integrated medicine),総合内科学(general internal medicine)などが登場している。これらの差異を論じるのは容易ではないが,診療形態に応じて患者のニーズに対応するという点では,いずれも同じ方向性を有していると思われる。
 今回,学会期間中に発行された4月14日号のNewsletterで,3月に行なわれたNational Resident Matching Programの結果を見つけた。内科,家庭医療科,小児科というPC医学をめざす医学生は,1990年代半ばの6割ほどに減少しているという。昨年と比較すると,それぞれ4%,10%,6%と減少した。
 これらの原因としては,(1)PC医が長時間の負担を好まない,(2)医療界でPC医のprestageが高くない,(3)PC医が医療補助職種と競合する,などがあげられる。しかし,内科のsubspecialty専攻には依然人気があり,内科をめざす割合は今後安定するだろうと医事評論家はみている。

おわりに

 本稿では,米国内科学会年次集会について報告するとともに,米国におけるPC医学を担う内科や家庭医療科についても触れた。日本内科学会・内科専門医会はさまざまな活動をしており,内科研修中の先生には,ぜひとも内科専門医になって,国際的に活動できるFACPをめざしてほしい。
 米国のTV番組が日本でも放映されている。「ER」は臓器別専門家の究極の像かもしれない。一方,大西部の女医「ドクター・クイン」は機能的専門家であり,ヒューマニティ溢れた医師像は,日本の“赤ひげ”とも通じるものがある。本稿が本邦の医療に対して,少しでも参考になれば幸いである。
板東浩 徳島大学第一内科
pianomed@clin.med.tokushima-u.ac.jp
吉田聡 ハーバード大学呼吸器科
syoshida@nisiq.net