医学界新聞

 

〔座談会〕

変革期における看護の人的資源計画

ヒューマン・ヘルス・リソースの探求

鶴田恵子
(東京医科歯科大学医学部附属病院)

上泉和子
(司会/青森県立保健大学)

金井Pak雅子
(東京女子医科大学)

リンダ・オブライエン
(カナダ・トロント大学)


上泉 今日は,カナダ・トロント大学のリンダ・オブライエンさんに出席いただき,「変革期における看護の人的資源計画」を中心に話を進めていきたいと思います。最初に,オブライエンさんの来日の経緯を簡単に説明します。
 私たちは「看護必要度研究会」を作り,「看護必要度」に関する研究を進めてきました。看護必要度というのは,看護婦の適正な配置のために,必要とされる看護婦の養成と配置の計画を含んだものですが,これは日本の看護界にとって非常に重要なデータになるものだと思います。そして,研究会ではその観点から必要度のチェック表を作るだけではなく,データをどう生かしていくことができるのかを検討してきました。その過程の中で,ヒューマン・ヘルス・リソース(以下HHR)をもとにして需給見通し計画を研究をされているオブライエンさんを知りました。
 1998年に,東京国際フォーラムで開催されました,日本看護科学学会主催の第3回国際看護学術集会で,オブライエンさんは「人的資源計画のフレームワーク:The Framework for Analyzing Nursing Human Resources」を発表されています。今回私どもは,ぜひその話を詳しくお聞きしたいと思い,オブライエンさんに来日をお願いし,研究会主催の講演会などでお話をいただきました。

ヒューマン・へルス・リソース

ヒューマン・ヘルス・リソースの研究

上泉 それではHHRについて,オブライエンさんからご説明いただけますか。
オブライエン HHRというのは,将来的な人口構成や国民の健康状態に対して,どのくらい人的な資源を必要とするのかを模索することが大部分を占めます。そこには,プランニング,プロダクション,マネジメントという3つの要素があります。
 「プランニング」というのは,統計的なことを追及し,分析して,必要な人的計画を立てるものです。「プロダクション」は,それに基づいた教育等をどうしていくかを考えることであり,「マネジメント」はそれらを実際にどう導入していくかです。この部分では,コスト等の経済面だけが強調されがちですが,それだけではなく看護婦が仕事をしていく上での生活,いわゆる職業生活の質を見ていくことも含みますし,患者さんへのケアの質も加味します。HHRには,これらのすべてが統合されています。
上泉 オブライエンさんは,7年前からHHRの研究に携わってこられたと聞いていますが,どのような経緯から研究テーマとして選ばれたのですか。
オブライエン 1990年から92年にかけて,カナダでは深刻な看護婦不足という状況がありました。そして,93年には医療費削減政策が出されました。カナダの病院はすべて公立ですから,医療費削減の余波を看護婦がかぶることになりました。それはなぜかと言いますと,病院で最も大きな割合を占めているのが看護婦だからです。
 看護婦の大勢がリストラに遭い,一時解雇やフルタイムからパートタイムへの移行を要求された人もいました。その時に,実際看護婦はどのくらい必要かを話し合ったのですが,同時に「この事態は,どれくらい供給できるのか,そのためには何人育てばいいというような単純なことではない」と疑問を持ち始めたのです。文献を見ますと,過去50年はいわゆる供給サイドから見た統計が多くあり,需要と供給によって,看護婦の過不足にはサイクルがあるということがおおよそわかりました。しかし,数を満たすだけでは十分ではないということを強調したいと思うようになったのです。
 HHRの開発経緯ですが,最初に私とマクマスター大学の看護学部長であるエンドリア・バウマン先生が,このモデル開発にあたりました。カナダでは,毎年国民の健康状態の統計を取っていますが,そこから国民のニーズもわかります。もちろんWHOのデータからもわかることがありますが,単に数だけではなく,看護婦がどのように活用されているかを見ました。この活用というのは,例えば病院だけでなく,地域や在宅の看護婦,そして保健婦や日本の老健施設のようなところでのロングタームケアにあたる人たちの活動の現状です。
 また,ある一定の成果を得るにはどのようなサービスが必要かも見ていきますが,その分析の中では,看護婦がどれだけバーンアウトの状態にあるか,ストレスがどのくらいあるかを把握すると同時に,それにどれだけの予算を組めるかも併せて見ていかなくてはいけません。例えばGNP(国民総生産)の5%が,医療費に占める看護の予算として組み込まれたならば,実際に看護にはどのような影響があるかという分析もします。これはなぜかと言いますと,すべてが税金で賄われているわけですから,どのように活用していくかがからんでくるからです。そのようにしながら,アウトカムをどのような形にしたいか,どうやったらそれが実現できるかなどをすべて加味して,モデルを作成していきました。
 つけ加えますと,こういう時に一番大事なことは,データがきちんと取られているかどうかだと思います。幸いなことにカナダという国は,毎年いろいろな統計を非常に細かくとっていまして,看護婦に関しても,病院ではどのくらいのケア時間が,どのような構成でされているか――例えば,正看護婦,准看護婦の比率ですが――というデータが取られますし,在宅や地域においてもきちんとしたデータが整えられています。このデータには,フルタイムなのか,パートなのか,どういう働き方をしているかということも含まれますので,データ同士をドッキングして使うことも可能です。私たちは,今回幸運にも国から次の5年間に,500万ドルの資金を得ることができました。

日本のマンパワー

上泉 日本では,1990年代の初めに看護婦不足という状況がありました。その時に厚生省は,途中に修正がありましたが,今年度を最後とする平成12年度までの需給計画を作成しました。そこから推察しますと,日本もこれからは看護婦が余ってくるのでしょうか。お話をうかがっていますと,日本も似たような状況にあると思えるのですが,鶴田さん,看護婦のマンパワーについていかがでしょうか。
鶴田 データに基づいてどのくらいの看護婦が必要かを算定するという方法もありますが,今回の医療法改正が審議される中で,戦後何十年と4:1だった看護婦の人員配置基準の数字を3:1に変えるだけでも大きな反対がありました。4:1とは,4床に対して1人の看護婦を配置することです。したがって,48床の病棟の場合は看護婦が12人必要ということになります。しかし現実には,日勤者は5人,夜勤者が2人という配置となり,日勤帯では看護婦1人が10人の患者を,夜勤帯では24人の患者を看護することになります。このように,現実にはほとんどその数字ではやれてはいないのですが,審議会では議論がかみ合いませんでした。根拠となるデータに基づいた議論をしてこなかったことが,その原因ではないかと思います。データを持ち合わせないまま,戦後50年以上が経過してしまったことを,とても残念に思います。個々の病院には,何がしかのデータがあったにしても,全体としての集積がされていないという現実があります。
 それと,カナダと同じ時代に日本も看護婦不足に陥ったという状況ですが,これは当時の医療費削減の方法として,無制限に伸びていた病床数に基準を設けたのですが,その際にいわゆる「駆け込み増床」というものがありました。つまり,制限される前にあわてて病院を作ったわけです。そこで一時的に看護婦不足が生じ,看護婦養成所,看護学校が増えました。それがそのまま今日まできているわけです。
 そういうことから,「看護婦は余っているのではないか」という議論が出てきたのだと思います。しかし,人間が健康で過ごすための「看護」ということを考えた時には,病気をした時だけの看護行為だけではなく,予防や病後の療養指導も看護の仕事になるわけで,究極的には予防が医療費の削減につながるという仮説も成り立ちます。
 「看護婦は余っている」のではなく,いわゆる健康問題を考える時に看護婦がどれくらい必要かをきちんと示し,仮説を証明しながら国民のコンセンサスを得る時期に,いま来ているのではないかと思っています。回帰モデルで,供給数だけを見たら「余っている」という状況があっても,現場では足りないのが現実です。オブライエンさんが出された,データに基づくHHRのシミュレーションモデルのようなことを,日本でもきちんと出してしていれば,「3:1は多い」という議論にはならないと思います。
上泉 日本の看護婦の数は,診療報酬をはじめとして医療法などで決まっています。ただ,その根拠が非常に曖昧なまま,何十年も過ぎてきたというところに,数の上では足りていても,実際には不足しているという矛盾が,いま生じてきているように思います。

データの信頼性と妥当性で明るい未来

データが語るもの

上泉 それではこの矛盾と,もう1つさらに質を上げていくということ。この2つの局面から見ていった時に,看護婦の人的資源計画を進めていくためには,どのようなデータベースがあればよいのでしょうか。
オブライエン まずデータのことから言いますと,生のデータそのものを見ていくことです。例えば,実際にはどれだけの看護婦が育成されているのか,経済的なこと,アウトカムというもの,それからもちろん人口に対してどのくらいの病気が発生しているかなどに直接アクセスしていくことが大事です。
 カナダの研究で明らかになったことの1つは,看護婦(RN)の数が多い施設よりも,高度なスキルミックス(RN,准看護婦,看護助手など)を持つ施設のほうがアウトカムがよいということです。患者さんの死亡率や,術後の合併症,誤薬の発生件数も,スキルミックスで質の高い看護を提供している施設のほうが少ないという結果が出ています。実際に病院が経済的制約を抱えると,理事会(board)がRNを排除して,もっと安い人的資源を入れようとしますが,実際にそれは間違ったことで,むしろもっと患者さんに質の高い看護を提供できる,例えば学士を持った人を配することが大事だということがわかりました。
 先ほどから3:1とか4:1という話が出ていますが,それが本当に妥当なものなのかは毎年見ていかなければいけません。いま,5年ごとの見直しだとうかがいましたが,患者さんの状況は毎年変わるわけですし,各病院でも患者さんのニーズは何なのかを見なければいけないでしょう。「標準」はずっと継続するものではありません。
 カナダでは7年前から,各施設がどういうことを国に報告するか,統一されたマネジメントデータセットがあり,それによって報告されています。看護婦の活用状況だけではなく,他の医療職すべてについてもデータとして把握されています。しかし,私たちに,標準的なアウトカムはどうなのかというデータがあったわけではなくて,死亡率や合併症率などとどのような関係があるかを見ていき,そこから必要なデータを引き出すという作業をしてきたのです。
金井 私たちは,診療報酬上の看護要員の数に惑わされているように思います。このままで,それ以上進んではいないですね。オブライエンさんのお話をうかがっていて,やはりデータの積み重ねが大切と思い知らされました。ただ,そのようなトレーニングもされていない,やってもこなかったと感じています。
 データが大事だということやデータをどう見るかについては,学生のうちから,どうケアプランを立てるかと同時並行で教育するべきです。集積したデータから何が言えるのかという難しいことは,頭の柔らかいうちから刺激していったほうがよいと思います。
オブライエン とにかく明日からでもデータを集めることです。その場合に一番大事なのは,どの病院もみんなが同じフォーマットを使うということです。それを並べ,比較対比することが大事なのです。
鶴田 これまでも,看護度の調査などがいくつかありましたが,みんな信頼していないんですね。人が測ったことは信じない(笑)。
 そういう背景があったので,今回の診療報酬改定の看護料加算の提案である「看護必要度」は,同じツールを使って,1人の患者に必要な看護の時間数を出そうという推計モデルの開発をしたわけです。でも,結局は財源が確保できませんでした。しかし,そういうツールを使って看護の時間数はどれだけ必要なのかを測ることを,診療報酬で評価されるかどうかは別にして積み重ねていかなければいけないでしょうね。
オブライエン 看護必要度のツールができたとのことですが,その信頼性と妥当性はどのようにして証明されているのですか?
上泉 証明していくのはこれからです。20年くらい前に看護必要度を測定するものを作成したのですが,誰もそれを信じませんでした。
金井 プロトタイプのものですね。
上泉 そうです。ですから,今回は誰もが信用してくれる,信頼性のある妥当な看護必要度のスケールを作ろうとしたのです。

この先,どう進める?

上泉 日本でもカナダでも,看護を取り巻く環境として,看護婦不足と過剰人員が繰り返されたということは同じでしたが,これからの看護にはどのようなことが起こると予測されますか。また,その中で私たちは,HHRをどのように進めていけばよいのか,ご意見をいただきたいと思います。
オブライエン データセットがきちんと出てくれば,予測がつけられるようになります。この予測というのは,数だけではなく,どのようなタイプの人材が必要かということまで含みます。そこから将来予測がつくわけです。ただ,5年,10年先を予測することも可能ですが,データそのものの信頼性は薄くなります。2-3年先の予測でしたら,データの信頼性も妥当性も保たれると思います。
 私の同僚に,「outcome quality from process」といって,いわゆるオン・ゴーイングでクオリティを上げていくのだと言っている人がいます。これはどういうことかと言いますと,新しいデータが出てくると,それによって予測が変ってくる。だから,すべての状況はオン・ゴーイングなプロセスであって,そうでなければ質を上げていくことはできないという意味です。
上泉 金井さんは研究者として,これからHHRに関する研究を,どう進めていこうと思っておられますか。
金井 まず,モデル1つひとつのデータを,私たちのプロジェクト・チームできちんと出していこうと思います。もちろん,日本バージョンということもあり得ます。海外のものをそのまま持ってきても,使えるデータとそうでないものがありますので,それを整備して,データを揃える。時間はかかると思うのですが,3年なら3年というようにある程度の期限を決めて,日本バージョンのモデルを作るという展開で,進められたらよいと思っています。
上泉 鶴田さんは,実際に看護サービスを提供している人たちを,資源としてマネジメントされているわけですが,これからはどうしていこうとお考えですか。
鶴田 私は,大学病院での経験はまだ1年しかありませんが,大学病院は「特定機能病院の基準はクリアしているので看護婦の数は足りている」と言われています。でも実態としては,みんな疲れ果てています。特に最近,医療事故が頻発しているという状況があり,これは患者さんには本当に申し訳ないことであり,あってはならないことです。その一方で,事故を起こした看護婦もかなり傷つき,この先看護婦としてやっていけるかどうか,というところまで追いこまれているのも事実です。これだけ厳しい状況の中で,看護婦としての満足感を得る以前に,「自分は看護婦を続けていけないのではないか」という不安を持ってしまいます。
 そういう中で,国立大学の病院自体も運営方法を変えようとしています。看護の管理者としては,国のデータベースを待たずに,大学病院独自のデータベースを作っていきたいと思っています。方法はいろいろあると思いますが,4月から,臨床経験があって修士課程を卒業した人を,リサーチナースとして採用しましたので,データの蓄積を始めました。それを標準化できるまでに開発していきたいし,1つの病院の中でそのような整理をしていかなければいけないと思っています。
上泉 オブライエンさんのフレームワークの中には,生産だけではなくアウトカムとの関係を見ていかなければいけないということがありますが,看護婦のアウトカムとは何でしょうか。また,看護婦がいまの人数で,あるいはいまの働く環境で,患者さんに与える影響ということも,もっと探究していかなければいけないと思うのですが,いかがですか。
オブライエン もちろん,そのことはアメリカでもカナダでも研究されていて,看護婦の満足度が低い時には,患者さんの満足度も低いという結果が出されています。ですから,看護婦の仕事に対する満足度が高い施設では,患者さんも満足をしている。要するに,看護婦の満足度が患者さんに与える影響というのは並行の関係にあると証明されています。
上泉 私たちは,その点に関しても,もっと根拠となるデータを蓄積していかなければいけないですね。
鶴田 いまは,学会や研究会がたくさんあり,それぞれが独自にツールを開発していて,データがバラバラに存在しています。「データがない」というのは,全体として統合されたデータ,標準化されたデータがないということです。今日のように,コンピュータなどで情報のネットワーク化もしやすい時代ですから,それほど費用や時間の制約を意識しないでできることかもしれませんね。
オブライエン そうです。
上泉 未来は明るい?
オブライエン まあまあね(笑)。

変革の時代へ向けた対応

看護婦削減政策が招くもの

上泉 医療費削減のために,看護婦を減らすということが考えられますが,その影響について,カナダでの例をお話しいただけますか。
オブライエン フルタイムで働いていた看護婦をパートに移行させた余波として,継続看護が分断されてしまい,看護の質が落ちたとのデータがあります。また,看護婦自身も,フルタイムからパートになったことで給料が減ってしまいますから,2つ,3つの病院をかけもちするようになります。それは自分を身体的に疲れさせるだけでなく,看護婦自身が,自分たちがしなければいけないケアを満足にできないというストレスを抱え,達成感が得られないということに結びつきます。
 それから,看護婦というのはこれだけ大変な状況にあると報道されたことから,大学の看護学部では定員割れという状況が起きました。そこから予測されるのは,十分な数の若い看護婦が育たない,つまりは多くの看護婦が定年を迎えるこれからの5-7年の間に起こるだろう看護婦不足です。そういうクリティカルな状況が起きています。看護婦の削減が大きな不幸を招いているのです。
上泉 労働環境が厳しくなると,看護婦が腰痛その他の病気を多発することになって,結果的に看護婦が医療費を使うこともありますね。
オブライエン そうです。いままで2人以上でやっていたことも1人でやらなければならなかったりするわけですから,過去5年間で腰痛等を訴える看護婦が75%増えていまして,病欠や,病院にかかるということも実際に増加しています。
 1998年にカナダの厚生大臣が,看護の状況があまりにひどいということで専門委員会を設けました。その結果,病院の看護婦の数は増え,院内教育も施されるようになり,それまで削られていた教育婦長の座も取り戻しました。また,医療費削減の時には,婦長職やスーパーバイザーも削られていましたので,スタッフナースが何もかも任されていたために,ストレスが非常に高まっていました。でもそれは,管理職を呼び戻すことで緩和されました。
上泉 人的資源計画の枠組みというのは非常に複雑ですが,やはり大きな視点で見ていかなければいけないのかなということが,今回オブライエンさんと何日かディスカッションしてわかりました。これは,私たちにとって大きな成果だったと思います。
オブライエン ありがとうございます。しかしこれは,患者さんにとっても大切なことなのです。

政策決定に影響を与える研究

金井 オブライエンさんは,国から予算をもらい,データにアクセスして,そのデータセットをするディレクターもされています。つまり,大学教授とヘッド・リサーチャーの2つの役目を担っています。先ほどちょっと触れられましたが500万ドル,日本円にして5億5千万円の研究プロジェクトをコーディネートされているのですが,その概要をご説明いただけますか。
オブライエン このリサーチ・ユニットが,最も中心にしているのは計画することです。データを見てどうしていくかは,一見簡単なようですが,国全体となると非常に大きなデータになります。その上で,どのようなデータが最も有効に使えるのか,また要るものと要らないものを仕分けするわけですが,その作業がとても大変です。そして,データ同士の関係にどのような変数があるかなどを分析していきます。
 実は,そこには看護婦だけではなく,例えばエンジニアやその他の人たちがシミュレーションをしています。そこに,バウマン先生と私の2人がコ・ディレクターとして加わり,トロント大学とマクマスター大学とで15-20くらいの大きな研究を常に一緒に動かしているのです。
 毎年,どういう目標で行なうのかは厚生省と協議します。これは,研究のための研究ではなく,実践のための研究です。
鶴田 政策にかかわることなのですね。
オブライエン ええ。私たちは政策決定に影響を与えています。政策を作る人が意思決定をする時の題材を提供するわけです。1つよい例をあげますと,2年前に,在宅で患者さんがどのようにケアをされているかという大規模な研究をしたのですが,その結果,カナダの場合ですが,学士号を持った看護婦がケアをするほうが,他の看護婦にくらべると患者さんのアウトカムが2.5倍よいということがわかりました。
 ちょうどその時にカナダでは,看護婦が学士を持つように法律で定めようという動きがありまして,私は時の厚生大臣――女性の大臣でしたが――から呼ばれて,各大臣の前で研究結果を報告するように要請されました。私の研究と,看護婦を大卒にという政策とが,ちょうどマッチした結果になったわけで,説得力がありました。
 これは最後に強調しておきたいのですが,最近のカナダでは,例えば奨学金や研究費を提供するような団体は,その研究が実践とどう結びついているかということを示さないかぎりお金は出さないようになってきています。この実践というのは,別に政策のような大きなことでなくても,病院で実際に何がされるかといったようなレベルのことも含みます。つまり,研究者が実践とかけ離れた研究のための研究だけをしているのではなく,研究成果が1つにまとめられ,さまざまな単位での意思決定に影響しているのです。これはカナダ全体で,当たり前のことになってきました。

これからのストーリーは自分たちで

上泉 日本でも,研究者と実践家が一堂に会して研究成果の報告を聞き,そこに行政の人やさまざまな職種の人が入ってくるということが,これからもっともっとできていくとよいと思いますが,鶴田さん,いかがでしょう。
鶴田 先日オブライエンさんの講演会があり,その中心となったのはリストラの話※)で,参加者はみんなショックを受けました。私には,会場からの「看護のリストラはいつくるんですか?」という質問が一番ショックでした(笑)。地域医療計画の時点で,看護婦の数はもう増えないと言われていたのに,そこがまだ見えていなかった。また,現実認識が不足している。看護のバブルはまだ残っているのかなと思いました。
 そういう時代に何をすべきかを考えて,そこもデータでもってきちんと組み替える作業をしていかないといけないと思います。ただこれは,決して悲観的なことではなく,チャンスでもあると思います。看護がちゃんと見えてくるデータを出していければ評価を受けるだろうし,それが出し切れなければ無視されるだけでしょう。ある意味で,すごいチャンスに思えます。
上泉 ただ「人がほしい」と言っている時代ではなくなった。そういう意味では,厳しいかもしれないけれども,それをチャンスにしていって,きちんと根拠を出していけば,それを実現できる時代だというのが,この「変革」の時なのかもしれません。
鶴田 雰囲気や思想ではなく,客観的なデータを出していくことです。
上泉 エビデンスですね。
オブライエン そう,エビデンスです。
上泉 看護者の大学教育が進んできたことによって,こういうことのできる人たちが育成されたというのは,喜ばしいですね。
鶴田 役者と舞台は揃ったということです。あとは,自分たちがどんな脚本を書くかですね。
上泉 では,私たちはこれからストーリーを作っていくということで,今日の座談会の結びとしたいと思います。どうもありがとうございました。(了)

※)リンダ・オブライエン氏による特別記事「ナースのリストラにそなえて」は,「看護管理」(医学書院発行)7月号に掲載されます。
 なお本座談会では,看護婦・士を総称し,「看護婦」としました。
(「週刊医学界新聞」編集室)