医学界新聞

 

〈連載〉

国際保健
-新しいパラダイムがはじまる-

高山義浩 山口大学医学部5年  E-mail:ihf-adm@umin.ac.jp


〔番外編〕「いのち」を分け合うということ

社会情勢に明るい「たちんぼ」たちの世界

 博多湾にほど近い須崎公園は,都会にポッカリ空いた静かなコミュニティです。そして,そこは「たちんぼ」の集まるところなのです。
 ここで言う「たちんぼ」とは,浮浪者であり日雇い労働者である人のことです。もともとは,戦前,車がボロくて坂を登れない時代,坂の下で車を待ち受け,車が来たら後押ししては小銭をもらう職業のことでした。さらに古くは,日本書紀にも登場する「サカノモノ」であり,麓から峠まで荷役をする被差別民に由来します。でも,最近は路上で客を引く「ゲイボーイ」の意味になりつつあるそうです。
 まぁとにかく,仕事現場のワゴン車が須崎公園に来て,「たちんぼ」を拾っていきます。「たちんぼ」は怠け者が多く,朝起きられないので,須崎公園で寝るのです。だから,「たちんぼ」は浮浪者でもあるのです。
 僕が須崎公園のコミュニティに入って最初に驚かされたのは,みんな社会情勢に精通していることでした。新聞を隅から隅まで読んでいます。理由は3つ。まず,暇なこと。次に,新聞は衣類であり,布団であるため,常に身近にあること。そして,日本は文盲が少ないということです。
 実際,僕も寝る前には新聞を必ず確保するようにしていました。眠くなるまで読んで,エッチな頁に興奮して,そして手足の関節に巻いて寝るのです。夏であっても,夜間の外気に関節をさらすと翌日の肉体労働に差し障りますから。
 須崎公園で,次に驚かされたのは,みんなが助け合って生きているということです。浮浪者の間には,野良猫のそれのように,不思議な距離感がありますが,みんな互いを気遣って生きています。誰かが病気になったり,いじめられて怪我をしたり,お酒が飲みたくてもお金がなかったりすると,さりげない,本当にさりげないフォローがあるのです。しかも,それは種を越えた支えあいです。例えば,犬や猫が飢えていれば,自分の食べ物を半分にしてでも分け与えます。やさしいのでも,気前がいいのでもありません。これは極限のサバイバルなのです。共存共栄は豊かな者の発想です。共存共貧,共苦,共怒,共哀,すべてを分け合わなければ,誰かの存在が失われるのですから。

新しいパラダイムは,僕たち自身から……

 僕に,どこまでも人類を信じ,今を見守る勇気があるとすれば,それは浮浪者のおかげだと思っています。昨(1999)年末まで本紙「医学生・研修医版」に連載していた「国際保健-新しいパラダイムが始まる」では,僕は文化の異なる人々が互いに協力しあう可能性を探ってきたつもりです。そして,いくつかの可能性を,読者の方々は見出していただけたのではないかと思っています。
 ただし現実には,いまの国際協力は,ただ余った何かを分け与えているだけのような気もします。つまり,それは「助け合い」ではありません。そう思っている人は傲慢ですし,そうあるべきだと思っている人は楽観的です。恵まれて,飽食にうつつを抜かしている人々に「助け合い」など無意味なことなのかもしれません。
 本当の意味で,国際協力が機能し始めるためには,僕たちが,僕たちの社会を再検討する必要があるのではないでしょうか。僕たちの社会に「なにが欠けているのか」,これを見出さなければなりません。僕たちの社会は,完成されているのか,そして自己完結的なのか……。
 おそらく,僕たちがここに疑問を感じ,僕たちの社会そのものを世界の人々と再建しなければならないと気がついた時,その時こそようやく国際協力が始まるのだと信じています。新しいパラダイムとは,世界のどこかで始まるものではありません。僕たち,1人ひとりの内側からわき起こり,つながっていくものなのでしょう。
 ただ,みんなで分け合っても,まだ足りなかったら……。
 そうしたら,僕たちはどう行動するのか。僕はそこが不安であり,また試されているような気がしてなりません。実際,世界の現実は,分け合っても足りないことばかりです。ある国では,ある地域では,患者の数に対して基本的な薬すら不足しています。難民の発生に対して,保護できる施設も不足しています。
 世界人口に対しても食料生産量は不足しています。民主主義の理念は“平等”ですが,それが成り立つためには,「配分するものが人数分ある」ことが必要条件でしょう。でも,世界を見渡した時,そんなことはむしろめずらしいということに気がつかざるを得なくなっているのです。

ハマちゃんの肩越しに人類の限界が見えた

 須崎公園で最初にできた友だちは,「ハマちゃん」という当時23歳ぐらいの男性でした。彼は若くして完璧な浮浪者の風貌を獲得しており,皮膚は赤黒くひび割れ,5メートル以内に近寄ると耐え難い臭いに襲われます。
 ハマちゃんの生い立ちは,彼曰く,こうでした。
 ハマちゃんは石川県生まれ。父親は自衛隊のパイロット。母親は弟を産んでまもなく死亡したので,3人の父子家庭でした。でも,その父親も事故で墜落死。叔母さんが福岡で手品師をしていたので,そこに兄弟が引き取られました。彼が中学3年生の時,その叔母さんがこう言ったそうです。
 「お前たち2人とも高校に行かせるわけにはいかないよ。どっちかは,中学を出たら自分でやりくりしておくれ」
 弟のほうが頭がよかったので,ハマちゃんは中学を出たらすぐに家を出ました。そして公園で寝起きしながら新聞配達員をして生活をし始めたのです。でも,風呂に入ることをしていなかったのでだんだん臭くなり,新聞配達員をクビになってしまいました。そして,生きるすべのなくなったハマちゃんは,気づいたらコミュニティの住民になっていたのです。
 泣ける話ですね。でも,ほとんど彼の作り話でしょう。言い忘れましたが,浮浪者の多くが嘘つきです。ついでに言うと,バンコクの売春婦たちも嘘つきです。浮浪者も売春婦も,やりきれない現実に即席の理由が必要なのです。
 とにかく,確かなことは,僕が彼に出会った時に,彼は完全無欠の浮浪者だったということです。で,ハマちゃんは日雇いにありつける人たちからの小遣いで生活していました。もっとも,そのお金の大半を,ハマちゃんはゲームセンターで使っていたのですが……。でも,お金をあげた人は気にしません。ご飯を食べて健康なだけが人生じゃないですからね。

 そうそう,ハマちゃんですら,猫を1匹飼っていました。
 ある日,日雇いの仕事現場から帰ってきた僕は,ハマちゃんのテリトリーに足を向けると,次第に言いようのない猛烈な異臭が漂っていることに気がつきました。野外ステージの裏手に回り込むと,ハマちゃんがシクシクと泣いています。僕はその背中越しに真っ黒な物体を発見し,ぎょっとしました。そこには,皮を剥がされたハマちゃんの飼っていた猫が,串刺しとなって地面に突き刺さり,火にあぶられていたのです。
 「どぎゃんしても肉が食いたくなったと。でも,臭そうて食えん……」
 嗚咽まじりの彼の弁明に,僕は笑うべきか,一緒に泣くべきか,ちょっと迷いました。でも,そのうちに涙がこぼれてきたので,それに任せることにしたのでした。そして彼に一言。
 「ハマちゃん,今度はまず頭を落として,血を抜こうね」