医学界新聞

 

あなたの患者になりたい  

大きな病気,簡単な検査

佐伯晴子(東京SP研究会)


 「今までに大きな病気をされたことはありますか?」
 この時,医療者と患者さんとで病気の大小についてイメージが一致していることは,まずないと言っていいでしょう。大きな病気と言われてもどういう病気が大きくて,どれが小さいのに属するのか,両者で認識が異なるのです。大きい病気と聞いて,真っ先に素人が想像するのは,入院して手術を受けるという事態です。ですから「ありません」と答えたあとに「入院や手術をされたことは?」と聞かれキョトンとしてしまうのです。「今答えたばかりなのに……」と不可解になります。
 また,自宅で少し寝て治るものや,いわゆる生活習慣病などは,大きな病気として考えないことがあります。通院や毎日の薬が必要となっても生活が激変しない限りは,高血圧も糖尿病も医療者ほどは気にしていません。何十年も昔のことも忘れています。「高血圧と言われたことは?」と聞かれて初めて,それも言うことだったのか,と思うのです。
 ただ,例を出すとわかりやすいと考えてのことでしょうが,いきなり「家族でがんで亡くなられた方や,遺伝病や精神疾患の方は?」と聞かれてびっくりしたことがあります。自分の症状をまだ十分に話していない段階だったので,驚きとともにショックすら覚えました。
 反対に,大きな病気ではないのだろうけれど,自分としてはつらい,苦しい,痛い,いやな経験になったものがあるかもしれません。そんな時に,大きな病気はしたことがない,の答えで「ずっと健康であった」と受け取られると,自分の人生を軽く扱われたように感じることがあります。医療者は病気の格付で客観的な事実をおさえようとし,患者は経験の格付で主観的な事実を伝えようとしている,そんな両者の思いのすれ違いが,「大きな病気」をめぐって浮き彫りにされてきます。
 さて,「とりあえず簡単な検査をしておきます」とよく言われますが,これも誰にとっての何が簡単なのか,その検査で何がわかるのか,費用は,などおよそ「簡単に」片づけられないすれ違い要素がたくさん含まれています。「採血だけですから」と言われても,患者さんによっては注射針を見るだけで,怖くなる人もいれば,血液検査で知らない間に何を調べられるのだろうと心配する人もいるでしょう。
 「大きい」,「大したことない」,「簡単」,「楽」,「ちょっと」,「すぐに」等の程度を表す言葉は,話す人の物差しによって規定されています。けれども聞く人の物差しが同じとは限りません。患者として話をしていて,同じ言葉なのにずれを感じるのはそんな時です。すれ違いが重なると距離は広がります。患者さんにはその距離を埋めることはできません。相手の表情や微妙な空気ですれ違いを早期発見する必要があります。それを面倒と思わず,おもしろいと感じるような医療者を私はプロだと思うのですが。