医学界新聞

 

〔印象記〕

第29回北米神経科学大会

佐藤 真(福井医大・解剖学第2)


はじめに

 関西国際空港から飛行機を乗り継ぎ,マイアミ国際空港に到着したのは,はや1日も遅い時刻であった。10月下旬とは思えぬ暖かさであったが,空気はやや乾いた感じで,前回マイアミに来た時の,ムッとする何ともいえぬ湿度の高さを感じることもなかった。
 北米神経科学大会(通常われわれはNeuroscience Meetingとそのままで呼んでいる)は今回で第29回を数え,いわゆる神経科学の分野ではその規模,内容で世界を代表する学会として知られている。マイアミにおいては5年前(1994年)に,第24回大会が開催されているが,第24回大会は期間中ずっとマイアミ付近の上空にハリケーンが居座るという何とも大変な学会であった。そんなことを思い出しながら,シャトル乗り場に向かうと,そこは本学会の出席者であろうポスターとおぼしきものを手にした大勢の人であふれていた。明日からの学会場での雑踏を予感させ,長旅の疲れもあり,正直やれやれという感じであった。結局シャトルを諦め,タクシーにてホテルへと向かった。

間口の広さと熱意を実感

 第29回北米神経科学大会は,昨(1999)年10月23日から28日まで,マイアミコンベンションセンターを中心に開催された。本学会では伝統的に多くの発表はポスターにてなされる。そのため,広い学会場の中を,いかに要領よくそれぞれのポスターを見て回るかが重要となる。ポスター発表は午前の部と午後の部とに分かれており,それが10月24日から5日間(最終日は午前のみ)続くので,ポスターは都合9回入れ替わることになる。今年の場合,総演題数は1万3285題で,2万4000人を超える神経科学者がマイアミに集まったとのことである。ひと口に神経科学と呼ぶものの,そのカバーする範囲は広く,基礎的な細胞生物学や神経発生生物学的な内容から,疾病の病態,治療法いわんや神経科学教育法や神経科学の歴史についての発表もあり,その間口の広さと学際性を改めて認識させられた。
 アメリカの友人によると,本学会では論文発表前の結果を発表することが暗黙の前提となっているそうで(本来学会とはそういうものであるが),全部とは言わないまでも,多くの発表内容が半年もしくは1年以内に論文として出版されるとすると,いやはや大変なことだなと感ぜずにはおれない。いわゆる超一流ラボからの発表数は近年やや減少気味と指摘する研究者もいるようであるが,本学会はポスドクのアピールと職探しの場として,また若手研究者や伸びつつあるラボのホットなデータのアピールの場としては絶好であり,これからのニューロサイエンスを作っていく人々の熱意をいたるところで感じることができた。

印象的な発表

 私の回った範囲(それは全体の中のほんの一部であることをお断りしておく)の中では,まず神経幹細胞に関係する研究の隆盛が印象的であった。神経幹細胞に関しては,神経細胞やグリア細胞を新たに提供する材料としてその応用が進められているところはよく知られているが,もはや大学を離れベンチャー企業が多くの発表を行なっており,アメリカにおける大学と企業との距離の近さと応用へのスピードの速さを改めて認識した。
 私の専門である神経発生学の発表は昨年同様多かったが,同時に神経幹細胞の応用を含む神経再生研究の隆盛が印象的であった。再生研究の分野では,私には脊髄の白質を免疫した動物では神経軸索の再生がスムーズに起こる(これは未知の神経軸索伸展阻害物質に対する抗体が体内にできることによると考えられる)との知見が目新しかったが,学会終了後3か月もせぬ内に,この未知の分子(の1つ?)が「Nogo」として同定され,論文としてNature誌に発表された。この分野の進歩の速さを改めて実感する出来事であった。
 新しいテクニックの開発に関する発表も多く,アイオワ大学のA. R. KayらによるFM1-43と呼ばれる色素で神経伝達因子の分泌顆粒の動態(シナプスの活動)を可視化する方法に関する改良法の発表が目をひいた。神経伝達物質放出の動態はいままで特殊な条件下でのみ,その可視化が可能であったが,彼らの方法により,従来観察が困難であった細胞や動物を対象としてイメージングが可能になるものと考えられた。神経細胞や組織のさまざまな現象を可視化し観察するイメージングの重要性は言うまでもない。

興味深いシンポジウムや教育講演

 4日目の午後にはワシントン大学のJ. R. Sanesがオーガナイザーであるシンポジウムが催されていたが,イメージング技術に基づく,神経筋接合部分の形成に関する見事な知見が紹介された。日本には同様の方向性を持つ研究が少ないことと併せ,考えさせられる発表であった。
 学会においては,シンポジウムも教育講演も毎日目白押しであったが,中でも5日目の朝にイリノイ大学のGreenoughの座長にて行なわれた,「Dendritic protein synthesis」のシンポジウムは,私にとって印象深いものであった。このシンポジウムではシナプスでの蛋白合成と可塑性に関し興味深い知見が数多く報告されていたが,特にブラウン大学のJ. R. FallonはCPEB蛋白がCaMKⅡmRNAの3'側に結合し,RNAのポリアデニル化が起こり蛋白合成が開始される旨の発表を行ない,大いに感銘を受けた。この結果の大部分はすでに発表されているものの,私自身は直接話を聞くことは初めてであり,改めて得るところが多く,学会場に行くことの大切さを再認識させられた。
 日本からの演題発表が多いことも本学会の特徴である。われわれも4日目に発表を行なったが,単なるお客様としてではなく,真摯に発表を行なえばそこでよいディスカッションができ,学会を構成する一員として受け入れられている感じがある。本学会は本来アメリカの国内学会であるが,なんら国際学会と変わらない。日本においても国際化が叫ばれて久しいが,立場を逆にし,日本の学会に諸外国より演者を「お客様」ではなく,学会の一員として,どのように遇することがよいのかと考えもさせられた。

おわりに

 温暖な気候のもと,学会場ではホットな発表がいたるところで行なわれ,またそのホットな場に参加することもでき,誠に有意義な時間を過ごすことができた。日本を出発する前には,時間があればマイアミビーチで……と夢見ていたものの,一度も水着を着ることもなく,学会最終日に空港に向かい,そのまま日本への帰途についた。
 最後にこの場をお借りいたしまして,第29回北米神経科学大会への参加をご援助いただきました金原一郎記念医学医療振興財団に心からお礼を申し上げますとともに,財団ならびに関係各位のますますのご発展をお祈りさせていただきます。