医学界新聞

 

遠隔ドミノ肝移植

日本の臓器移植の問題点と可能性


 さる2月21-22日,国内第3例目の生体ドミノ肝移植が慶大病院で行なわれた。患者は家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の20代男性で,60代の父親から摘出した肝臓の一部を移植するというもの。この患者の生体肝移植後,手術に立ち会っていた京大移植チームは摘出された肝臓を受取り,新幹線で搬送,直ちに京大で待機していた2人のレシピエントへの手術を始めるという,国内でも初めての2病院間連携という形で行なわれた。またこの2病院間では,マルチメディアを用いて術中テレカンファレンス(写真)を行なうという試みもなされた。
 日本国内におけるFAP患者の生体肝移植は,現在までに約15-20例行なわれている。その中には,昨年7月に京大で行なわれたドミノ肝移植国内第1例と,その同月に施行された九大での第2例が含まれる。ドミノ肝移植に関して厚生省では昨年6月,摘出された肝臓を受け取るレシピエント患者の選定に関して,「日本臓器移植ネットワークが登録患者の中から優先順位の高い患者の情報提供を行なうこと」とすると同時に,生体肝移植を実施する医療機関が独自に患者を選定することも認めている。今回のドミノ肝移植によって,日本の移植医療の問題と同時に,新たな可能性を示したと言えよう。
 今回,FAP患者生体肝移植に執刀医として手術に携った若林剛氏(慶大)と,摘出された肝臓から2人の患者に移植を実施した田中紘一氏(京大)に話を聞く機会を得た。


若林剛氏(慶大・外科学)インタビュー

第3例目のドミノ肝移植

若林 このたび慶大では,家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の患者さんの生体肝移植を行ない,さらに京大と連携して摘出された肝臓を用いたドミノ肝移植を行ないました。FAPは,肝臓で変異トランスサイレチンがつくられてしまうために,この物質がアミロイドとして臓器や神経に沈着して発症するという過程を経ます。このアミロイドは約20年ほどかかって主要臓器や神経に沈着し,最終的には消化器症状の悪化や多臓器不全の出現により患者さんを死に至らしめます。しかしFAPの肝臓はこれ以外の機能については正常で,見た目も健康な肝臓とは変わりません。
 最初に,当院の神経内科医から「FAP患者さんで生体肝移植を希望されている方がいる」との依頼を受けました。この患者さんは20代男性で,肝臓の提供を申し出られたのは,60代の患者の父親です。患者さんには,移植後の肝臓を他の方へ提供できるという,ドミノ移植の可能性についてお話したところ,とても積極的な姿勢を示されました。
 この患者さんは当初,自分の肝臓が移植された方にFAPが発症する可能性を懸念されていましたが,厳密にはレシピエントのFAP発症については未知だが,現在までドミノ肝移植第1例から数年経過しているが,FAP発症例はまだないこと,待機患者さんは余命いくばくもないという厳しい状態にあることなどを説明したところ,患者さんは納得されて積極的に提供の意思を示されました。

適応患者さんの選定

若林 学内の倫理委員会での承認を得ると同時に,「日本臓器移植ネットワーク」(以下,ネットワーク)に文書で,「レシピエント候補者の選定が困難なため,ネットワークに登録されている脳死移植希望患者さんのうちで優先順位上位の方を教えていただきたい」と正式に文書で申入れをいたしました。
 現在,ドミノ肝移植の2次レシピエントの選び方には,(1)日本臓器移植ネットワークから待機患者の情報を得る,(2)生体肝移植を施行する施設内で検討する,と2種類あります。私たちは(1)を選択しました。移植医療の大前提である「患者選択の公平性」を考慮すると,(1)が妥当と結論づけたからです。実は学内にも移植の対象となる患者さんはいらしたのですが,優先順位は低い状態でしたので,あえて対象からはずしています。
 ネットワークからは,京大に待機患者リストで上位に位置する患者さんが多数いらっしゃることのみが伝えられ,実際のレシピエントについては「慶大で検討いただきたい」との返事を受けました。そこで,生体肝移植の経験が豊富であり,また多くの待機患者を抱えておられ,これまでにも病院間連携を行なってきた京大にお願いするのが一番妥当と判断しました。その旨を田中紘一先生(京大)に打診をしたところ快諾を得た,というのが今回の移植の主な流れです。

2病院間連携・遠隔医療

――今回,国内で初めて2病院間連携による移植が成功しました。
若林 ドミノ肝移植を2病院間で行なう最大のメリットは,マンパワーを2病院で分散することにより,手術スタッフの配分やきめの細かい術後管理がより効率よく行なえる点にあります。当外科教室も決して小さくはない医局ですが,それでもこの生体肝移植とドミノ肝移植を続けて行なうことは大きな負担となります。この労力を分けるだけでも2病院間での移植の効果は大きいと思います。実際に効率よく円滑に手術を進めることができ,新しい移植手術の方法を提示できたと思います。
 もう1つ,今回の連携に大いに役立ったのは,マルチメディアを駆使した遠隔医療・手術指導です。京大とはこの遠隔ドミノ肝移植に備えて術中テレカンファレンスなどを準備しました。今回の移植では,両病院間を専用のデジタル回線で結び,画像や音声を中継しています。その際には,画像上に自由に線を書くことができる画面上双方向対話システムを用いています。手術中には田中先生に画像上でFAP患者さんの肝臓がどのような状態かを評価していただいたり,demarcation line(移植の際に肝臓を血管にそって2分割するが,それを分ける線)をどこにすべきかなどを一緒に検討するなど,ご協力いただきました。

今後の方向性

 このようなドミノ肝移植をめぐっては,国内でもまだ議論の途中であり,統一基準はありません。患者の選び方にしても統一しておりません。しかし,脳死臓器移植がなかなか進まない中(脳死肝移植は4例,3月30日現在),移植を待機する患者さんが多数おられることや,時間がたつほど患者さんは厳しい状態におかれることなどを考えると,今回のようなケースはもっと増えてもよいのではないかと思います。
 脳死肝移植を含めた臓器移植については,今後さらに検討すべき問題です。脳死肝移植の実施施設は現在,京大と信州大の2施設に限られていますが,近く厚生省は全国をいくつかのブロックに分け,各ブロックに移植可能な医療施設が決められ,各施設ごとに待機患者さんが登録されるそうです。そうなるとますます生体肝移植と脳死肝移植との色分けが必要になるのではと思います。
 4月12日からの日本外科学会の会期中に,シンポジウム7「生体および脳死体肝移植の現状と将来的展望」(4月14日,第4会場)がありますが,このあたりの問題を討議していただく予定です。多くの方にご参加いただき,日本の臓器移植について議論を深めていただきたいと思います。
――ありがとうございました。


遠隔ドミノ肝移植を終えて

田中紘一氏(京大教授・移植免疫医学)インタビュー

――今回の慶大との遠隔ドミノ肝移植についての評価をお聞かせください。
田中 FAP生体肝移植についてはテレカンファレンスの中で,画像を見ながら相談したり,肝臓の状態を評価するなどしました。画像とはいえとても見やすく臨場感もありました。
 新幹線での移動もなんら問題なく,こちらも十分に準備して肝臓を受けることができました。今回の方法は大変よかったと思います。
 また,マスコミの報道も配慮されたものがあり,患者さんのプライバシーに関しては十分に守られていた,と考えています。
――摘出後の移植患者さん選定の方法についていかがですか。
田中 これにはいろいろなメリット・デメリットがあると思います。移植を待機している患者さんは大勢いらっしゃるし,私どもの施設でも脳死肝移植待機中の患者さんが亡くなっておられます。それを考えると私たちは,脳死肝移植待機患者さんをできるだけ優先したいと考えています。しかし,ドミノ生体肝移植の患者選定に一定の基準を設けているわけではなく,これは個々の施設の倫理委員会で十分に検討されるべき問題であり,それぞれの倫理観にまかされています。日本移植学会としても,特別な基準は設けていません。
――FAP患者の肝臓移植が現在15例以上行なわれており,患者さんへのメリットがありながら未だ3例のみとは少ないのでは,という印象をもってしまうのですが。
田中 必ずしもそうではありません。日本の肝移植はまだまだ始まったばかりですし,ドミノ肝移植を考える前に何よりも,重症なFAP患者さんの治療としての移植にまず全力を注ぐべきです。そして,このような形でゆっくりと移植に対する理解が得られ,定着していけばよいのではないでしょうか。生体肝移植はあくまで重症患者さんへの治療法の1つです。ドミノ肝移植の数だけをとらえて評価することまで考えなくてもよいと思います。

ドミノ肝移植をどうとらえるか

――今後このようなドミノ肝移植は増えていくでしょうか。
田中 その可能性はあると思います。今回,新しい移植の方法を提示したので,検討する施設が増えてくるでしょう。またドミノ肝移植も3例成功しましたので,こちらも増えるのではないでしょうか。ドミノ肝移植の場合,摘出から12時間以内であれば手術可能なので,おそらく日本国内であればどこでも,病院間で連携して行なうことは可能と思います。しかし,これは当のFAP患者さんがどのように考えるかが最も大事です。FAP患者さんの思いを尊重して初めて可能なことですから。実際に患者さんとは十分に話し合って知識を得ていただき,また長期のフォローが必要となります。このことを患者さんに理解していただき,また各施設が移植の確かな技術と経験を積んでいけば今後,ドミノ肝移植は増えていくでしょう。
 ただ,今回と同様に病院間連携による移植を進めるべきと考えるかどうかはまた別の問題で,実際にはケース・バイ・ケースで考えるべきと思います。当院と慶大とはこのような連携が可能でしたが,他施設とはまた違ってくるでしょうし,それでよいのではないかと思います。
 今回のドミノ肝移植をとらえる時,1つは新しい移植体制を提示して成功させたこと,もう1つはこの移植によって2人の重症患者さんが恩恵を受けられたことが最も重要ではないでしょうか。