医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 いま問われる「エンプロイアビリティ」

 栗原知女


 「エンプロイアビリティ」という言葉をご存じだろうか。
 日経連の定義によると,「自社で継続して雇用され得る能力」と,「他へ転職しても通用する能力」の両方を指す。そのどちらが欠けても,会社員人生は危うい。身の回りにはリストラ,倒産や大型合併などの危険がいっぱいだ。年功よりも目に見える成果で評価される社内外のシビアな競争に勝ち残るために,会社員は日ごろから自己啓発に取り組んで専門な知識やスキルを身につけ,エンプロイアビリティ向上に努めねばならない。
 看護職にとっても他人事ではない。プロとして通用する能力=エンプロイアビリティを,雇用主からというよりは,サービスの受け手である消費者からきびしく問われる時代になりつつある。インターネットの急速な普及で,消費者が入手できる医療情報は質,量ともに格段に向上した。NPOなどによる医療サービスの質の評価やレイティング(格づけ)も今後は普及し,それを手がかりとして自分に最もふさわしい医療サービスを消費者自身の判断で選ぶようになるだろう。
 『やっと名医をつかまえた 脳外科手術までの七十七日』(新潮社)の著者である下田治美さんは,そんな未来の医療消費者のあり方を先取りした。脳動脈瘤の手術のために当初入院した病院で,お金優先の医師や,患者のことを全然考えずに自分の都合で動く看護婦に身の危険を感じて自主退院し,インターネットや医療雑誌で集めた情報をもとに名医を18人厳選。さらに実際に会って話してみて1人に絞り込み,執刀を任せたという。
 ここまで行動力と決断力のある人は少ないが,消費者の利便性を高める情報ビジネスを展開する企業がさまざまに現れる中,自分に最適な医療機関がどこであるかという情報を誰でも簡単に入手できるようになる日はそう遠くない。苦情処理機関やカウンセリング機関も,インターネットの普及で利用しやすくなるだろう。介護保険が導入され,多くの民間企業が参入している在宅介護の分野においては,なおさら消費者のきびしい選択眼が働くのではないだろうか。
 転換期にある今,現場の看護・医療のプロには,時代の趨勢に逆行することなく,より積極的に情報開示を進めてもらいたい。ホームページを通じて,健康維持法や病気の早期発見法のアドバイスといった予防医学的なアプローチをすることや,医療相談などのネット・カウンセリングシステムを設けることも1つの方策だろう。特に病と闘う人の身近にいる看護職ならではの視点を生かした,きめの細かい情報提供に期待したい。
 良質の情報を多く発信する人のところには,それ以上のものが返って来る。多くの医療消費者との間に信頼関係の太いパイプを築くために,最もよい方法の1つではないだろうか。