医学界新聞

 

[連載] 質的研究入門 第8回

質的研究と正確さ(2)


“Qualitative Research in Health Care”第2章より
:NICHOLAS MAYS, CATHERINE POPE (c)BMJ Publishing Group 1996

大滝純司(北大医学部付属病院総合診療部):監訳,黒川 健(同):訳
藤崎和彦(奈良医大衛生学):用訳翻訳指導


(前回,第2378号よりつづく)

文脈に注目する

 事例研究という形での質的研究では,日常生活を自然主義的(naturalistic)に説明することをめざして,かなり細かな具体例を取り扱うことがある。
 例えば,急性期病院を1人の研究者が観察しようと思っても,実際には2つ以上の病院を同時に観察するのは不可能である。一般化という問題,そしてただ1つの事例から何が言えるかという疑問が,ここでまた起きてくる。そこで,事例研究においてはその事例の文脈や特殊性に関して記述すること,他の事例との類似点や相違点を明示することが大切となる。事例研究については,第7章でさらに詳しく述べる。

データを直接集める
 質的研究は単なる印象を述べているに過ぎないという批判に対抗するには,間接的な情報や伝聞をもとにしたものと,現場で実際に行動を観察して得られた証拠とを区別することも有用である。研究対象である周囲の環境に溶け込み,また,観察されている者にとっては,その研究者がいることの違和感がなくなるように,十分な時間をかけることも大切である。観察した行動のさまざまな様子を,「典型的だ」とか「非典型的だ」と結論づけられるほど,十分に幅広く現場を観察したと確認できるか(例えば,時間を変えて観察したとか)についても点検すべきである。観察者が研究対象の状況を十分に理解できているか否かは,その研究者の考察の中で,研究対象となった状況における言葉の独特な使われ方や意味を,どれだけ敏感に捉えているかに表れてくる。

結果を提示する際に研究者によるバイアスを最小限にするには
 質的研究を科学的で型にはまった形式の文章に記述することは一般的には不適切である。しかし,結果と考察をきちんと区別し,読者がデータと分析手順と解釈とをできるだけ見分けられるように気を配って公表することは大切である。従来から量的研究では,これらの区別は方法の項と数値表と注釈という形で上手に行なわれている。質的研究では,納得のいく解釈を示すことにより重点を置いているために,研究報告の多くが物語的になりすぎ,研究者の見方が正しいか否かの判断は,読者がそれを信用するか否かにかかってしまっている。
 量的研究でも同様の問題がある。データの数値を並べた表に,分析する際に作った変数同士の統計的な相関関係を書き加えて提示するだけで,その現象が実社会ではどのような形で存在しているかについて何も説明しないのがそれにあたる。数量化しようとすると,複雑な現象を無理に類型化することになりかねない。同様に質的研究でも,いかにももっともらしい話にするために,科学的には不完全であるにもかかわらず,特定のデータだけを抽出してしまうこともありうる。
 質的分析を客観的に表現する上で障害になる点は,データ量がむやみと多くなりがちなこと,それを研究者が要約するのが比較的難しいことである。面倒ではあるが,現場から得たデータはすべて,読者にわかるようにマイクロフィルムやコンピュータのフロッピーに保存することが推奨されてきた。他の対策としては,もとになるデータ(例えば,言葉や会話)を使って広範な関連図を提示し,それに詳しくコメントをつけるという方法もある。
 その他に,質的分析を量的な研究結果と統合させる方法もある。数量化は結果を集約し,わかりやすくするためだけに用いて,標本は無作為抽出ではなく自然発生的な現象を特定の理論に沿って選び出して観察するのであれば,分析方法としては質的ということになる。
 表1は,小児循環器外来で医師が親に最初にする質問について,障害のない子どもとダウン症の子ども(対象数は少ないが)の場合とを比べたSilvermanの研究結果を示したものである。両者の違いを比較するのに注釈はほとんど必要ないだろう。

質的研究を評価する

 この章では,質的研究方法を用いている研究者が,その研究の正確さを高めるための方法をいくつか示した。質的研究の論文を読む時に,その質を評価する際の鍵に気づくのに本稿が役立つことを願っている。
 量的研究の原著や総説を読む上で,その研究デザインや統計学的,あるいは経済学的な側面を評価するのに役立つチェックリストが出版されている。それらと同じように,質的研究を読む上でのチェックリストとしてこの章の内容を凝縮して,研究デザイン,データ収集方法,分析方法,そして報告にまとめてみた(表2)。このチェックリストによって,保健や保健医療サービスの質的研究に携わる人たちが,批判に対して答えられるだけの自信を持ってもらいたいと願っている。
(第2章おわり)

※本連載は,“Qualitative Research in Health Care”(編集:Catherine Pope,Nicholas Mays,発行:B.M.J Publishing Group,1996)の全7章+付録を翻訳しているものです。

表1 小児循環器外来で質問された事項
○子どもに障害がない場合(無作為抽出)の例(22例)
「お子さんは元気ですか」11(例)
「あなたから見てお子さんの様子はいかがですか」
「お子さんに何か変わったことはありましたか」
「心臓の調子はよさそうですか」
「お子さんはいかがですか」
質問せず
○子どもがダウン症児の場合(12例)
「お子さんは元気ですか」0(例)
「あなたから見てお子さんの様子はいかがですか」
「お子さんに何か変わったことはありましたか」
「お子さんの心臓のことですが,息苦しそうな様子はありますか」
「お子さんは風邪や肺炎に罹っていませんか」
「お子さん自身はどのような具合でしょうか」
質問せず

表2 質的研究の点検項目
●すべての段階で理論的な枠組みや方法論について明快に説明しているか
●文脈は明快に示されているか
●標本抽出の方法が明確に記述され,その理由が示されているか
●標本抽出方法は,それを概念分析して一般化できるほど,包括的に(例えば,さまざまな人や状況を対象に含めて)行なわれたか
●フィールドワークはどのようにして行なわれたか。それについて詳しく記述されているか
●根拠となるデータ(フィールドノート,インタビューのテープ起こし,録音,書類の分析など)は他の人によって別個に検証されたか。もしもそれらが適切に行なわれていた場合には,テープ起こしの内容の正確さについても別個に点検しているか
●データの解析過程は明確に記述され,理論的に裏づけられているか。それらは研究のきっかけになった疑問と関連があるか。データからどのようにして主題や概念を導き出したか
●信頼性を得るために,解析は2人以上の調査者で行なわれたか
●質的研究による結論の検証に,量的研究の結果を適切に利用したか
●分析結果への反証や分析結果の変更を必要とする所見を見つけ出そうとしたことが示されているか
●データから解釈を導き出すまでの過程に疑問を持った読者を納得させることができるように,もとになった十分な情報が系統的に記述報告の形で(例えば,引用個所に番号を付し,そのもとデータをつける等)示されているか