医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


圧倒的にビジュアルな形で読者に訴える大腸病学の書

大腸疾患のX線・内視鏡診断と臨床病理
武藤徹一郎,多田正大,名川弘一,清水誠治 編集

《書 評》長廻 紘(群馬県立がんセンター院長)

 日本の大腸病学はほとんどゼロからのスタートでしたが,今ではいくつかの分野で世界のトップクラスにあると言っても過言ではありません。大腸疾患の質的・量的な増加がその根底にありますが,この急速な進歩は,推進者たちの構想力・努力とがあってはじめて可能でした。このたび上梓された『大腸疾患のX線・内視鏡診断と臨床病理』の編集者である武藤徹一郎氏(外科,東京)は,評者の最も尊敬する同学の先輩であり,多田正大氏(内科,京都)は,最も刺激を受け続けてきた同学の後輩です。この両氏こそは日本の大腸病学の強力な推進者であり続けた固有名刺といっても過言ではありません。本書が取扱うX線・内視鏡診断,臨床病理こそは,東西,内科系外科系を代表する両氏が特に得意とされる分野で,その薫陶を受けた共同編集者名川弘一,清水誠治の両氏とともにその学派の俊英を総動員した,最適のグループによってなされた,との感を深くします。
 中国清朝の歴史学者,章学誠に「六経皆史」という説があります。中国の古典である六経(詩経,易経など)はすべて歴史の一種であるとの考えです。医学に携わる者にとって,日常行なうすべてのことは医学に連なる,大腸を業とするものはすべてが大腸ひいては医学に関係するとするのは,章学誠の説をあながち曲解したことにはならないでしょう。両氏ならびに学派の方々の日常からはそのような気構えがうかがわれます。
 日本の大腸病学はとても若い学問ですが,せっかくここまできたのですから,これからも同学の士が増え,進歩を続けていくことが望まれます。そして,今後も増え続けると予想される大腸癌,ポリープ,IBDなどの解明,診断,治療に立ち向かっていただかなければなりません。そういった人たちをひきつけ,情熱をかきたてさせるに値するバランスのとれた成書が,残念ながらありませんでした。まさに,待望久しかった書の出現と言っていいと思います。

大腸疾患に関するすべて

 本書は姉妹編である『胃疾患のX線・内視鏡診断と臨床病理(麿伊,望月編;1993年)』と同じような役割を,これから大腸疾患に果たしていくことは確実です。編者らが自負される通り,内容的には膨大で,大腸疾患に関するすべてが盛り込まれ,熟読すればあらゆる疾患に対応できる内容に仕上がっています。
 武藤・多田両氏はこれまでも数々の名著を世に問い,学術書を編集することに高い評価を得ています。執筆はそれぞれのグループの中堅,若手によってなされていて,分担本にありがちな不統一,矛盾した記述はなく,文章はこなれていて,安心して読めます。特に大腸癌(疫学,スクリーニング,臨床病理,前癌病変,表面型腫瘍,HNPCC,画像診断,外科治療,化学療法,放射線療法)に90頁と全体の1/3近くが割かれていて,自らもこの本のめざす所がうかがわれます。ポリープ・ポリポーシスおよびその他の大腸腫瘍はあくまでも大腸癌を補完する,という立場が与えられています。炎症性疾患も潰瘍性大腸炎,クローン病を太陽として他の疾患は惑星と分をわきまえています。

一流の大腸病学者への王道の書

 大腸疾患に関する診断の本は,図がたくさんあり,それらが美麗で,説明は簡にして要を得ていることが求められます。『大腸疾患のX線・内視鏡診断と臨床病理』はそういった点で日本の類書のはるか上をいくものです。美麗なカラー写真を300枚,写真167枚,図65枚と,圧倒的にビジュアルなかたちで読者に訴えかけます。また類書はあれもこれもで,ついtrivialismに陥りがちですが,本書は治療にも重点が置かれていて,分量的な制限が加わったこともあると思いますが,必要にして十分な内容で,非常に読みやすくなっています。
 まず通読し,必要に応じて事典的に使っていけば,一流の大腸病学者への王道の書となることは間違いありません。
B5・頁312 定価(本体20,000円+税) 医学書院


ベストプラクティスを追求する医師に力強い味方

〈総合診療ブックス〉
妊婦・更年期患者が一般外来に来たとき
20の診療ナビゲーション
 青木 誠,松原茂樹 編集

《書 評》佐藤純一(石岡第一病院長)

実例をあげて教訓や対処法を解説

 良著である。プライマリケアを実践する者にとって,妊婦や更年期患者に接する機会は少なくない。事実,評者も「妊娠がわかる前にかぜ薬を飲んじゃったんですが大丈夫でしょうか」「吐き気がするので胃のレントゲンを撮ってもらって,後でつわりだとわかったんですがどうしましょう」といった相談を受けることがある。読者なら,こうした疑問にどう答えるであろうか。
 実は評者はその都度,大学の先輩であり,本書の編者の1人でもある自治医科大学の松原茂樹先生に電話でコンサルテーションをお願いしていた。その電話代と忙しい先輩をつかまえる手間を省いてくれたのが本書である。一般外来で診る可能性のある妊婦,更年期障害患者の問題点を,実例をあげて示し,その教訓や対処法を一般医にもわかりやすく解説しているのが本書の特徴であり,まさに一般診療のナビゲーションとして最適な1冊であろう。また,漢方医学の基礎やホルモン補充療法などにも触れられており,それらの入門書としても興味深い。

「ちょっと困ったこと」にも対応

 各ナビゲーションの最後にまとめとして「Generalistへの診療アドバイス」の項が設けられていて,外来診療の合間に「ちょっと困ったこと」をあわてて調べるのに役立つ工夫がなされている。実践書として心憎い配慮である。
 本書が3冊目となる「総合診療ブックス」シリーズには,『こどもを上手にみるためのルール20』,『けが,うちみ,ねんざのfirst aid』の既刊があり,一般医を中心にともに好評であると聞く。総合的な診療,言い換えればベストプラクティスを追求する者にとっては,本書をはじめとして力強い味方が現れたという印象である。今後ともこのシリーズの充実が望まれる。
 繰り返しになるが本書は良著である。ぜひ,多くの方々にご高読いただき,本書が「良著」と言われるより,「名著」と呼ばれるようになることを心より願っている。
A5・頁208 定価(本体3,700円+税) 医学書院


臨床医が知っておくべきアルコール依存問題

アルコール依存の脳障害 赤井淳一郎 著

《書 評》松下正明(都精神研所長)

 畏友 赤井淳一郎先生のライフワークとも言うべき著書『アルコール依存の脳障害』が刊行された。待ちに待った出版である。
 赤井さんは(お互いに若い時からのおつき合いで,「先生」では畏まってしまう),精神科医の中でも神経学(とくに,パリ学派の臨床記述主義)の重要性を主張する,いわゆる神経精神医学者の1人で,学問の方法としては臨床神経病理学を採っておられる。この学問の真髄は,自らが主治医となって症例にコミットし,亡くなった後に脳を解剖して形態学的変化を詳細に調べることにあるが,彼は,その王道を弛まなく歩んでこられた。臨床的には記憶障害や痴呆をテーマとし,ヘルベス脳炎やアルコール性ウェルニッケ・コルサコフ症の剖検例を丹念に報告なさっておられたことを覚えている。とくに,アルコール性脳障害への関心は若い時からの赤井さんの特徴で,本書を待望久しいと述べたのは,彼の豊富な臨床と神経病理の経験がまとめられることを評者を含めて多くの人が望んでいたからである。

10年間にわたる自験例を基底に据え

 予想どおり,素晴らしい著書ができ上がった。赤井さんの基本的な姿勢を表して余すところのない「はじめに」は,短い文章ながらなかなか読みごたえがあるが,そこにも記されているように,国立久里浜病院における10年間にわたる体験に基づく自験例を基底に据えて,アルコール依存に伴う種々の脳障害について総説した著書である。取り上げられた脳障害は,「ウェルニッケ脳症」,「コルサコフ精神病」,「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」,「アルコール性痴呆と慢性アルコール症」,「小脳性失調」,「中心性橋随鞘融解」,「Marchiafava-Bignami病」,「頭部外傷」であり,それぞれの疾患について,その概略が述べられる。総説とか概略を述べるなどというと,いかにもいわゆる教科書に聞こえるが,しかし,本書が類書とまったく違うところは,単に,多くの文献を引用し,誰それが何を述べたかの羅列に終わるのではなく,あくまでも,赤井さん自らの経験として,あるいは自らの言葉として,criticalに記述されていることにある。
 それはとくに,依存と中毒や離脱症候群に関しての臨床的な考察の項目で際立ち,教えられるところが多い。「参考文献としてあげたものの症例の選択の正確さについて配慮した。でないと,いかに多くの文献を渉猟したとしても,今後,有益なものを産み出していくための資料とならない」といった文章にも,赤井さんの姿勢が窺われるであろう。

一般の臨床医に読んでほしい1冊

 精神医学の世界ではままこ扱いされているが,アルコール問題は,学問的にも社会的にも焦眉の課題である。しかも,多数のアルコール症者に脳障害が伴うことがほとんど知られていない。取り返しのつかない後遺症を残すことも少なくない。そのようなことを考えると,まずは精神科医や一般の医師の中に,アルコール依存における脳障害のことが普く知られる必要がある。本書を,精神科医のみならず,一般の臨床医にも,強く推薦する所以である。
B5・頁200 定価(本体7,500円+税) 医学書院


臨床現場での勘所を教える精神医学マニュアル

総合病院精神医学マニュアル
野村総一郎,保坂 隆 編集

《書 評》越野好文(金沢大教授・神経精神医学)

 本書は,総合病院精神医学の全体像を短時間で俯瞰でき,座右に置いてすぐに役立つような実用書をめざして企画された。あくまでもわかりやすく,実用的で,患者を目の前にして対応法がわかり,大きくピントがはずれることのないような最低の知識が得られ,しかも先端的な方法に進む可能性につながるような,そういう内容を心がけたと編者は言う。編者の目的は十分に達成されている。索引を含めて320頁と比較的コンパクトなつくりであるが,内容は深い。一気に読み通し,総合病院精神医学のアウトラインを理解することができる。とともに必要な時に必要な項目にコンサルトすることも可能である。各章の終りの文献はさらに詳しく知りたい時に役立つ。一見欲張った企画を実現できたのは,精神科医療を実践している27人の執筆者に負うところが大きく,ご努力に心からの敬意を表したい。

総合病院精神医学の今後の方向性を明確に

 内容の一部を紹介する。日本の総合病院精神医学を代表する編者の野村先生と保坂先生の筆になる「I.総合病院精神医学の役割」は,総合病院精神科に期待される役割とわが国の総合病院精神医学の現状を分析し,総合病院精神医学の今後の方向性を明確に示したものであり,本書の圧巻である。
 「II.精神症状の評価」では,身体疾患患者の評価,心理テストおよび器質性精神障害の診断に加えて,近年特に重要性を増してきている薬剤性精神障害が取り上げられている。
 「III.実践的ガイドライン-総論」では,身体疾患患者への精神療法,薬物療法に加えて,総合病院精神医学ならではのテーマのスタッフへの対応に力点が置かれている。そして単なる教科書的な知識の紹介ではなく,実際の臨床場面で押さえておくべき勘所を注意してくれる。例えば,薬物療法であっても,患者との出会いに注意することが強調されており,(1)患者が入室した瞬間から,患者の示すすべての表出を体感する。(2)そこで,まずおおよその状態像を見立てる。(3)個々の精神症状の有無を把握し,状態像の正当性を確認する。(4)個々の精神症状の中から,薬物療法の対象となる標的症状を抽出すると,まことに具体的に対処方法が述べられている。
 「IV.実践的ガイドライン-各論」では,総合病院精神科で重要性の高いせん妄・痴呆,身体表現性障害および疼痛障害,救急および自殺企図患者,サイコネフロロジー,サイコオンコロジー,アルコール・薬物依存と離脱,総合病院外来での精神分裂病治療,心身症,摂食障害,美容整形および性同一性障害,妊娠・分娩,精神障害者の身体合併症医療,HIV感染症,リハビリテーション医療が取り上げられている。ただ,現代は不安の時代といわれ,不安は身体疾患を装って現れることが多く,しかも的確に診断されれば治療効果が高いことから不安障害を,またうつ病患者は最初に身体科を受診することが多いことから,うつ病もリエゾンの面から取り上げてほしかった。

情熱を実践へと導く道しるべ

 日本総合病院精神医学会は「本音で話し合う」ことをモットーとした学会である。学会の活発な討論からは何としても病気を治したいという情熱が伝わってくる。この情熱を実践へと導くための道しるべがほしいとかねてから考えていた。本書はみごとにこの期待に応えてくれた。総合病院の精神科医のみならず,その他の精神科医,そして心療内科医とコメディカルの人々にもぜひ活用していただきたい本である。
A5・頁320 定価(本体4,200円+税) 医学書院