医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 ハルさんと娘たち

 馬庭恭子


 銀髪が朝日で輝く部屋で,93歳のハルさんは,2000年を迎えた。明治女の何事にも動じない,じっとがまんの女性である。2男3女の5人の子宝に恵まれ,健康でほとんど病院とは無縁の生活だった。しかし,骨折,脳梗塞で倒れてから,ベッド生活となり,今は長女の良子さんと2人暮らしである。3間の公営住宅で,狭い空間ながら,早起きで几帳面な性格の良子さんによって,きれいにいつも整理整頓されている。
 「性格じゃけー,どうしょうもない」と本人は笑っている。
 県外に住む次女の町子さんは,毎日電話をかけて様子を聞いてくる。無事を確認し,パートに出かける。
 「おかあちゃん,おかあちゃん」と受話器の向こうで明るい声が響いて,ハルさんのうれしそうな顔。三女の理恵さんは,市内で,専業主婦。週1回の訪問入浴日に訪ねてくる。裸になっていく母親をみながら
 「気持ちがえかろうね。私も入りたいわ」良子さんがすかさず,
 「あんたの裸なんか,誰も見たくないわいね」
 「フン,姉ちゃんのほうがもっと見とうないわいね」との掛け合いを,じっと聞いている。そんな日々を送る中,1か月の間に,町子さんの耳下腺がん,理恵さんの夫の上顎がんが見つかった。
 兄弟姉妹の電話でのやりとり,バタバタ動く雰囲気にハルさんは,心配そうな表情だった。驚かせてはいけない,心配かけてはいけないで周囲は緊張した。
 「おかあちゃんにどういったら,いいかね」
 「本当のことをいったほうがいいと思いますよ」
 「そうよね。嘘ついてもしょうがないよね」で,良子さんが口を引き締めた。
 じっと聞いていたハルさんは,突然
 「ワーン」と,顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
 みんな驚いた。今まで泣いた姿を見たことがなかったので,ベッドの周りは,静かになった。しかし,ひとしきり泣いたあと,ニコリと微笑んで,
 「ダイジョウブ」とかすれ声がした。
 町子さんの手術日,神棚には青々とした榊が飾られ,煌煌とした灯りが燈されていた。ハルさんはじっと天井をみている。良子さんは,成功を祈り,大好きなコーヒー断ちをして,願叶をしている。
 この家族の肉親への愛情はいろいろな場面で感じていたが,この日は祈りの時間が流れていた。町子さんの経過はよく,その報告は日々報告されていた。しばらくして,放射線療法が始まり,一時外泊許可で,町子さんがハルさんを訪ねた。
 「おかあちゃん,ほら見て,ここ」
 髪をかき上げ,茶褐色に皮膚が変色した部分を見せ,
 「ドブネズミみたいでしょ」と町子さんは,明るい。ハルさんは,それを見るやいなや
 「ワハハ」と声をあげて笑った。みんなその笑い声の大きさに驚いて,笑ったり,泣いたりした。町子さんのユーモアがみんなを救った。