医学界新聞

 

連載 MGHのクリニカル・クラークシップ

第6回

クラークシップの舞台と役者たち(後編)

田中まゆみ(ボストン大学公衆衛生大学院)


2371号よりつづく

 これら優秀な医学生を助手としてあてがわれ,実際の病棟医療のすべてを行なうのがインターン(註1)である。彼らもまた全米,いや世界中から研修医に応募してきている。

MGHの研修医とは

 ハーバード医学部に入学するよりMGH(マサチューセッツ総合病院;ハーバード医学部の教育提携病院)の研修医になるほうが難しいとよく言われる。MGH内科研修プログラムの競争率は,毎年100倍に近い。書類選考でほぼ8倍まで絞り,あとは面接で選ぶ。ハーバード医学生で内科志望の者はほぼ全員MGHに応募するそうだが,MGH内科の40数名のインターンのうちハーバード医学部出身者は約4分の1に過ぎないから,内部でも10倍近い競争率ということになる。面接試験には研修医も独自に選考に加わるが,不思議と教官と意見が一致するとのことであった。
 毎年外国人も採用するとのことで,例えば98年は台湾大学医学部卒業後UCLAでPhDを取ったという男性がいたし,その前年は中近東の医大卒業生が採用されていた。プログラムディレクター自身,マレーシア出身で,訥々とした英語にかすかに訛りがある。MGHの内科研修医の性別・人種別構成は医学部学生とよく似ており,半数が女性で,3割強がアジア系,1割強が黒人・ヒスパニックである。チーフレジデントは2人で,うち1人は黒人女性であった。

研修医に対するニューパスウェイ式教育

 クラークシップの間,医学生は研修医とチームを組みインターンにつきっきりで学ぶわけであるから,外部から来た研修医もニューパスウェイ式に教育しなければ一貫した教育はできない。ニューパスウェイ導入当時はまだ医学生の権利などは認められておらず,雑務に忙殺される研修医は医学生を足手まとい扱いしたり,こき使ったりしがちであった(註2)。そこで研修医に対して「いかに医学生を教えるか」というニューパスウェイ式講習が導入され,研修医も教官と同じように医学生からの評価(フィードバック)の対象となった。ただでさえ忙しいのに大変だと思うが,皆いやな顔もせず医学生の質問に親切に答えてくれる。現在では医学部の多くがニューパスウェイ式教育を取り入れていることもあろうし,「教えることは自分が学ぶこと」という考え方が浸透していることもあるだろうけれど,なかなかできることではない。

世界水準の医療を提供する研修医チーム

 チームリーダーは,インターンを終えたジュニアまたはシニアレジデントで,教官との連絡とインターン・学生の教育,チームを代表しての患者家族への説明,他科や看護婦との業務連絡などを担当する。教官とは,2回の回診とは別に毎日病棟ミーティングを持って全患者の容態と問題点を逐一掘り下げて確認・把握しておく。そして,その重要項目をチーム回診でインターンや学生に伝え,続いての教育回診で教官から尋ねられそうなポイントを教えてくれたりする。
 加えて,学生のプレゼンテーションの指導もするほか,教育的な症例について適宜文献を集め,前もって読んでおいて総括を行なう。また,患者家族への,チームとしての正式な説明をインターン・教官とともに行なう。患者のケアにつきもののさまざまなトラブルについて,研修医レベルで解決可能か即刻教官の助言を仰ぐべきか判断するのも重要な役目である。
 各専門科へのコンサルテーションがスムーズにいかない場合の各科フェローとの交渉,退院に向けてのケースマネジャー(註3)への根回し,そして病棟での患者やその家族をめぐるトラブルを看護婦や婦長と話し合う等,レジデントチームを代表して診療の陣頭指揮にあたる。チームの医療の質と運営の円滑さはこのチームリーダーの力量によって決まるといってよい。
 そして,指導教官が各チームに1-4名つく。毎日2人で指導にあたるチームもあれば,月・水は循環器科専門のA教官,火・木は胃腸科のB教官,金曜は血液腫瘍科のC教官,という具合に交代するチームもある。いくら優秀とはいえ,研修医チームが曲りなりにも世界のMGHとして恥じないレベルの医療を遂行できるのも,ベテランの教官が背後でがっちり支えていればこそである。

ハーバードの臨床教官たち

 MGHには,循環器内科,消化器内科,感染症内科,内分泌内科,腎臓内科,呼吸器内科,血液腫瘍内科,リウマチ内科,神経内科の9専門科があり,独立した研修システムと専門医認定制度を有する神経内科を除いた8科が「内科」研修に協力する(註4)。各科の部長・副部長はもちろんだが,そのほかに,部長より偉い大物教授(部長を退いた後も研究・臨床さまざまな管理要職についている)も,MGHと提携している開業医グループの代表も,年に1か月は「サービス」(患者と医学教育への奉仕)として当番制で研修医の教育にあたる。
 彼らのほとんどはNIHからのグラントや開業医としての収入で生計をたてており,ハーバード医学部やMGHからは教授・部長などの称号(タイトル)のみで給料はもらっていないのが普通である。昔から開業医には週のうち何日かは貧しい患者のために無料医療奉仕をする慣例があったことと,医学の後輩には無料で教えるというヒポクラテスの誓いが,この「サービス」制度の背景にあるようである。
 朝2時間の教育回診・夕1時間の病棟ミーティングの間びっちりとつきっきりで指導するほか,合間には各患者を個別に診察して教官の立場からカルテも必ず書き加えねばならず(でないと保険によっては支払いが行なわれないということもあるが,何よりも指導教官としての義務とされている),わからないことは文献や時には同僚のネットワークを駆使して調べたりもせねばならず(何しろ専門とは無関係の一般内科を教えなければならないのだから結構大変である),チーム担当の1か月間は教育活動に専念奉仕するのである。
 日曜日の回診には教官は来ないが,土曜日の回診には,教官がレジデントたちに何か軽い朝食(マフィンやベーグル,ドーナツなど)を持ってくる慣例がある。また,月末には「打ち上げ」としてチームの全員に食事をふるまうという慣例になっている。病院にテイクアウトを持ち込んで来る教官もいるが,たいていは病院近くのレストランで夕食をおごってくれる。中には自宅での正式なディナーに招待してくれる教官さえいる。

月末の入院は避けよう

 そして,1か月ごとにチームは解体され,学生も研修医もバラバラに組み直されて次のローテーションへと移動していく。何よりも驚くべきことは,このシステムがちゃんと機能しているということだ。在院日数が平均5.5日間と短く,月変わりの引継ぎにつきあわされる患者は少数だということもあるだろうが,患者の情報が口頭でもカルテでもすべてほぼ一定形式に従って整理されており,誰から誰へ受け持ちが変わろうとスムーズに受け渡しできるシステムになっているからであろう。
 しかし,患者にとっては迷惑だろうとは思う。アメリカの消費者団体の出している「入院する時に病院に持っていく本」という患者向けのマニュアルに,「教育病院に入院する時は,できるものなら7月は避けたほうがよい。新人のインターンが7月に入ってくるから。また,できるならば月末の入院も避けたい。月が変わると,またまったく新しい医師たちに担当換えになるから。」と記してあるのもうなづける。もっとも,病気になる月や日を選べるくらいなら,誰も苦労しないのだけれど。

(註1)インターンというのは蔑称ではないにしても悪いイメージが強いので,アメリカ医師会ではインターンを公式名称としては認めていない。しかしインターンと言う呼称はまだ広く使われている。最近,ニューヨーク州で,「わが子が医療ミスで死んだのは,インターンが極度の睡眠不足と過労で思考能力が低下していたため。インターンにろくに眠る時間も与えず働かせる制度を改めよ」という訴訟が起こされ注目を浴びた。また,一昨年イェール大学病院でインターンが注射針を指に刺す事故でHIVに感染し病院を訴えたが,その理由は,“See one, do one, teach one”という即席主義教育の横行による不十分な指導が事故を起こすもとになった,というものであった。このような世論の批判を受けて,研修医の連続労働時間に上限を設けたり,一晩の当直医1人あたりの新入院患者数に上限を設けたり(MGHでは現在5人),インターンの睡眠時間確保のためにナイトフロートと呼ばれる「夜勤の遊軍」チームを導入したりと,さまざまな努力が試みられているが,遅々たるものであった。というのも,1976年の労使関係審議会(NLRB)決定により研修医は「医学生と同じトレーニング中の身」とされ,法律的に彼らの長時間労働を監視するものは何もなかったからである。昨年12月,NLRBは,病院と研修医は労使関係にあると認定し研修医に集団交渉権を認める画期的な決定を下した。
(註2)当時の研修医や医学生の苛酷な日常を描写した著作は数多いが,主なものをあげると:“House of God”(by Samuel Shem, Dell Books)“Becoming a Doctor”(by Melvin Konner, Viking Penguin Inc.)“The Intern Blues”(by Robert Marion, Random House)
(註3)ケースマネジャー(Case manager)とは,入院期間が短いほど病院の収入が増えるDRG/PPS,マネジドケアの隆盛に伴い重要になってきた新しい職種で,患者が1日も早く退院できるよう,患者の容態に合ったリハビリ施設等の受け入れ先ベッドを確保したり,自宅なら訪問看護婦の手配等を行なう。退院先が用意万端整わないと患者を退院させられない規則なので,毎朝のチーム回診にも付き添って患者の退院時期を医師チームと調整する。
(註4)専門内科ごとの病棟は〔神経内科,循環器ICU(CICU)等を除いて〕存在せず,約200床(ICU17床)が内科ベッドである(MGH全体では832床)。これらすべてがレジデントチームによって運営される。