医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


臨床現場で腫瘍マーカーを使うすべての医療者に

腫瘍マーカー臨床マニュアル
大倉久直,石井 勝,高橋 豊,他 著

《書 評》垣添忠生(国立がんセンター中央病院長)

 腫瘍マーカーという言葉を聞くと,医学に携わる多くの人たちの頭には,「がんの早期診断」,「治療のモニタリング」,「測定の組み合わせと間隔」,「保険診療上の制約」,「遺伝子産物などの新しいマーカー」といった事柄が浮かんでくるはずである。あるいは,Prostate Specific Antigen(PSA)の導入以来,前立腺がんの早期診断,治療モニタリングに果たす絶大な意義から,世界中で汎用されている事実に想いをいたす方もあるだろう。1つの有効な腫瘍マーカーの導入が,疾患の診断,治療体系を一変させたよい例である。今,早期診断に最も難渋している膵がんも,新しい有効な腫瘍マーカーが開発されれば事情は一変するだろう。すでにその画像診断の手法はかなり進歩しているのだから。“そのステップは小さくとも,人類にとってはgreat leap”と月面上でアームストロング氏がはいた言葉は,そのまま腫瘍マーカーにも当てはまる。
 本書はマニュアルと題されているように,見開き2頁から3頁の簡潔な記述によって,臨床上重要な腫瘍マーカーの選択,その利用法,疾患別の項目の選択と組み合わせ,適正な検査間隔,偽陽性,偽陰性などを含めたデータの読み方,治療経過中の測定値変動の意義,保険診療上の注意などが網羅されている。
 通読する機会のある読者には,「腫瘍マーカーの歴史」の項は理解を深める上でも有用である。Bence Jones蛋白の発見→20世紀前半のホルモン→1963年AFPの登場→1979年単クローン抗体による糖鎖抗原CA19-9抗原の発見→1990年代のがん関連遺伝子などの新しい腫瘍マーカー開発,は大きな流れをつかむ上で理解を助けることになろう。
 腫瘍マーカーによる化学療法の効果判定は新しい課題である。がん組織の多様性のため質的,量的なマーカー産生の不安定性もあり,化学療法効果の判定基準作成になかなか意見の一致をみない場面もある。他方,胚細胞腫瘍の場合にはAFP,β-HCGなどの腫瘍マーカーの変動は,化学療法の内容や回数,手術の必要性やタイミングの決定などに必須の手段ともなっている。こうした問題もよくとりあげられている。

保険診療上の注意も網羅

 腫瘍マーカーを保険診療で使う上で,確固たるエビデンスにもとづく健康保険適用や,悪性腫瘍特異物質治療管理料をがん治療の現場に合わせて柔軟に運用することなど,解決すべき問題点も,利用する側の科学的理解にもとづいた適正使用なども的確に触れられている。
 巻末に,主な臓器がんでの腫瘍マーカーの病期別陽性率,臓器別・目的別の腫瘍マーカーの組合せが表にまとめられている。少し知識が不確かな場合などの参照するのに大変便利である。
 本書は,まさしく臨床の現場で腫瘍マーカーを使うすべての医療者にとって,有用なマニュアルとして推奨できる。
B5・頁198 定価(本体6,000円+税) 医学書院


痴呆の臨床と研究のエキスパートによる治療ガイドライン

米国精神医学会治療ガイドライン
アルツハイマー病と老年期の痴呆

日本精神神経学会 監訳/責任訳者 三好功峰

《書 評》小阪憲司(横浜市大教授・精神医学)

 この小冊子は,米国精神医学会(APA)の治療ガイドライン・シリーズの一部であり,痴呆の臨床と研究のエキスパートである精神科医が構成する分科会で起草され,1966-1994年の関連文献(末尾に243編の主要文献があげられている)が包括的にレビューされ,10団体,48人以上の提言を含む広範なレビューで多数の草稿が作成された後,APAの理事会と総会で承認されてできあがったものである。

治療原則と他の選択肢を評価

 まず「推奨の要約」として,一般的な治療原則とそれ以外の選択肢についてまとめられているが,臨床的にどの程度の確信を持たれているかによって個々の事項が3段階に評価されているので,この項を読むだけで全体の大略を伺うことができる。「疾患の定義,経過,疫学」の項では,痴呆,随伴症状や主な痴呆性疾患の臨床について簡潔に記載されている。米国ではアルツハイマー病が全痴呆の50-75%を占め,血管性痴呆は2番目に多く,レビィ小体病も頻度が高いことが記載されている点が注目される。
 「治療原則と選択肢」の項がこのガイドラインの主要な部分であり,本文の約半数の頁を占め,「A.治療場所」,「B.精神医学的管理:精神療法および心理社会的治療」,「C.特別な精神療法・心理社会的治療」,「D.身体的治療」からなっている。ここでは,認知障害の他,感情や行動面の障害を含む,いわゆるBPSD(Behavioral and Psychiatric Syndrome of Dementia)への対応が精神療法や心理社会的療法,向精神薬による薬物療法を含めて具体的に記載されており,その基本に患者の機能レベルを最大限にし,困難な疾患を持つ患者とその家族の安定性と快適性を実現させる一助となる精神医学的管理があることを強調している。
 さらに,「治療計画の策定」では,軽度・中等度・高度という障害の程度に応じた具体的な治療計画が示され,そのためには症状の正しい評価を行なうべきことが強調されている。次に,「治療の決定に影響する要因」がいくつかあげられ,最後に「研究の方向」が示されている。今後の研究の方向としては,(1)種々の評価法,(2)痴呆の進行を停止させる薬物,(3)BPSDへの薬物療法,(4)非薬物的介入法,(5)残存機能を最大限に発揮させるリハビリモデル,(6)痴呆性老人のケアのためのヘルスサービス,(7)適切な生活環境や補助的介護などが重要であることが述べられている。

開業医,一般医にもお勧め

 全体的にみて,このガイドラインはきわめて実践的であり,専門家からみれば常識的で格別新しいものではないが,わが国では間もなく介護保険も実施されることもあり,一般の精神科医が一読すべきガイドラインと言えよう。精神科医以外に,開業医をはじめ,一般医にも推奨したい本である。
 なお,末尾に,APAの生涯医学教育単位を得るための設問が30題あげられているが,この中にはわが国では不適当と思われる設問も3-4題含まれているので,80点以上とれれば専門医として合格点をあげられよう。一般の精神科医でも60点以上とれる程度の知識は持つべきである。ぜひ試してほしい。
B6・頁152 定価(本体2,600円+税) 医学書院


内視鏡下手術に関連する全科の用語の集大成

内視鏡外科用語集 日本内視鏡外科学会用語委員会 編集

《書 評》星合 昊(近畿大教授・産科婦人科学)

各科の用語を統一

 産婦人科領域での内視鏡の歴史は古く,腹腔鏡,クルドスコープ,子宮鏡が行なわれてきた。しかし1980年代までは,一部の癒着剥離術,子宮外妊娠手術を除き多くは診断的役割であり,かつ限られた施設で行なわれ広く普及はしなかった。1990年代になり外科領域で腹腔鏡下胆嚢摘出術をはじめとした治療的腹腔鏡が急激に普及することにより,産婦人科領域でも腹腔鏡下の,卵巣嚢腫摘出術,付属器摘出術,子宮外妊娠手術,骨盤内癒着剥離術,子宮内膜症病巣焼灼術,腹腔鏡補助下腟式子宮単純全摘出術など,子宮鏡下には,粘膜下筋腫摘除術,ポリープ摘除術,子宮腔内癒着剥離術(アッシャーマン手術)など治療的内視鏡が行なわれるようになった。この傾向は,健康保険による技術料の算定が行なわれるようになり,さらに普及に拍車をかけている。
 他科も同様に,患者さんのQOLを考慮して内視鏡下手術が広範に普及し始めた現在,各科独自に術式,手術器具等に工夫がなされてきており,その知識を共有しさらなる進歩を遂げるためには,内視鏡外科学会における情報交換の場と用語の統一が必須となってきた。
 今回内視鏡外科学会用語委員会が,日本産婦人科内視鏡学会渉外担当常務理事の荒木勤教授(日医大)を委員として加えて,各科の用語の統一を目的として討論を重ね,『内視鏡外科用語集』を刊行したことは,私ども産婦人科領域で内視鏡下手術を行なっている医師にもきわめて有用である。
 本書は,左頁に,手術手技,手術器具,手術所見,手術診断,解剖の各分野で用いるべき用語のスタンダードを示し,右頁にはそれらの用語の使い方や類語に関する註を記載するというユニークな編集がなされており,座右に置いて辞書代わりに使用するのに便利である。内容を産婦人科領域からだけの視点で詳細に見るとやや不十分と思われる部分もあるが,多数の臨床各科で微妙に異なる用語の使用法の調整にかなり苦労されたことがうかがわれ,初版としては満足できる内容である。

学会発表をする医師に必携の書

 内視鏡下手術は,日進月歩で改良がなされていく領域と思われるので,用語の統一も,2版,3版と改訂が必要となるが,まず第1歩として共通の用語でのすべての科を含めた討論を可能とした本書は,学会発表をdutyと考えている医師に必須の本と言えよう。
B6・頁248 定価(本体3,500円+税) 医学書院


系統的,本格的で充実した産科婦人科テキスト

標準産科婦人科学 第2版
望月眞人 監修/桑原慶紀,丸尾 猛 編集

《書 評》青野敏博(徳島大教授・産婦人科学)

 桑原慶紀,丸尾猛両教授の編集,望月眞人前教授の監修になる『標準産科婦人科学』の第2版が全面改訂により出版された。本書は初版が1994年に出版され,好評であったが,産科婦人科学の進歩にcatch upする目的で,若手の教授の方々を中心に著者を選び,48名の著者のうち初版から残っているのはわずか8名で,内容も95%が書下ろしと聞いている。また紙数も90頁以上増やしている。

最新のトピックスも取り入れて

 初版との違いを拾ってみると,婦人科編では,女性性器の構造,月経,性分化について各々の正常機能を理解させた上で,機能異常について解説しており,わかりやすい構成になっている。外陰,膣,子宮,卵管,卵巣などの臓器別に,正常の構造と機能,次いで各種病態について述べ,理解しやすいように配置している。またトピックスとして,性感染症,不妊,加齢と疾患などの新しい章を設け詳細に解説している。
 一方,産科編では,正常の妊娠,分娩,産褥について理解させた上で,異常妊娠,合併症妊娠,異常分娩を学ばせる順序になっており,新生児の項にも力を入れている。

学生,研修医など若手の医師の座右に

 今回の新版で内容的に充実が目についたところは,(1)顕微授精などの生殖医療,(2)エイズなどの性感染症,(3)婦人科腫瘍のMRI所見,(4)卵巣腫瘍の化学療法,(5)妊娠初期の経膣超音波所見などであろう。
 本書の内容は,専門分野を考慮した著者の分担執筆により,系統的,本格的で充実しており,文字通り標準的な教科書と言える。一方,国試では近年,症例問題が重視される傾向にあり,これに対応して問題解決型の思考が求められている。欲を言えば,このような切り口も取り入れられていたら,本書の価値が一層高まったものと思われる。本書が学生,研修医など若手の医師の座右の書として活用されることを推奨する。
B5・頁564 定価(本体7,600円+税) 医学書院


人体の成り立ちを科学的に楽しく学べる解剖学の教科書

イラストで学ぶ解剖学
松村譲兒 著

《書 評》塩田浩平(京大教授・形態形成機構学)

 医師またはコメディカル従事者を志す学生にとって,解剖学は最初に出会う重要な科目である。解剖学は人体の精緻な構造を記載する学問であり,正しくそして楽しく学べば,人体の成り立ちを科学的に理解することができ,人体の美しさは学ぶ者に感動をすら与える。しかし,ややもすれば,その膨大な内容に学生は消化不良を起こし,理解が十分でないまま断片的な知識をただ棒暗記するだけということになりかねない。これは,学習する方と教える方の双方にとって悲劇である。また,コメディカルの教育課程では学習すべき新しい内容が年々増加しており,解剖学の授業にあてられる時間はそう多くない。したがって,重要な解剖学的知識を効率的に興味をもって学べるような教科書と教育システムが求められる。本書は,従来の解剖学教科書とはまったく異なる新しい視点で書かれた,コメディカル学生用の解剖学書である。

解剖学の重要なポイントを網羅

 タイトルの示す通り,ユニ-クでおもしろいイラストがふんだんに用いられており,見開きの片方の頁には重要な概念や解剖学的事項が簡潔にわかりやすく述べられている。全体の構成も骨格系,循環器系……などといった堅苦しいものではなく,「上肢のはなし」「心臓について」「お腹の中」など,つい興味をそそられて読みたくなる柔らかい題がついている。記述は簡にして要を得ており,コメディカルの学生が覚えておくべき重要事項のポイントが網羅されている。そして「五郎,奈々,弥一」の呪文で腕神経叢の構成を,「中2のお嬢さんが碁をした」と唱えて肺区域を覚えることができるなどの,著者独特のアイディアが豊富に盛り込まれている。本書で学習した学生諸君は,解剖学が無味乾燥な暗記学問であるとは決して思わないであろう。

ポイントを押さえたユニークなイラスト

 何よりも本書の最大の特長は,その個性的なイラストにある。これらはすべて著者である松村教授が独自のアイディアにもとづいて自らペンをとって描かれたものであり,その着想の新しさとユニ-クさは類書には見られない。この種の書物では,内容を完全に把握した者が図を描くというのが理想ではあるが,ふつうこれは不可能なため医学の素人であるイラストレーターが絵を描くことになり,したがってしばしば不自然な絵になったり,細部が不正確であったりする。本書のようなユニ-クでポイントを押さえたイラストで構成された解剖学の教科書は,絵画の才に恵まれた松村教授にして初めて可能になったといえる。
 また,所々に挿入された「Coffee Break」という頁では「アダムのリンゴ」「射手座と矢状縫合」「ベラドンナと瞳」など,解剖学や人体と関連のある面白い話題やエピソードが読みものとして紹介されており,勉強に疲れた頭脳を休めてくれる仕掛けもついている。より詳細な解剖学書やアトラスと併用し,あるいはそれらで学習したあとで知識をまとめる上で,本書は大いに役立つであろう。解剖学を愛し学生を愛する著者の人柄がにじみ出たこの良書が世に出たことを心から喜びたい。
B5・頁276 定価(本体2,600円+税) 医学書院


臨床に即したハンディな口腔外科マニュアル

MGH 口腔外科マニュアル
R. Bruce Donoff 著/河合 幹,夏目長門 監訳

《書 評》高橋庄二郎(東歯大名誉教授)

 このたび,R. B. Donoff教授を中心として,伝統と実績を誇るマサチューセッツ総合病院口腔外科のスタッフによって記述された“MGH Manual of Oral and Maxillofacial Surgery, 3rd ed.”の訳書が出版された。

日常臨床にすぐに役立つ書

 本書を通読してまず感じたことは,日常の臨床に直ちに役立つ,特に口腔外科研修医や総合病院勤務医に最適,必携の本であるということである。わが国では口腔外科に関する教科書は数多く出版されているが,本書のごとく臨床に即した実践的な書物はまったくみられず,その意味で患者に対して常に良質の医療を提供するというアメリカ医学の真髄に触れることのできる誠に貴重な本である。
 訳者は大学病院その他の施設において,臨床の最前線で活躍されている方々であり,それぞれ得意の分野を担当し,明快な文章をもってわかりやすく,簡潔に記載されている。しかも所々に訳注が入っており,特にわが国で使用されていない薬剤について説明が付されている。
 本書は3部16章から構成されている。第1部のアルゴリズム(問題を解決するための手順)では18個の図が提示されており,有病者の診断,治療,管理,口腔外科特有の重要な手術である顔面骨骨折手術,顎矯正外科,顎骨再建術,補綴前外科の実施手順や口腔顎顔面疼痛の診断手順などが要領よくまとめられており,すでにundergraduateで獲得した知識の整理,統合に大変有益である。
 第2部の「外科的患者に対する基本的ケア」では,病院における一般的ルール,他科より求められる口腔外科的対診,有病者の管理,術後管理などの記載があり,特に病院勤務者にとって有意義である。またわが国における口腔外科の教科書に記述のない,臨床で用いられる一般的薬物,局所麻酔および鎮静法なども掲載されている。
 第3部の「口腔外科患者に対する基本的ケア」には最も多くの頁が割かれており,最近の米国口腔外科の診療範囲を知ることができる。しかし,口腔外科における数多くの手術手技の説明には付図がまったく用いられておらず,初心者には理解が困難である。このようなことは小型,軽量で,携帯に便利であり,いつどこでも使用できるという本書の主旨から止むを得ないことであろう。

便利な付録

 最後に付録として全身疾患の口腔症状,臨床検査値,抗生物質予防投与の指針,顎顔面外科での緊急処置の4項目があり,臨床医にとって大変便利である。
 いずれにしても,本書はundergraduateの学生よりもむしろ口腔外科研修医,病院勤務医ばかりでなく,歯科口腔外科標榜医,日本口腔外科学会認定医制度認定試験を受けようとする人々にとって必読の書であり,特にこれから口腔外科を専攻しようとする人は常に本書を携帯して,ボロボロになるまで使いこなしてほしいものである。
A5・頁384 定価(本体7,300円+税) 医学書院