医学界新聞

 

【新春インタビュー】診療記録開示時代のPOS

第22回日本POS医療学会大会開催にあたって

岩井郁子氏(第22回日本POS医療学会大会長/聖路加看護大学教授)に聞く


 POS(Problem-Oriented System;問題志向型システム)が初めて日本で紹介されたのは,1973年に日野原重明氏(聖路加国際病院理事長)が訳本として著わした『POS-医療と医学教育の革新のための新しいシステム』(L.L.Weed原著,医学書院刊)によってである。その後POSは臨床実践の場で採用され,全国的に広まった。
 本紙では,本年3月に横浜市(パシフィコ横浜)で開かれる,日本POS医療学会(以降,POS学会)の第22回大会長を務める岩井郁子氏(聖路加看護大教授)に,POSが医療,看護界に与えた影響やこれまでに果たしてきた役割,また本大会のメインテーマである「診療記録開示時代のPOS」に関連する話をうかがった。なお,岩井氏は女性の看護職として初めて大会長の任に就いた。(まとめ本紙編集室)


始まりは合宿から

 POS学会の前身は「日本POS研究会」ですが,そもそもは,神奈川県の大磯にカナダのマクマスター大から講師を招き,少人数の合宿形式でPBL(Problem-Based Learning)のワークショップを開いたことが始まりです。
 その後,合宿の時のメンバーで研究報告会を開いていたのですが,そのうちにPOSに発展し,「研究会にしては」という意見が出てきました。そして,POSとはどのようなものか,どのように導入していくのかなどを話し合うには,やはり多くの参加者があったほうがよいとなり,研究会が発足しました。第1回「医療におけPOSシンポジウム」が開かれたのは1979年の2月です。自分たちの理解を進めるための勉強会でもあり,POSを初心者にも理解してもらおうと始めたワークショップは当初から重要視され,今も継続し,その後学会に昇格,発展し22年目を迎えました。

患者の問題は何かを明らかにする

 診療録や看護記録は,そのあり方や記載方法などをめぐっては今でも模索がされていると思いますが,コミュニケーションの手段としてどう生かせるのか,ケアの手段をより効果的なものとするにはどうあるべきかが課題でした。標準化された看護記録がない時代が長かったわけですが,看護記録は看護過程を実証するものという考え方が1984年頃に出てきました。その中で,患者を中心にどのようにケアの具現化を図るのかを考えた時に,看護記録にスムーズに導入できるものとしてPOSの位置づけがあったわけです。
 しかし,看護記録はPOSによって標準化されたように見えますが,実際の臨床現場では誤解されたままに記載されている現状もあります。POSに重要なことは「何が問題なのか」ですが,看護記録が従来のまま経時記録として引き継がれ,せっかくの記録なのに,ケアに生かす要素,コミュニケーション手段としてのあり方など,その目的を見失っているように思えます。つまり,ある時間のS(患者の訴え,主観的データ)とO(客観的データ)は書かれているものの,A(アセスメント)とP(計画,立案)は空白のままという記録が多いのです。
 また,記録に時間がかかることも指摘されています。「看護必要度」が厚生省で検討されていますが,その調査研究結果を見ますと,看護業務の中で記録に占める時間が多いことも明らかになっています。
 さらに問題にしなければならないのは,時間をかけた記録がどれほど意味あるものなのかということです。的確な情報が記録され日々のケアに有効活用されるのかというと,課題が大きいように思います。何が患者さんにとって問題なのかを意図的に探ることが要求されるのですが,明らかにされていない。信頼のおけるデータとはなっていないという現状があります。
 それには,記述技術や個人の資質の問題があるのかもしれません。ただ,自分の経験から言わせていただければ,臨床経験から学び得るものは大きなものがあり,臨床の場で見極める能力は養われるものです。患者さんの問題はどこにあるのか,何を明らかにしなければならないのかといった視点は臨床という場で培われますが,それにはベースとなる理論学習,専門知識に裏づけられたものが備わっているということも大きな要素です。例えば,患者さんが「痛い」と訴えた場合は,多角的に信頼できる情報を得ること,論理的に解釈,分析することで,意図的にケアに生かされます。

診療記録(カルテ)開示の持つ意味

 今大会のメインテーマは「診療記録開示時代のPOS-21世紀の幕開け」としました。厚生省は1997年から「カルテ等の情報開示に関する検討会」を設け,診療記録を開示の方向で検討してきました。そして,1998年6月に報告書を出しました。その検討会には私も一員として出席していました。検討会では,インフォームドコンセントの理念に基づく医療を推進していくことを目的とし,開示が主目的ではなかったのですが,一般にはこちらがメインとして映ってしまったかのようです。記録の開示は情報提供の1つとして考えられます。今後は積極的に情報を提供する手段としての記録開示が確実に進むと思われます。
 そうは言いましても,すべての医療従事者の記録が患者さんに見せることを前提に記載されているわけではありません。医療の役割を担う者が書いた記録は,その目的のための手段として書かれていますので,専門家にとっては非常に意味のある記録です。一方で,患者さんのものでもあるという側面も考える必要があるでしょう。POS学会は,誰のための記録なのかを常に考えている学会でもあります。記録は,確かに医療者のものでもあるのですが,患者さんも参加して,ともに問題解決に取り組むという基本があります。
 記録が開示の方向に進もうとしていますが,では,私たちの書いてきたPOSによる記録は,果して開示に叶うものなのかと考えさせられます。POS学会が主張してきたことは,まさにインフォームドコンセントに基づく医療の実践手段であったのですが,記録開示をめぐる現状の課題は多様ですし,基盤整備がまだまだ必要です。そう考えていきますと,学会は記録開示に関する今後の方向性を提言する役割を担っているのではないか,と「診療記録開示時代のPOS」を今回のテーマにしました。

開示にかなうPOSのために

 そのために,今回はどう書くのかということよりも,「開示にかなうPOSなのか」に焦点を合わせてプログラムを企画しました。情報提供にかなうPOSであるために,患者さんとともに現状を見直し問題解決をしていきたいと考えて,患者さんが自由に参加できる学会にもしました。ぜひ,一般の人たちに参加いただき,問題解決手段としての記録がどうすればできるのかを,一緒に考えていきたいと思います。
 インフォームドコンセントを考えるうえでは,一般の方々も担う役割があると思うのです。積極的にどのように自分の問題に取り組むのかが大事です。また,これからの医療は,一般の人だからわからないでは成り立たないと思っています。だからこそ,一般の方々も現在の診療記録はどうなっているのか,何を目的として書かれているのか,そういうことを理解することがこれからはますます必要になるのではないでしょうか。また,医療従事者はどういうことを考えているのかを,講演や研究発表の中から聞きとっていただきたいですね。さらに,フォーラム「POSをめぐる課題」では,私たちが何を課題としているのかを知ってほしいと思いますし,ワークショップには「市民・患者グループ」のセッションを設けましたので,ぜひ参加いただきたい。診療記録の基本的なあり方を知ることもそうですが,一般の人たちがさらなるPOSの推進者になっくれればとも願っています。
 POS学会は「患者さんとともに」がモットーであり,POSは患者さんとともに問題解決に取り組む,欠くことのできない手段だと考えています。国の政策としても情報を提供する,さらに開示をするという方向に動いてる時代にあって,POSは本来の目的を達成する時が来ていると思うのです。POSの理念,そのフィロソフィーを具現化することが,21世紀の幕開けと位置づけられるという気がします。
 そういう時代にあるからこそ,本大会には医療従事者のみでなく,医学生,看護学生に多く参加していただきたいですね。学会も22年たちますので,ある意味では世代交代の時期になりました。これからは若い人たちに大勢参加していただき育てていってほしいと願っています。
 また,最近ではEBM・EBNが話題になっています。しかし,医療職はEBMを正しく理解しているのかと言いますと,これも危惧するところがあります。信頼できるデータは,研究に意味あるものでなくてはなりません。EBMが理論に終わらずにどう実践に生かせていくのかは差し迫った21世紀につながるものだと信じています。EBMはまだまだ言葉が先行しているように思いますので,教育講演ではそこを解説していただきます。ぜひ,ここにも注目していただきたいと思います。
 看護職は無論のこと,医師,薬剤師,診療情報管理士,そしてPTやOTの方々のぜひの参加をお待ちいたしております。