医学界新聞

 

増加する脳外傷者に医療スタッフはどうつきあうか

阿部順子(名古屋市総合リハビリテーションセンター福祉部主幹・臨床心理士)


脳外傷とは何か

 救急医療の進歩に伴って,近年,交通事故等による重症の脳外傷者の救命率が飛躍的に向上していることはよく知られている。しかし反面,よく回復し,一見まともに見えるようになったにもかかわらず,職場に復帰できず,本人はもとより家族が非常に苦労している人たちが多くいることは,案外知られていない。

脳外傷者とは

 外部から強い衝撃が加わると脳は損傷を受ける。特に交通事故のように加速された力が加わると,頭蓋骨と脳が衝突した部位や反対側に損傷が起こると同時に,回転によるズレで神経繊維が切れてしまう。これを「びまん性軸索損傷」というが,脳のいたるところで多発的に損傷が起こるのが脳外傷の特徴である。その結果,身体の障害のみならず,認知や行動の面にまで多彩な後遺症状を呈することになる。

実態調査から

 彼らの障害の実態について,名古屋市総合リハビリテーションセンター(以下,名古屋リハ)が1999年2月に調査した「頭部外傷後の高次脳機能障害者の実態調査報告書」によると,交通事故が87.2%と多数を占め,調査時の平均年齢は33.0歳,受傷時の平均年齢26.9歳と若く,73.1%が男性であった。84.7%が在宅で生活しており,身辺処理は歩行,食事,排泄,入浴,更衣のいずれも7割前後が自立していた。にもかかわらず,一般就労している者は14.7%ときわめて少なく,仕事に就いたものの離職したという人も多く見られた。何もしていない人が24.8%,治療訓練中のが26.6%と半数以上が社会復帰しておらず,復帰の難しさが浮き彫りになった。
 8割近い介護者に精神的ストレスがみられたが,その理由として「本人の性格が変わった」「本人が自分の障害がわかっていない」が56.6%,次いで「感情爆発」が45.7%と多かった。また,認知・行動障害が重いほど介護者のストレスが強くなることも明らかになった。

認知障害・行動障害について

 先の報告書では,われわれがよく目にする認知障害について,(1)漢字や計算が苦手になるなどの学力の低下,(2)相手の言うことを理解するのが難しかったり,話についていけないなどのコミュニケーションの障害,(3)最近の出来事や約束を忘れるなどの記憶障害,(4)ミスが増えたり,1つのことをしていると他のことが抜けてしまうような注意障害,(5)計画したり予定を立てることの能力の低下,(6)判断力の低下,(7)同じ失敗の繰り返し,(8)考えたり行動したりする速度の低下,の8項目で調査を行なった。また行動障害については,(1)子供っぽくなったり,すぐ家族に頼るなどの依存性,(2)些細なことでの感情爆発,(3)何かほしいとなると我慢ができないような欲求コントロールの低下,(4)相手の気持ちがわからなくなるような対人関係の拙さ,(5)気になることがあるといつまでも拘るような固執性,(6)飽きっぽくなる持続性の低下,(7)ボーっとしているなど意欲の低下,の7項目で調査した。
 その結果,認知障害では「学力の低下」,「記憶障害」,「注意障害」,「速度の低下」が85%以上に共通して見られたが,行動障害は「依存性」,「感情の爆発」,「意欲の低下」が75%を超えていたものの,認知障害に比べてばらつきが見られた。行動障害は,認知障害ほどには発生頻度が高くないことや,能動的な症状と受動的な症状が同時には起こりにくいことが推測された。

脳外傷者へのアプローチ

医療スタッフに望むこと

 脳外傷者は,けがをするとまず救急病院に運ばれる。そこで意識を回復し退院となるか,身体機能に障害が残ってリハビリテーション病院(以下,リハビリテーション=リハ)に転院する場合が一般的である。リハ病院の中には認知リハを実施するところもあるが,その数は少ない。ましてや身体にほとんど障害を残さない場合には,退院と同時に元の生活に復帰するのが一般的である。家族は,命も危ないと言われた状態からめざましい回復を見せる脳外傷者に喜んでいるが,一方,何か以前とは違うと感じ始める。それは脳外傷者が社会生活に戻った時に,挫折やトラブルという形で表面化してくる。家族の一番の悩みは,記憶や判断などの障害によって引き起こされるトラブルで,80.7%の人たちが困っていた。次いで63.6%の人が相談する窓口に,54.2%の人が問題行動や精神症状によるトラブルで困っていた。
 家族は脳外傷者が退院する時に,医療スタッフから脳外傷者が社会生活に復帰するとどのような問題が起きるのかについて,ほとんど説明を受けていない。したがって,なぜトラブルが起きるのかわからず,脳外傷者の引き起こす問題に振り回されてしまう。また家族は,困って医療スタッフに相談しても,「家族が甘やかしているのではないか」,「もともとではないのか」,「なぜ早く元の仕事に戻らないのか」と逆に叱責を受け,困っていることにどう対処してよいのかわからなかった,相談にのってもらえなかったとしばしば訴える。このような状況の中で,医療スタッフに対して不信感を抱いて孤立していく。一方,脳外傷者も社会生活の中で挫折を繰り返したり,トラブルが続いて,家族ともども精神的に疲れ果ててしまう。
 家族は「脳外傷者の意識が戻った時に脳神経外科の医師から,具体的な説明,訓練に導入ないしは訓練施設を紹介してほしかった」と言うが,そのような指導を受けた人は全体の12.2%に過ぎなかった。もっとも紹介できる訓練施設そのものが乏しいという現状も無視することはできないだろう。
 脳外傷の家族は医療スタッフに,(1)社会に戻って家族や脳外傷者が困惑しないための道案内,(2)社会生活に戻るための基盤整備となるような教育的援助,(3)専門的な訓練機関の紹介,を望んでいるのである。
 1999年6月,脳外傷者を抱える家族と専門家とで,脳外傷の先進地であるアメリカに視察旅行を行なった。アメリカでは,退院して復学する脳外傷の子供のために,医療スタッフが学校に出向き,脳外傷になってどのように変わったのか,どのようにつきあっていったらよいのかを,同級生たちに説明していたという。また意識の戻った早期から,本人や家族に,脳外傷になってどのようなことが起きてくるのか,それに対してどのようにしていかなければいけないかを教育しているとのことである。もちろん家族の心理的なケアにも力を入れている。

名古屋リハ方式とは
社会適応モデルに基づく全員一致のシステムアプローチ

 名古屋リハは医療部門と福祉部門を持ち,医学的リハから認知リハ,社会,職業的なリハまで総合的で一貫したサービスを提供し,社会復帰を援助している。社会生活に戻った後も,病院の外来や,職業相談などでフォローアップするとともに,当事者団体の活動を支援している。
 脳外傷者の認知や行動の障害は外見からわかりにくく,周囲から理解されないのみならず,本人も気づきにくい。そこで名古屋リハでは援助にあたって,「社会適応モデル」に基づいて目標も方法も一致させ,スタッフと家族が情報を共有しながら同じように関わる全員一致の強固なシステムアプローチをとっている。「社会適応モデル」とは,脳外傷者が現実の困難に直面する中で,問題が生じたその場で事実を直接本人に示して,認識のズレを指摘し,行動の修正を指示したり,有効な行動を示唆したりする働きかけを通して障害の認識をすすめ,障害に対処する補償行動を身につけていけるように促すものである。目標は脳外傷者が自分の認知行動障害を認識し,コントロールしていけるようになることだが,本人の努力には限界があるので,脳外傷者が安定して過ごせるような環境を作っていくことも重要になる。
 このような援助方法が有効性を発揮するためには,脳外傷者を取り巻く周囲の人たちへの教育が欠かせない。家族や職場の人たちにも,障害を理解して同じように対応してもらうために,われわれは「いっしょにがんばろう!脳外傷とどうつきあうか 家庭と職場のためのQ&A」という小冊子を配布している。これは問題行動とその対応について具体的に例示し,解説しているものである。また1999年11月に,名古屋リハ方式をまとめて紹介した『脳外傷者の社会生活を支援するリハビリテーション』(中央法規出版)を出版,さらに当施設での専門家養成講習会の開催など,そのノウハウの伝達につとめている。

おわりに

 脳外傷者を支える患者会として,1997年2月に,名古屋に脳外傷友の会「みずほ」が誕生し,その半年後に神奈川に「ナナ」が,1999年2月には北海道に「コロポックル」が立ち上がった。またこの3年の間にマスコミを通して,脳外傷に対する関心は急速に高まっている。しかし問合せの多くは,マスコミを通して初めて自分たちが苦しんできたことが,脳を損傷した後遺症だったと気づいて,援助を求めるものである。まだまだ多くの埋もれている脳外傷者がいると推測される。アメリカのような,脳外傷となって入院した時点で登録するようなデータバンクができれば,その後の実態も正確に掴めるようになるだろうし,必要な施策も整備されるようになるだろう。
 脳外傷者とその家族が第一に望むことは,高次脳機能障害が認定され,年金や保険,障害者手帳に連動して,各種の福祉的なサービスが受けられるようになることである。ついで,就労の場の確保や就労援助システムの創設,リハ施設やスタッフの充実であった。
 脳外傷者がスムーズに社会生活に移行できるようになるためには,彼らの生活している地域にある医療,福祉,職業などの関連する機関が連携して援助していくことが強く望まれる。

阿部順子氏
1991年より名古屋リハにて脳外傷者に関する研究活動開始。脳外傷友の会「みずほ」顧問,事務局を担う