医学界新聞

 

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ベンチレーター使用者の自立生活は不可能ではない

佐藤きみよ(ベンチレーター使用者ネットワーク代表)


はじめに

 日本のほとんどのベンチレーター使用者は,社会の環境さえ豊かになれば,病院や施設に隔離されないで地域の中で生活したいと願っています。しかし,在宅での公的な介助保障の不備やベンチレーターについての情報不足,そしてベンチレーターにまつわるさまざまな「神話」が根強いために,今もって日本のベンチレーター使用者の多くが,病院や療養施設に隔離収容されたままです。
 私はベンチレーターをつけて25年になります。1日24時間のベンチレーター使用者です。1990年の4月よりベンチレーターをつけて,病院ではなく地域の中で自立生活をしています。当時は健康保険の在宅人工呼吸器管理料などという診療報酬はなく,300万円もする人工呼吸器を自費で購入したり,病院の好意により無償で貸し出されていた時代です。私は,周りの医療福祉関係者に「私も病院を出て自立生活をしたい。ひとり暮らしをしたい」と訴えました。しかし,多くの人が「ベンチレーターをつけて在宅なんてできやしない。ましてやひとり暮らしなんて……」と反対されました。けれども私は「死んでもいいから病院を出たい!」「自立生活が3日で終ったとしても,とにかくやってみたい」と,自立生活を始めたのでした。

ベンチレーター使用者の自立生活支援

 現在,私の自立生活の介助体制は以下の通りです。まず,札幌市の公的介助制度で1日12時間分の在宅サービスが保障されていて,その給付金によって3-4人の介助者を雇っています。制度では足りない部分については,ボランティアや友人が埋めています。1日24時間使用のベンチレーター使用者にとっては,吸引やベンチレーターのトラブルを考えると24時間の介助体制が必要なことは言うまでもありません。
 支援体制については,例えばベンチレーターのエアホースが抜けてしまった時などは本人がパニックを起こして,うまく指示が出せない場合もあるかもしれません。そのような時のために専従介助者の少なくとも1人には,使用者本人と同等程度のベンチレーターに関する知識を持ってもらい,トラブル時の緊急対応をしてもらう必要があります。そのために,介助者と私は一緒に学習会を持ち,ベンチレーターに関する知識を身につけています。
 まずは自分の呼吸障害をよく理解すること。そして,自分のベンチレーターの種類や換気量等の設定値をきちんと自己管理して専従介助者に伝え,医師の指導のもと,吸引等の医療的ケアや人工呼吸器のセットアップなどを専従の介助者がマスターできるように研修を行なえば,自立生活は必ず実現できるのです。
 ベンチレーター使用者自身が,どこで生活したいか,どんなふうに暮らしていきたいかは,本人の自己決定事項です。そしてその決定についてベンチレーター使用者自身が責任をもっていく。その支援をしていくことが,医療福祉関係者の大きな仕事ではないかと考えています。

「気管切開をすると声が出ない」という神話

 ベンチレーターにまつわる大きな神話として「気管切開をしたら声が出ない」というものがあります。実際,医療福祉関係者やベンチレーター使用者からも,そういう話をよく耳にします。私の場合は気管切開をし25年くらいベンチレーターをつけていますが,声が出なかったのは最初の2-3年だけでした。カニューレをカフ付きからカフなしにしてからは,どんどん声が出るようになりました。ベンチレーターをつけた友人たちも,手を動かせる人はカニューレの口を閉じたり開いたりしながら,手の動かせない人ならベンチレーターから送られてくる呼吸にあわせて,おしゃべりしています(スピーチカニューレというものもありますが,これは合う人と合わない人がいるようです)。
 発声ができる原理は,笛と同じです。笛は穴を塞ぐことできれいな音が出ます。それと同じように喉に穴が空いたままだと声は出ないのです。気管の穴を塞いで声帯に空気が送られてはじめて発声できるのです。声が出せる時というのは,ベンチレーターから空気が送り込まれる(吸気)時です。吸気に合わせて声を出すので,とぎれとぎれになってしまうのですが,聞きとれないというわけではありません。
 障害が進行して喉の筋肉が動かせなくなった場合を除いて,ほとんどの人は発声することが可能なのです。

長期ベンチレーター使用ならば,呼吸回数,換気量を自己決定してもいい

 それと声を出すために,とても大事になってくるのは,呼吸回数と1回換気量です。
 私は,体重約30kgくらいの小さな体なのですが,呼吸回数が18回/分,1回換気量が775ccです。ICUにいる麻酔科医がこの設定値をきくと,ビックリしてしまうようです。この換気量は,私が発声することと大きな関係があります。ベンチレーターのことをきちんと勉強していない医師は,設定値を意識のない植物状態の患者を想定して決めるのですが(例えば体重50kgの成人男性ならば500ccといった具合に),私のように在宅で生活していて,ベンチレーターをつけてもおしゃべりをたくさんする障害者には,とてもたくさんの換気量が必要になるのです。
 日本では呼吸回数や換気量は医師の指示がなければ変更できないという風潮がありますが,長期ベンチレーター使用者にとっては,ベンチレーターは生命維持装置ではなく生活のための道具です。呼吸障害のない人であれば,誰も自分が深呼吸をするとき,誰かの許可を得ることはありません。1分間に何回呼吸をしようが,びっくりしたときに浅い呼吸を早めにしようがおかまいなしのはずです。
 それと同じように,深い呼吸をしても浅い呼吸をしても,その人個人の自由です。在宅人工呼吸の先進国のように,自分で自分の呼吸を管理するためにも,また居心地のいい呼吸状態の設定値をみつけるためにも,ベンチレーター使用者自身が呼吸回数や換気量を自己決定していくことが大切だと思います。
 そのためにはベンチレーターを専門とする医師の方々にも,ぜひこのことを理解していただいて,ベンチレーターを長期に使用している当事者が自己管理できるように,あらゆる医学的情報を伝えていってほしいのです。

吸引やカニューレ交換を身近な介助者(または家族)が行なう

 気管にたまったタンを吸引する行為は,一般には「医療的ケア」と呼ばれています。しかし吸引は医師から指導を受ければ,誰にでも行なえるケアです。私たちは吸引ケアを「医療行為」とは言わず,「日常生活行為」と呼んでいます。
 私自身は10年以上も自分の手で吸引をしています。タンがどこにあるのか,どうすればきれいにタンがとれるのか,など自分でやるとよくわかりますし,苦しまずに吸引が行なえます。手が動かせる方は人にやってもらうよりも,自分で吸引をしたほうがいいのです。
 吸引を看護婦(士)しかできなくしてしまうと,私の自立生活は根本から成り立たなくなります。看護婦(士)が1日24時間派遣されることは,今の日本ではありえないからです。医師の指導のもと,家族や専従介助者が行なえるようにしなくてはなりません。
 また,在宅人工呼吸の中ではさまざまな予期しない出来事も発生します。その1つの中に,気管カニューレが抜けてしまうということがまれにあります。そしてこれは,自発呼吸のできない1日24時間使用のベンチレーター使用者にとっては,致命的な事故になってしまいます。その際,専従介助者(または家族)がカニューレを気管に挿入することを知らなかったために大きな事故につながることがあります。ベンチレーターをつけている本人は,突然の事故にパニックになっていて,しかも発声ができない状況だと指示の出しようがありません。
 そのような時のために,私は信頼のできる専従介助者に医師からカニューレ交換の指導をしてもらい,毎月1回のカニューレ交換をその専従介助者にしてもらっています。そうしなければ,いざ事故が発生した時に致命的なものになってしまうからです。私の生命は私自身が守らなければならないのです。

おわりに

 私は,長期ベンチレーター使用者は人工呼吸療法のエキスパートだと考えています。というのは,ベンチレーター使用者は,日々ベンチレーターと共に生活し,さまざまな問題に直面しながらそれをクリアして生活しているからです。他の誰よりも自分の呼吸をよく管理し,ベンチレーターについての知識と方法を獲得しているからです。ベンチレーター使用者と医療・保健・福祉の専門家が力を合わせることで,日本の在宅人工呼吸はさらなる発展を歩むことでしょう。
・連絡先
ベンチレーター使用者ネットワーク
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